耳の聞こえないあなたと、繋がれなかった私

『デフリンピックのこと、知っていますか?』


 その新聞記事を見た途端、思い出した。


 上戸朱華うえとはねずさん。


 耳が聞こえなくて、手話で主にコミュニケーションを取っていた、会社の同僚だ。


 確か他の人と名字が被っていたので、朱華さんと名前で呼ばれていた。いやでも一時期だけ上戸さんと呼ばれていたような気がしなくもない。


 そして朱華さんは『NARANARA』の榛原冬吾はいばらとうご推しだった。朝礼の時、その人の話をよくしていた。


 朱華さんは水原みずはらさんや赤山あかやまさんと上司が同じ事があって、つながりがあったかもしれない。少なくとも私は同じチームだったけど、上司が同じでは無かったから、つながりがあまりなかった。


 だから私は知らない。なぜ朱華さんが会社をやめてしまったのか。


 いや知ろうともしなかった、ただそれだけかもしれない。私が手話をできなかったら、それが理由じゃない。私が他の社員とコミュニケーションを取ろうともしなかったから、当然のように朱華さんとも関わることがなかった。


 なんなら朱華さんが辞めた後、朱華さんが所属していた支援機関は会社に来なくなった気がする。


 朱華さんが所属していた支援機関は、ろう者や難聴者といった聴覚障害者メインの就労移行だった。すなわち発達障害や精神障害メインの我が社は、聴覚障害とはあんまり相性がよくないのかな?


 だからもう2度と、私は朱華さんとは会わない。もう2度と会うことができない。


 私は新聞を片づけて、部屋へと戻った。そしてスマートフォンをいじって、ある音楽のMVを見る。


『手話の世界で生きる君へ』


 手話や聴覚障害者に関する歌。


 ハイドランジアという歌い手グループのオリジナル曲だ。作詞者は私と同じ会社で働いていた生々奈いいなさん、そして作曲者はまだ高校生の玻璃はりさん、歌っているのは水原さんと声が似ているコネコさん。


『手で言葉を作る君は 手を動かせない私のことは 気づけない』 


 本当に難しいね。


 この歌の通り、コミュニケーションはうまくいかない。

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