アリスがための世界
絶対に怯ませたいトゲキッス
第1話アギアス
目の前には人とは似ても似つかないような化け物がいた。突然の出来事だったのだろうか、幼い自分も父も呆然としている。
すると、そいつが大きな武器を振りかぶり、幼い自分を襲おうとした。計り知れない恐怖が自分の体を縛り、幼い自分は全く動けない。
「アギアス!」
いつも穏やかで優しい父とは異なる、今までに全く聞いたことがないような怒鳴り声がし、幼いあの日の自分は父に突き飛ばされた。ほんのりと血の味が口の中に広がっていく。
「逃げろ!!」
そういって、父は剣を持ち目の前にいる化け物と戦おうとしていた。幼い自分はそこに駆けつけてきた誰かに抱きしめられ連れていかれながら、父を見ていた。剣となにかがぶつかる音が断続的に続いていて、血生臭いにおいが辺りに漂っていく。自分の視界は段々とその戦場から遠ざかり、そして生き物の体がつぶれたようななにか鈍い音がして……それで。目が覚めた。
近頃、決まって同じ夢ばかりを見るようになった。父がいなくなった日の夢だ。
なぜだろう?父が残したお守りを少し見つめるが、答えはわかるはずもない。そういえば、もうすぐ父の命日だ。俺が5歳の時に死んだから、もう十五年も経ったらしい。一応家に置いてある父の遺骨に手を合わせておいた。
「俺はどうにか生きてますよ、父さん」
平日だから働かなくてはいけないな、と思いベッドから出る。歯磨きをしながらひどい寝ぐせがないことを確認する。少し珍しい黒髪黒目の俺の顔は父譲りだ。軽く朝食を食べるとベッドのそばに置いてある刀を取り家を出た。
「おはようございます、アギアスさん」
冒険者ギルドの受付嬢は今日も笑顔だった。受付嬢の仕事の半分は笑顔でいることだから当たり前だけど。
「おはよう」
俺は冒険者をやっている。
冒険者とは一般的に他人からモンスターや戦闘などに関係する依頼などを引き受け、報酬をもらう者のことを指す。
冒険者ギルドとは冒険者と依頼者をつなぐ窓口の役割をしている仲介業者である。各地区に無数にあり、国全体をカバーできるように配置されている。この国、アーリエスでは冒険者ギルドに依頼を受ける者として登録しているものを正式に冒険者として認定している。冒険者にも軍隊のように階級(ランクとも呼ばれている)が存在していて、下から順にF級、E級、 D級、C級、B級、A級、S級、SS級となっている。人数構成としてはピラミッド型になっていて、F級が一番多くSS級が一番少ない。だからF級からB級には更に細かい区分が存在しているがそれはどうでもよいことなので割愛しよう。ちなみに俺はS級冒険者である。
「アギアスさん、特別依頼が届いていますがどうされますか?」
特別依頼とは、A級以上のランクの冒険者がギルドに指名されて渡される依頼である。冒険者は基本的に自分でギルドに張り出されている依頼を選びその依頼を受けるのだが、特別任務だけは例外になる。指名されたものしか任務を受けることができない。A級以上を指名していることからわかるようにその任務の難易度は通常の依頼とは違いかなり高いがその分、依頼を達成したときの報酬も高額だ。
「ああ、わかった。任務を教えてもらおう」
受付嬢はニコリと笑うと、俺をギルドの中の応接室へと案内した。
「こちらです」
受付嬢は俺に資料が入っているであろう封筒を渡した。
「拝見します」
その中に入っている資料によると今回俺が達成すべき任務はある義賊の生け捕りであった。
「義賊?」
「ええ、民衆の中でマンキューなどと呼ばれ人気が高まっている義賊です。名前の由来はマンチェスターという町の領主の不正を暴き、救世主になったことからなのだとか。」
マンチェスターの救世主で、マンキューなのか……
「それ以来、その義賊はマンキュー名義で役人やそれとつながる商人の腐敗を暴き、それと同時に彼らが貯めこんでいる資産を盗み出して教会や孤児院などに寄付しています」
なるほど、悪いやつではないようだが?
「聞いているとあまり悪いことをしていなさそうに聞こえますが」
「ええ、しかし問題はどうやって不正の情報を掴んでいるのか、というのが問題のようです。なんでも国でも把握しきれていなかった不正でさえも知っているので。その能力も含めて自分たちで使ったほうが有効活用できそうじゃないかということで捕まえることが決められました」
義賊をただ単に捕まえ牢屋にぶち込むのではなく国として使うのが目的か。うちの国が考えそうなことだ。
「だとしたら、依頼としてはマンキューと呼ばれている義賊をなるべくダメージを与えずに捕らえる、というのが目標になりますかね」
「ええ、そうです」
受付嬢はにっこりうなづいた。
「わかっているとは思いますが、S級であるアギアスさんの元に依頼が来たということは……」
俺、アギアスは冒険者が10年目。任務の途中で死ぬことが多い冒険者の中ではもう中堅にさしかかっている。そしてS級というランク。SS級が右手で数えるぐらいしかいないことを考えると、ここら辺の地区のギルドの中では最高級だ。そして、そんな貴重な戦力である俺に依頼が回ってきたということは……つまりA級以下のリベルタ所属の戦力が数回返り討ちにされたということである。
S級に普通の任務が回ってくることは《全くない》。一癖も二癖もある任務ばっかりだ。当然、敵もかなり強い。
「ええ、わかってます。心しておきましょう」
「失礼する」
次に向かったのは義賊と交戦し、けがをしたリベルタ隊員がいる病室だ。S級に回ってくる任務にしてはめずらしいことに巻き込まれた隊員全員が生き残っているのだ。話を聞かない手はない。
「あんたは……」
ベッドで横になっていたのはリベルタでも何回かみたことがある髪をボブカットにしていた女性隊員だった。どうやら手足を骨折したらしく手足を固定している。
「アギアスだ。お前の任務を引き継いた。」
悔しそうにその女性隊員は唇をかむ。負けた時のことを思い出しているのだろう。
「S級のあんたか……まあ、引き継ぐ相手としては妥当だな」
俺は小さくうなずいておく。
「ケガは?」
「見た通りさ。手と足の骨折。全治三週間ほどらしい」
任務を受けた時から考えてきたが、マンキューと呼ばれている義賊は優しいのだろうか?目の前の隊員のケガは全治三週間とされているが逆に言えば、一か月ほど安静にすればすぐに日常生活に戻れる程度のケガだ。しかも後遺症が残らないように筋に沿って綺麗にケガをさせられている。目の前の隊員との相当な実力差がないとできない。
「そうか、けがをしているときに悪いが義賊について君が知っていることを教えてほしい」
少しの沈黙の後、目の前の隊員は義賊について語り始めた。
「あいつが来たのは、確か不正をしているという役人の家に張り付いてから四日目だったかな。黒いスーツを着ていて途中まではただの役人だと思っていたんだ。けど、違った。その男はよろけて、庭に少し入ったかなと思ったら、次の瞬間には窓から入っていった。あっというまだったよ。私も慌ててその建物に入って、出てきたあいつと私は戦ったんだけど……敵わなかった。あいつは相当強い。気を付けたほうがいいよたとえS級のあんたといえども」
「もちろん、気を付けておく」
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