第36話 最期に思い浮かべるのは
ガチャっと玄関が開いた音がした。
何だろうと思い、廊下から顔をのぞかせると……視線の先には花村佳奈さんがいた。
……何が起こったんだろうか……と思った。
もちろん、僕は花村佳奈さんのことは知っている。
僕が執拗にストーカーした…女性だから。執拗に異常なまでに調べ尽くした過去がある。
だからこそ……目の前の光景は何だ……?と思った。
僕はストーカーであったため、花村さんの家に行くことはあった。が……逆は…想像すらしたことなかった……花村さんが僕の家に来て玄関に立っている…なんてこと…
普通なら…ありえない光景…で…。最低の行為を犯した僕のことは視界にも入れたくないはずで、ましてや家にも来たくないはずだ…が…
そう僕は混乱していると…――
「…はぁ!! はぁ……! はぁ……っ!!」
次の瞬間には花村さんの息が上がってることに今更ながら気づいた。まるで…運動した後のようで…走ってここまでやって来たのだろうか…相当…急いで来たように思える…
ただ事ではない。
その予感は当たった。
花村さんは…息もまだ落ち着いてはいない状態で、カバンから…取り出していくのだった。
それは…本来であれば調理場に備えつけてあるはずの道具…で。
どこからどう見ても鋭利な刃物で。
それは…まごうことなき包丁だった。
「あんたを…殺す…ッ!!!」
状況に、理解が追いついてなかった。
気づけば花村さんは一歩一歩踏み出して…廊下へと上がる…僕のほうへ…近づいてきて…
「あんたを…殺さないと…もう私は…安心できない……ッ!!!」
その絶叫を聴覚に捉えて僕は
とても、とても重要なことを痛感していった……
やはり僕は 許されなかった
僕は……心のどこかで…許された気になってたのかもしれない……
だが…当事者である花村さんを目の当たりにして、思った
僕は…花村さんの思いを把握しきれていなかった…
僕が生きてるというだけで花村さんには耐え難い苦痛であるのだと……自身が犯した罪を痛感する他なかった。
「許せない…!! 妹を…脅して…ッ!!!」
「……え……」
瞬間、早紀のことを言われた気がした。
どういう意味なのだろうかと考えた。と同時に言葉へと出ていた。
「あ、あの、脅す…って…?」
「あんたが!!! 妹を…無理やり脅してんでしょ…!? …言うことを聞かなかったらお姉さんに手を出すとか言って…それで早紀に好き勝手してるくせに…ッ!!」
最初、何を言おうとしているのかよく分からなかったが、次第に…理解していく。
…おそらく花村さんは…僕が早紀と一緒にいるところを見たか、それか知ったのだろう。
で……それを僕が脅しての行動だと思った……ということ…か。
もちろん…僕が花村さんにしたことは許されることではない…が…早紀との関係は…――
「脅していません…!」
「そんな言葉…信じられるとでも思う!!?」
その通りだった。僕みたいな異常行動をした人間に、説得力などあるはずもない。
…だが。もしかしたら、信じてもらえる方法が一つだけあるかもしれない。
そのときだった。ふいに、あの言葉を思い出した。
『…あたし、今では謙吾くんに…生きててほしいって思ってる』
早紀…ごめん…
僕は今までの人生に決着をつける意味もあってキッチンへと向かった。
そして戸棚から………包丁を取り出した。
花村さんもキッチンへと来て。激しい口調で言い放った。
「それで私に反撃しようっての…!?」
「いえ、違います。この包丁は…」
ゆっくり…両手で持ち……切っ先を……
「僕に向けたものです」
自身の腹部へと向けた。花村さんは…ただただ僕のほうを見ていて…
「あなたを殺人犯にはしません。そんなことになったら早紀が悲しみます」
それは僕も望んでいなかった。僕がどうなってもいい人間だとしても。だとしても花村さんがその役をする必要なんか、どこにもない。
僕がやる。
「……」
……目を閉じて、今まで花村佳奈さんに対してしてきた酷い行為の数々を…思い出していく。
きっかけは…和服美人のVtuber。
そこから僕は、究極のリアルこそ至高という、そんな理由で中の人のプライバシーをあばき出し…狂ったストーカー行為に手を染め始めた。だが僕にその自覚はなく、それを愛だと見なしていた。
最終的に僕は…この行動が理解されなかったと見るや、勝手に裏切られたと感じ…そんな人間のことは抹殺しようとした。
改まって振り返っても、最低の行為以外の何物でもない…。
……僕は目を開けて、言葉を口にした。
「花村さん…。最期に…お願いがあります…」
「は…? 何…?」
僕はお願いができる立場では決してないと分かってる…が……
「…僕は…早紀のことが、本当に、好きでした。…もし…伝えてくれたら…嬉しく思います」
ここにきて初めて僕は…早紀への恋心を、自覚したのだった。
……最期の最期になって……
「そして…花村さん。今まで…本当に申し訳ございませんでした…!」
包丁を腹部に突き立てた。
激痛とともに一瞬意識が揺らいだかと思うと、気づけば膝から崩れ落ち、僕の視界は天井へと向いた。仰向けになっていた。次第に、床に大量の血が広がっていく……。
…自分は変わったと…僕は思った。
…今までの自分なら、こんな最期に思い浮かべるのは間違いなく花村さんのあらゆる表情や姿だっただろうと。
けれど今の自分は…早紀のことを……。早紀は僕に…罪深さを教えてくれた。いろんなことを…教えてくれた。…公園…ショッピングモール…カラオケ…カフェ…楽しかった。家でも…団らんしたりと…僕にいろんなことの楽しさを教えてくれた。
…早紀ともう少し一緒に過ごしたかった……。でも、僕にはそれは許されなかったようだ。
…早紀……っ。
一滴の涙が流れ、まぶたが静かに下りていく。
こうして、意識は完全に絶えていった。
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