第53話053「オメガ様映えを意識する」



「うぐぐ⋯⋯や、やるな、バロン! さ、さすがは、深層のすごい強いおしゃべり魔物なだけは⋯⋯ある」


 完璧だ。完璧な演出ではなかろうか。


 おそらく、バロンや遠目から観ている彼女たち、そしてオメガちゃんねるの視聴者も俺の演出でさぞかし、「オメガは勝てないんじゃないか」とドキドキヒヤヒヤものだろう。


 まーこのバロンの実力では少々物足りないが、でもこれまでの魔物に比べれば十分強い。なので、俺がそこそこ力を入れて戦ってもすぐに壊れる・・・ことはないだろう。


 つまり、結構良い画が撮れるということ!


 映えだ!


「だ、だけど、俺は負けない! 勝負だ! 死闘だ! バロン!!」


 そう言いながら、俺はちゃんとバロンが視認できるスピードでバロンに迫る。


<<クッ! は、早いっ!?>>


 バロンは俺の素手のパンチをギリギリで躱す。


 やるな、バロン!


 そのギリギリで躱すセンス、良いぞ!


 本当はバロン本人は視認できるとはいえ、タケルのスピードについていくのがやっとだったため、今ギリギリで避けたのはぶっちゃけ必死の結果だったのだが、タケルはそのバロンの躱し方に「こいつ、盛り上げ方知ってるな!」とむしろ感心していた。


 しかし、バロンにとっては生き死にがかかっている戦いなので、文字通り『死闘』なのだが、けしかけたタケルにとってはあくまで『映えのための演出』に過ぎない。


 それだけの温度差があることを十分理解しているバロンは、もはや戦々恐々としていた。


((イ、イカれてる⋯⋯。この男、完全に頭おかしい。やばすぎる! ここから、オメガこいつから早く逃げないと殺される!))


 そう思ったバロンは、タケルから一旦距離を取る形でバッと後ろに5メートルほど下がった。


「む? もしかして、何か遠距離攻撃でも仕掛けるつもりか?! ちくしょう、俺にそれを防ぐことができるだろう⋯⋯」


 ダダダダダッ!!!!


 バロンはタケルが言葉を発したそのタイミングで、外へと続く通路へ一気に駆け出した。つまり逃げた。


「あ⋯⋯!」


 ま、まずい!


 こいつ逃げる気だ!


 あのデスオークみたいに!(40話参照)


「ここで逃げられたらせっかくの『映え』を撮り逃してしまう。それだけは何としても避けたい!」⋯⋯そう思ったタケルは、


「逃がさん!」


 演技を忘れて思わず本音をこぼすと、その場から消えたようにしか見えない超スピードでバロンの逃げ出した先へと先回りし、さっきタケルが立っていた場所へと蹴り上げる。そして、そのタイミングでタケルはまたその場から消えたようにしか見えない超スピードで元いた位置へ戻る。


 結果⋯⋯『逃げようとしたバロンがタケルの目の前に現れる』という状況ができ上がった。


「な、なるほど! 逃げると思わせといて、まさかそこからの切り返しで俺の目の前にやってくるとは⋯⋯! なかなかの策士⋯⋯ということか!?」

<<な、何を言っている?! お、おおお、お前が私が逃げるところへ先回りしてこの場所に蹴り上げたんだ⋯⋯>>

「先手必勝!」


 ガッ!


<<む、むぐぅぅぅぅ!?>>


 タケルは、これ以上こいつに喋らせると面倒だと判断するとバロンの背後に一瞬で回り込み、チョークスリーパーでバロンの口を抑え喋らせない状態を作り出す。そして、


「⋯⋯お前さ、ちょっとは『映え』を意識しろよ。そういうのやられ役の仕事だろ?(ボソ)」

<<っ!!!!!>>


 と、バロンにしか聞こえない声で威圧をもって囁く。そして、それを聞いたバロンはこの時『歴然たる力の差』を確信。


——が、時すでに遅し


「はぁ、つっかえ⋯⋯。もういいや(ボソ)」

<<む、むぐっ?! ま、待て⋯⋯待ってくれ⋯⋯待っ⋯⋯!!!!>>

「えい、やー!(棒)」


 ボキリ⋯⋯!


 タケルがそのままバロンの首をへし折ると、その瞬間バロンの体がスーっと消えていった。そして、それはタケルがバロンを倒したことを意味し、それを見た戦乙女ヴァルキュリーの四人は、


「「「「っ!!!!!」」」」


 と、ただただその状況に愕然としていた。


 実際、深層でも別格扱いの『喋る魔物』であるバロンを、スキルでもなく、殴るでもなく、ましてや『魔法』でもなく、ただ首をへし折って倒したという現実は⋯⋯戦乙女ヴァルキュリーの四人にとってあまりに衝撃的な光景だった。


「な、何とかうまく後ろに回り込んでおしゃべり魔物をやっつけたぞ! くっ⋯⋯紙一重の戦いだった! まさに死闘っ!!」


 と、膝を落として、あたかも死闘だったかのような振る舞いを見せるタケル。


「でも、これでもう大丈夫! さぁ、危機は去りましたよ、皆さん!!」


 ビシッ!


 タケルは彼女たちを安心させようと、元気いっぱいな声に決めポーズも添えて声をかけた。


「「「ガクガクブルブル⋯⋯っ!!!!」」」

「な、なんでぇ! なんでまたガクブルしてんのぉー!?」


 デジャブった。



********************



——【新宿御苑ギルド『ギルドマスター部屋』】


「あ、あやつ、ワシが尋ねるまでは目立った行動をするなと⋯⋯あれほど、あれほど、ワシが⋯⋯ワシ⋯⋯ワシャぁぁぁっ!!!!」


 高さ50メートル超の高層ビル——このビル一棟全部が『新宿御苑ギルド』の建物である。そして、その最上階には日本の探索者シーカーギルドの頂点であり、日本の探索者シーカー最強の一角とされるギルドマスター『のじゃロリギルマス櫻子ちゃん』が⋯⋯ブチ切れていた。


「あと、あやつはどうしてこう明け透けに力を振るうんじゃ! ダンジョン配信している最中に魔法使ってどーするっ!! このバカチンがぁぁ!!!!」


 もっともである。


 思わず3年B組金◯先生が出るのももっともである。


「もはや⋯⋯一刻の猶予も争えん!」


 そう言って、スクッと立ち上がった櫻子は、奥の部屋へと行き、普段着として着ている着物を脱ぎ始める。


「とにかく、あやつを、力ずく・・・でも引っ張ってきてすぐにでも話をする必要が⋯⋯あるな」


 そうして、櫻子は探索者シーカー時代の戦闘服である薄緑色で中が透けるほどの不思議な生地でできた羽衣⋯⋯『精霊神の羽衣』に着替えた。ちなみに、この戦闘服はもちろん『異世界あっち産』である。


「では、行ってくるかのぉ⋯⋯新宿御苑ダンジョン『下層最深部』49階層に」

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