第46話046「C級クラン『戦乙女《ヴァルキュリー》』(4)」



「みんな⋯⋯次曲がったところ、奥の部屋が階層ボスの部屋よ」

「わかってるって、亜由美!」

「大丈夫よ! 準備も対策もバッチリよ!」

「うん! 絶対に負けるわけ⋯⋯ない!」


 みんな集中してる。良い感じだ!


「よーし、それじゃあ集中! さっさと下層攻略するよ!!」


 階層ボス部屋間近、私は皆に元気よく声をかけると同時に自分にも気合いを入れた。


——その時だった


『ハイ⋯⋯ストップ、スト〜ップ』


「「「「っ!!!!」」」」


 ボス部屋手前の最後の角を曲がると、いきなり目の前にそいつ・・・が現れた。


「な、なんだ、こいつ!?」

「い、生き物の気配はまったくなかったはずなのに、どうしてこんな目の前に⋯⋯!」

「に、人間⋯⋯なの!?」

「け、気配、まったく感じられなかった⋯⋯」


 私たちは突然現れたその『正体不明の存在』に一気に警戒を上げる。


 それにしても、本当に何者なのだろう? 見た目は人間のような体型で⋯⋯格好は全身鎧で焦げ茶色のボロボロのマントを身に纏っている。武器は持っていない。


<<どうも〜。私『バロン』っていうチンケな魔物やってます〜>>


「なっ! ま、魔物っ?!」

「魔物が⋯⋯喋ってる! そ、それって⋯⋯まさか⋯⋯?!」

<<ええ、ええ⋯⋯お察しのとおり、私、深層の『喋る魔物』どすえ〜>>

「「「し、深層の⋯⋯喋る魔物っ?!」」」


 有紀と渚が唖然としている。もちろん私と琴乃もだ。


「ど、どうして、深層の魔物が⋯⋯下層に?」

「い、いや、それよりも深層70階層以上にいるって噂されてた『喋る魔物』が本当にいたなんて⋯⋯」

「喋る魔物⋯⋯たしか下層どころか深層の魔物の中でも別格の強さだって⋯⋯」

「う、嘘⋯⋯? あれは単なる都市伝説オカルトじゃなかったの⋯⋯」


 ただでさえ『深層』から魔物の強さは下層の魔物に比べ数段も強くなる。しかし、そんな深層の魔物の中でも『喋る魔物』は別格の強さを誇っていると言われていた。


 その『喋る魔物』が⋯⋯目の前に。


<<ええ、ええ⋯⋯わかります、わかります、その絶望。そうですよね。『深層70階層以上の喋る魔物』って別格の強さって言われて恐れられているんですよねぇ。どうも、その喋る魔物です〜。あ、ちなみに下層の魔物と比べたらそりゃ別次元の強さでしてね。どのくらい別次元かというと、ここの下層階層ボスのメイジゴーレム君⋯⋯あれ私のペット・・・ですから>>

「「「「な⋯⋯っ?!」」」」


 メイジゴーレムが⋯⋯ペット?


<<いやぁ、すごいんですよ、あの子。身の回りのこと何でもやってくれる有能なペットですから。まぁ、作り物なので不器用ではあるんですけどね>>

「ペ、ペット⋯⋯」

「あのメイジゴーレム⋯⋯が?」

「そ、そんな⋯⋯」


 私たち3人はバロンの言葉にショックを受ける。


<<さて、話は変わりますが、私とある人物・・・・・を探しておりましてね。で、上司・・の話だとその人物は現在下層にいるとのことで急遽下層ここに調査に行かされたんですよぉ。まったく人使いの荒い上司です。ブラック企業?⋯⋯てやつでしょうか>>

「上司⋯⋯?」

「と、とある⋯⋯人物?」

<<まあ、でも、それはどうやらあなたたちではないようですね⋯⋯残念。ということで、あなたたちには用はないので私はその人物を探しに⋯⋯>>


 良かった。どうやらこの『バロン』という喋る魔物、このまま立ち去ってくれそう⋯⋯、


<<⋯⋯行くと思った?>>

「「「「な⋯⋯っ?!」」」」

<<ええ、ええ⋯⋯嘘です、嘘です〜。あ、一瞬ホッとしました? 愉快です〜。私こういうサプライズ大好きなんですよ〜。ということで、あなたたちは全員ここで死んでもらいますね?>>


 その瞬間——バロンという魔物が目の前からフッと消えた。


 ドン⋯⋯!!


「がっ?!」


 何かにぶつかったような大きな音がした刹那、横にいた有紀が吹き飛ばされ、10メートル先の壁に激しく激突。吹き飛ばされた有紀はその一撃で意識を手放したのかそこで倒れたまま動かなくなった。


「きゃああああ!!!!」

「有紀っ!!」

「有紀ちゃん!!」


 有紀が吹き飛ばされ倒れたまま動かないのを見て渚が絶叫を上げる。私と琴乃も彼女の名前を叫ぶ。


<<ええ、ええ⋯⋯悲しい、悲しいですよね、脆弱の人間たち。ええ、ええ⋯⋯わかりますよ。私が軽く体当たりしただけで向こうの壁に吹き飛ばされた仲間を見て絶望したのですよねぇ。ええ、ええ⋯⋯仕方ありません。彼女もあなたたちも何も悪くありません。悪いのはあなたたちの『運』なのですから⋯⋯>>



 ダメだ。無理だ。勝てっこない。



 私だけでなく他の二人も同じように青ざめた顔をしてそう考えただろう。⋯⋯でも!


「みんな! 散って!!」

「「っ!!!!」」


 私の掛け声に二人が反応すると、バッとその場から離れていつもの陣形になる。


「みんな、希望を失っちゃダメ! 私たち3人でこいつをやるよ!」

「亜由美!」

「亜由美ちゃん!」


 前衛の私が、バロンを見据えながら二人にハッパをかける。


 たぶん、逃げることは無理だ。


 ならば⋯⋯戦うしかない!


<<おお⋯⋯何という勇ましさ。私、そういうの嫌いじゃないです。どれ? ちょっと遊んでやりましょう。ええ、ええ⋯⋯私は面倒見の良い性格ですから。頑張ってこの難局を乗り切ってください>>


 そう言って、ゆっくりとした歩みで私のほうへ歩いてくる。


 私の武器は長剣。スキルは『剣豪』。その剣豪スキルで一番の『技』を繰り出す。


「ハヤブサ斬り!」


 私は目の前のバロンに駆け出し距離を詰めると技を発動。縦に横にと縦横無尽な数十の剣戟を叩きつける。


 ギンギンギンギンギンギン⋯⋯!


 無防備状態のバロンに私の剣戟すべてが叩き込まれた。


「よし!」


 私はすべての剣戟をぶつけると手応えを感じて声をあげる。しかし⋯⋯、


「え? む、無傷⋯⋯」


 バロンは無防備で私の剣戟をすべて受けたにも関わらず、彼の体はまったくの無傷⋯⋯ダメージを受けていなかった。


「そ、そんな⋯⋯」


 私の剣豪スキルの中でも最高の技である『ハヤブサ斬り』をすべて受けたバロンだったが、その体には一つも傷がついていなかった。そんなバロンを見て私は驚愕すると共にひどく絶望する。


<<ええ、ええ⋯⋯良い表情です。あなたの最高の技だったのですね? なるほど、たしかにこれだけの威力であればメイジゴーレムなどひとたまりもなかったでしょう。あなたの剣戟は下層では十分通用しますよ、下層・・では。ええ、ええ⋯⋯でも、私に傷をつけるにはその剣戟あまりに⋯⋯軽い>>


 そう言うと、目の前のバロンが有紀を飛ばしたときと同じく私に体当たりをくらわす。


「ぐっ⋯⋯ああっ!?」


 私は即座にガードしたが、しかし抵抗虚しく後ろへ5メートルほど吹き飛ばされた。

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