01 邪神退治24時(2)

 の企業活動が終わったオフィスは、窓がシェイドで閉じられて、照明が消された室内には事務机と椅子が整然と並んでいる。他には、コピー・プリンター・FAXの機能を備えた複合機、業者が取り換えるタイプのウォーターサーバー、壁際にはありきたりな観葉植物が置かれているくらいの平凡な事務環境であった。

 消灯したと言っても、複数のOA機器のランプ、壁の高い位置に取り付けられた非常灯のグリーンの光があるため、ある程度の視界は利く。

 グリーンに照らされた壁掛け時計がもうすぐ日付が変わることを教えてくれた。

 事務机の上にはペーパレス時代を象徴するかのように、ノートPCと大型モニター、そしていくつかの固定電話以外に物は置かれていない。

 ここが邪神を崇拝するカルトの拠点と示すものは皆無であった。

「……何もなさすぎるのがかえってわざとらしいっていうか」

 日常そのものの空間をかくみのにして、金目当ての犯罪よりよこしまでおぞましい行為が行われていることは特段珍しくない。

 愛作自身これまでに幾度も目の当たりにしてきた。

 映画やマンガに登場するような廃工場や山奥の洞窟、既存の宗教が想像から生み出した悪魔の巨像が堂々と鎮座した施設などは、「ここを狩ってくれ」と露骨なアピールをしているに等しい。

 そうではなく、道の駅や保育園、海外の富裕層が長期間借り切っているラグジュアリーホテルのスイート、メジャーインフルエンサーの動画制作スタジオなど、「まさかここでね」と、感心した集会場の例はこれまでにいくつもあった。

 そこに集うのは特徴のない仮面で日常に溶け込んで生活している邪教徒たち。

 そのような狡猾こうかつな集団によって、邪神にきょうせられる血と肉と魂犠牲者もまた尽きないのである。


 愛作はオフィスビルに運び込まれた不運な生贄を保護・回収するために今、ここにいる。

 この任務を指示した愛作が属する組織『イス研究所』の上司にあたる男との会話を思い出す。

 ──貿易会社で出荷準備された生肉を回収しろ。

 意訳。生贄予定者を救出せよ。

 ──終電時間を過ぎても残業している社員は退社させろ。

 意訳。邪教カルト信者と遭遇したら排除せよ。

 ──重度のパワーハラスメントが確認できた場合は懲戒解雇しろ。

 意訳。邪神奉仕種族のクリーチャーはこの世から追放せよ。

 勿体もったいつけた言い方ばかりする男の言いたいことを、理解するのに慣れている愛作は、

「了解。深夜勤務ナイトシフトだ、とーぜん報酬上乗せしてくれるよね」

 と、条件付けをした。

 ──いっぱしの口をきくようになったな。成功前提で調子にのるのは新人の悪い癖だ。

 と、言い置いて去った上司、エンマスカラドと名乗る男の表情は、常にかぶっているプロレスのマスクに隠されて読めなかった。

(エンマスカラドめ、くらい成功するっての。ここに入り込むまで十分かかってない手際の良さを評価してほしいよ。あー、タイムトライアルのインセンティブもつけておけばよかった)

 今宵こよいの任務の順調さを振り返った愛作は心の中でつぶやき、オフィスの向こうの壁に目をやると木目調の扉が目に飛び込んできた。


 奥の空間に通じている。

 左腕が伝えた生命反応はそこにある。

 愛作は事務机の陰に隠れるようにして進む。

 閉じられたシェイドの向こうから遠距離攻撃スナイプされない保証はない。

 このオフィスは地上四階にあるが、有翼の生物や重力から解き放たれた器用な術を使う敵もいる。窓の外の空中にも敵がいることは常に意識しないといけない。

 もちろん人間の邪教徒も油断できる相手ではない。攻撃機能を搭載したドローンを操縦して窓外に浮遊させていることだって十分にありうるからだ。

 やつら──邪神奉仕種族や邪教徒との戦いは途切れることのない緊張と疑惑との戦いでもある。

 よって、この戦いに理由の別なく身を投じた者は皆こう言うのだ。

 

 ──正気が削られる。


「邪神退治24時」

 愛作はまさに自分を主人公にしたテレビ番組のタイトルをイメージしてコールした。そして、

(常識の通じない理不尽だらけの、きわめてハードなドキュメンタリーだぜ)

 と、心の中で毒づいた。

 奥のドアの向こうにいる者は、事前情報どおりの邪神カルトにさらわれた生贄か、それとも偽情報に踊らされた間抜けなハンターを待ち構えている用意周到な敵なのか。

(このドアを開けるだけで正気度が一ポイント減りそうだ。就活の役員最終面接の十倍くらいは緊張する)

 愛作はそう思った。

 ただ、就活経験はないので想像でだ。

 今度のドアは電子ロックどころかターンキーすらかかっておらず、あっけなく開いた。

 そこは真っ暗な広い部屋。何が起きてもいいように用心して左腕を突き出したまま様子を見るが何も起きず、しばらくすると目が慣れてきたので一歩踏み出す。

 小型のマグライトを点灯すると、会議室であることがわかる。奥行き三メートル超ある天板の大テーブルと、それを囲むようにアームレストチェアが数脚あるだけで、何者かが姿を隠せるような遮蔽物しゃへいぶつがなく、敵が潜んでいる可能性は低いと判断した。

 視認できない敵がいる可能性については左腕が何も知らせてこないことから排除する。

 そして、光の輪の中、会議室の冷たい床に転がされているスリムな少女の姿が浮かび上がった。

「発見」

 回収を命じられた対象に辿たどり着いたのである。愛作はここで初めて大きく息を吐いた。

 任務の折り返し地点まで来た安堵あんど

 登下校の途中に攫われたのか制服姿である。洗練されたデザインが人気でメディアに何度か取り上げられた女子高のそれだ。

 細く白い手足にライトを向けると、結束バンドで固く拘束されていることがわかった。

 緩やかに肩と胸が上下している。恐怖による失神か、薬物を使われているのか不明だが、見たところ外傷はなく気を失っているようだ。

 口に貼られたテープを痛くないように丁寧に剝がすと、思わず感想がこぼれた。

「……最高級の生贄だってことは保証するね」

 意訳。誰もが認める美少女。

 色白の小顔を両側から包むように流れるセミロングの黒髪は光の加減か、うっすらとグリーンの光沢が入っているように見える。

 邪神もカルト信者もいろんな意味でニコニコだ。

(畜生め、気分が悪い)

 絶対この子を無事に連れ帰って、ムギャオーって言わせてやると誓った。

「このまま担いでいくか。自分の足で走ってもらうか」

 愛作の左腕なら五十キロ程度の少女ひとり担ぐのは造作もない。

 ただし、退路に敵が現れた時に左腕が使えないのはリスクがある。

 少女を起こすことに決めた。

 バックパックから取り出した折り畳み式ナイフで結束バンドを手際よく切断する。

 仰向あおむけにした少女の額に左手をあてた愛作が、

「よし、相棒。優しいささやきでこの子を起こしてやってくれ」

 と言うや、掌が静かに、そして繊細に振動を始めた。

 同時に、奇妙な音声が左腕から聞こえてくる。


 テケリリ、テケリリ


 左腕の力が発動する際にはこの音が発せられる。そして、今ひとりの少女を目覚めさせるため、併せて、彼女が攫われてから現在までの心の傷をふさぐために『手当』の力を試みている。

 愛作の勝手な見立てだが、正気度が六ポイントくらい減ってるんじゃないかと思っている。

 ならば癒そう。傷つき欠けた正気をできる限り戻してみよう。

 彼の不思議な左腕にはそれができる。

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