01 邪神退治24時(4)

 アジアの奥地から世界中に散らばった邪神奉仕種族、チョー=チョー人が警備員たちの正体だった。

 その残虐性や練度の高い戦闘力もさることながら、最大の特徴は小柄な体軀たいくであること。

 世の中の警備員にも多少の身長の差異があるとしても、三人とも小兵なことが愛作の疑念を生んだのである。

 しかし、小兵だからといってめプは禁物。彼らチョー=チョー人は戦いにタブーがなく、勝つためなら何でもやる。併せて、集団で機械的な連係を発揮して獲物を倒すことに秀でている危険な種族。それが『組織』の先輩──自称邪神学の美人権威に教えてもらった知識である。

 ──だから、人海戦術で来られると手ごわいわよう。

 元気に明るく振る舞っているのに、くたびれ感がぬぐい切れない女性の声が脳内再生される。

 こうした知識を得ている中で愛作は不幸中の幸いと思い、「たった三人でよかったなぁあ」と、呟いた。

 これ以上チョー=チョー人の増援が来たら、椅子をぶん投げるくらいには気丈だが非力な女子高生をエスコートして脱出するのはしんどいからな、と愛作は思った。

 今、ここで倒す。愛作ははらを固めた。

 それは先方も同じだったようで、一人がコンバットナイフを腰だめに突っ込んできた。

「ヒャハハ」

 二人目は、愛作の右側──左腕の死角を素早くすり抜け、碧めがけて跳躍する。

「あ、てめっ」

 三人目はナイフで突っ込んでくる一人目の背後で自動拳銃を構えた。

「飛び道具!?」

 三人だから安心と考えた愛作が悪い。三人なら三人でできる最良のフォーメーションをとるチョー=チョー人の執念が上回った。

 否。

 愛作も自身にできる最良をやるまでだ。

 マウンテンパーカーの右ポケットから素早く取り出したスマホを銃のようにノールックで背後に向けて、愛作をやり過ごして悦に入っている二人目のチョー=チョー人を、

 

 


 スマホの液晶画面から、紫と白の混ざった電撃の触手が伸びて、暗い会議室を一瞬照らし、碧に飛びかかろうとした二人目の胸を貫く。

 被弾した衝撃で二人目は会議室の大テーブルの広い盤面を顔で雑巾がけする羽目になり、短い手足をビクビク動かして唐突に生命活動を停止した。

 その間に左腕はドックンと脈打つや、コンバットナイフごと一人目を強烈な打撃で会議室の入口まで吹っ飛ばす。

 三人目の撃った初弾は彼の視界の中で大きくなってくる一人目の仲間の背中を貫通。

 体に穴の空いた一人目は愛作に殴り飛ばされた勢いそのままに、三人目に激突しておあいこになった。

「ほんっと、たった三人でよかったなぁ」

 と、小さな安堵の声をあげた。舐めプできる相手ではなかったのだ。

 碧が横に立つ。

「スマホから出たの、なんですかあれ」

「これ、林檎りんごでも泥でもないスマホ。『イスマホ』。特注品で電撃が出ます」

「スタンガンみたいな?」

「射程百メートルらしいよ。俺はへただから至近距離しか当てられないけど、射撃の上手うまい、いや、射撃しか能の無い先輩がいてその人はほんとに百メートル先のミ=ゴにも当ててた」

 イスマホ?

 射程百メートル?

 ミ=ゴ?

 碧には何のことやらである。このひとの言うことは半分くらい理解できない。

 隙ができた。

 鼻と口が血まみれになった三人目のチョー=チョー人が自動拳銃を構えて残りの全弾を碧に向けて撃った。


 その時だ。碧の視界を黒に虹色の光沢をまとわりつかせた膜が遮る。

 数発の弾丸がそれを突き抜けようと膜をまとわりつかせたまま数センチこちら側へ向かってきたが、膜を突破できず床に転がった。

 膜は収縮し、愛作の左腕の姿に戻っていった。

 腕が本来の姿なのだろうか、黒いジェルみたいなものが彼の腕に擬態してるのか。

「その腕、いったいなんですか……」

(自分が狙撃されたってのに、俺の腕の方に興味もつなんて、ミドリさんって見た感じより度胸ある感じなのかな。普通の子だったら座り込んでガクブルするところだよ、ここ)

 碧の意外な豪胆さは愛作のスムーズな任務遂行にはありがたいが、変わった女の子という印象を抱いた。

 それはそうと、やらなくてはいけないことがあった。チョー=チョー人はまだ生きている。

「チョーさんにも意地があるってかい」

 愛作は空になった拳銃を投げつけて最後の抵抗を試みた三人目に冷たい声をかける。

(こいつらは更生なんか絶対にしないわけで。

 失神させる程度の甘さはいつかまた被害者を生むわけで。

 自分がここに来なかったら、ミドリさんがむごい目に遭っていたかもしれないわけで。

 今後こいつらにこんなことをさせないためには、確実に仕留めておく必要があるわけで)

「ミドリさん、耳塞いで」

 愛作の指示に素直に従った碧。しかし、どんなに強く両手で塞いでも、陶器が砕けるような音は三回、彼女の耳朶じだを打つのだった。

「いつ、増援がくるかわからない。早く脱出する。そして君を保護する。今バックアップメンバーを呼ぶから」

 イスマホを耳に当てて愛作は言った。すぐに眉間にしわが寄った。

 愛作が片手の指で眉間をおさえながら、碧にイスマホの液晶画面を見せる。

 ど真ん中に表示された特大サイズの『圏外!』に、緊張感に包まれていた碧も、

「堂々としすぎです」

 と、ツッコミを入れた。

「絶対どこでも通じる、が売りのイスマホなんだけど、ぜんっぜんあてにならないな」

 そのときである。

 左腕の表皮が小刻みに震え始めた。それが何を意味するか愛作は経験で知っていた。

 腕が戦いにはやっている。この予兆は外れたことがない。

 唐突にオフィスと会議室の照明が明滅し始めた。視力が奪われないようとっさに床に目を落とす。

 オフィスの机上にあった数台の固定電話が一斉にコール音を発し、大型PCモニターに意味不明の模様が映し出される。

 二人のすぐ横に設置されていた複合機からは次々と紙が吐き出され始めた。

 碧がギュッと愛作の背中にしがみつく。

(ここは格好いいところを見せたいではなく、彼女の恐怖を和らげるべきだ)

「安っぽい心霊現象ですかー? 演出担当は誰ですかー?」

 と、呼びかけるも鳴りやまぬコール音にかき消される。

「こんなもん電源抜いたら終わりじゃんね」

 複合機を蹴っ飛ばすと、今度はFAXの音が、

 ガガーーーーーピィィィィィィ

 と、響き始めた。

 二人はたまらず耳を塞ぐ。

「FAXの逆襲! ってか今もこれ使うひといるのかよ」

 複合機から排出されるコピー用紙がオフィスの宙を舞う。

 その両面には、はるか昔に滅んだとおぼしき象形文字が、ご丁寧に鮮血めいた赤でプリントされている。

 固定電話がスピーカーフォン状態になった。リズミカルだが遠い異国のものとおぼしき言語で何らかの呪文詠唱が響き渡る。

 PCモニターがオンライン会議モードに変わり、こちらに応じるよう電子音で促している。

「深夜の会議ってどれだけブラック企業!」

「で、でるんですか?」

 と、碧が画面を指す。

「嫌な予感しかしない」

 それよりもこの頭がおかしくなりそうなオフィスから一刻も早く離脱する方が賢明じゃないか、と愛作は判断した。

「出よう。いや、オンライン会議にじゃなくて、ここを出よう」

 廊下にチョー=チョー人の増援がいたとしても、物理パゥワーで押し通せるならその方がいい。

「開かない!?」

 ドアハンドルが全く動かない。金属のドアは周囲の壁に溶接されたかのようになって愛作たちの脱出を許そうとしない。

 だったら相棒の出番だ。金属のドアといえど左腕の打撃にかかったら一分かからずスクラップにできるはずだ。

「ミドリさん、少し下がっててくれるかな」

 おそらく碧は愛作の左腕暴力開放モードを見たらドン引くだろう。少し残念な気がするが、もともと今夜だけの縁である。どう思われようが任務をこなすのみ。愛作は腹に力を込めた。

 碧の短い悲鳴が集中を断ち切る。

 振り返った愛作の目に映ったのは、大型モニターの中からこちらを見ている者の姿だった。

 オンライン会議の上司が、呼びかけに応じない部下にしびれを切らして登場したらしい。


「久しぶりだな。会いたかったぞ」

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