第2話 冒険者ギルドで馬鹿にされる
高い城壁を持った街が見えてきた。
『あれがニンニンの住んでいた街か……』
『そうだよ。ベイル王国、辺境の街ヘルガート』
大木に根元に縛られていた地縛霊のニンニンは、今は俺に取り憑いている。俺が「願いを叶えてやる」と言ったからだ。
『本当に中に入れるんだろうな?』
『大丈夫だってば。ツボタは心配性だねぇ』
『言葉通じるのか?』
『私と話せているんだから、大丈夫でしょ?』
まぁ、そうなのかもしれない。
城門の前には列が出来ている。通行証を発行しているらしい。
少し待つと俺の番がきた。門兵が威圧的な態度で話しかけてくる。
「変わった見た目だな。ヘルガートは初めてか?」
「あぁ。初めてだ」
「冒険者か?」
「これから冒険者になろうと思っている」
これは本当のことだ。何のつてもない余所者がこの世界で生きていくには、冒険者になるしかないらしい。
「通行証の発行料は銀貨五枚だ!」
「はいよ」
魔の森の白骨体の近くで拾った銀貨を差し出す。ニンニンの聞いた話では銀貨一枚、大体千円程度の価値らしい。つまり、通行証は一枚五千円程度。まぁ、許容できる金額だ。
あっさりと許可は下り、俺はヘルガートに足を踏み入れた。
『ね? 言った通りでしょ?』
ニンニンの得意気な声。俺の顔の前に周りこんで、ドヤ顔をしている。
『わかったから、冒険者ギルドに案内してくれ』
『もぅ、せっかちだなぁ〜。しばらく真っ直ぐね』
俺は祭りで賑やかな異世界の街を歩き始めた。
#
冒険者ギルドは大通りに面した二階建ての建物だった。周りは飲食店や商店に囲まれていて、かなり人通りが多い。
『中の受付で冒険者登録が出来るはずよ』
ニンニンの言葉に頷き、金属製の重い扉を開く。途端、男臭い空気がむわっと出てきた。
一瞬怯むが、思い切って足を踏み入れる。
中には思い思いの格好をしたゴツイ男達が賑やかにしていた。
ある者は掲示板に張り出された紙を眺め、ある者は受け付けの列に並ぶ。
長椅子に座って談笑する者もいて、てんでバラバラだ。
『いつもこんなに混んでいるのか?』
『最近、どんどん冒険者は増えてるみたいよ。魔の森は魔物が豊富で稼げるから』
『なるほど。それは好都合だ』
『えっ……? どゆこと?』
『母数が多ければ多いほど、カモも増える』
『カモ……』
とりあえずニンニンは無視して列の最後尾に着いた。
その途端、やたらと視線を感じた。まぁ、それもそうか。
周囲の奴等は髪の色や目の色は様々だが、黒髪黒目は俺以外、一人もいない。そもそも俺はワイシャツにスラックス姿だ。浮きまくっている。
「よー兄ちゃん。もしかして、落ち人か?」
順番まであと三人。というところで声を掛けられた。スキンヘッドのいかつい男がニヤニヤ笑いながら俺を見ている。明らかに冷やかしだ。
「どうやらそうらしい」
「おぉ! やっぱりそうか! 落ち人ってのは特殊なスキルを持っていたり、高い魔力をもっていたりするらしいぞ! これから冒険者登録するんだろ? 楽しみだな!」
なんでこいつが楽しみなんだ? 他人だろ? とりあえず無視。
「おい! 無視すんなって! お前は知らないだろうが、俺はB級冒険者のハッサン様だぞ? 俺に嫌われたらこの街では生きにくくなるぜ?」
今度は脅しである。
『おい、ニンニン。こいつ、そんなに有名なのか?』
『えっ? 知らないけど。私、そもそも冒険者に詳しくないし』
うーん。判断がつかないな。とりあえず無難にやりすごすか。
「有名人だったのか? この街は初めてでな。すまなかった」
ハッサンは気安く俺の肩に手を置いた。
「俺が冒険者登録に付き合ってやるよ。ほら、順番がきたぞ」
背中を押されて受付カウンターの椅子に腰を下ろす。目の前には眼鏡をかけた女の職員が座っていた。
「こいつ、冒険者登録したいんだってよ! 落ち人だぜ?」
俺が話す前に、俺の斜め後ろに立つハッサンが要件を伝える。
「まぁ、そういうことだ。頼む」
女職員は俺の顔をじっと見る。
「なるほど。確かに落ち人のようですね。冒険者登録には銀貨五枚必要ですけど、持っていますか?」
「あぁ、それは大丈夫だ。親切な人にもらった」
親切な人とは、魔の森で白骨化していた冒険者のこと。
俺は感謝しながら、ズボンのポケットから銀貨を取り出してカウンターに並べた。
「では、今から冒険者カードを作ります。お名前は?」
「壺田だ」
「ツボタさん。今から鑑定を行います、鑑定結果は冒険者カードに記載されます。では、この水晶に手を翳してください」
そう言って女職員は水晶を取り出し、カウンターの上に置いた。
「おぉ! ワクワクするな!」
背後では鼻息の荒いハッサン。邪魔くさいが仕方ない。
俺はそっと水晶に手を翳した。妖しく光る……。
女職員はその光の様子を見て、カードにペンを走らせ始めた。
「どうぞ」
俺の前に差し出された冒険者カードに書かれていた内容は──。
【 名 前 】 ツボタ
【 スキル 】 なし
【魔法 適正】 なし
【 魔 力 】 0
「はっはっはっ……‼ これマジ……⁉ スキルなし、魔法適正なし、魔力0ってカスじゃん‼」
ハッサンがギルド中に聞こえるような声で叫ぶ。その途端、ざわめきが起こった。
「スキルなし?」「魔力0?」と嘲る声があちこちから聞こえた。
「まぁ、そんなに落ち込むなよ? カスでも三年ぐらい頑張ればネズミぐらい倒せるようになるから!」
バチン! と俺の背をハッサンが叩く。それを合図に笑い声が上がった。
「冒険者登録は終了か?」
「はい。以上で終了となります。貴方の冒険者生活に幸あらんことを」
俺は立ち上がり、受付カウンターを後にした。ギルドの外に出るまで、ずっと笑い声が聞こえていた。
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