龍平編
第49話 血をわけた子ども
~鹿族本家~
「マ、マムシ領の3分の1が占拠された?」
鹿族長のソゾムは側近の報告に驚いた。
1月に人族が停戦協定を破棄してマムシ領に侵攻してから早一ヶ月半、予想外のスピードだ。
マムシ族は本家炎上で混乱し、かつ活動が鈍る冬季とはいえ、かつての人族との戦争では、人族領を奪い取る大勝利をあげていたはずだ。
そもそもマムシ族は族長が不在でも町ごとの力が強く、守りも固いはずなのに!?
「何があったんだ?」
ソゾムは信じられない。
「それが、人族は対マムシ族用の兵器を改良したようで・・・ライフルと呼ばれるその武器は、人族1匹でマムシ族2~3匹を楽々と殺せると。それもかなりの飛行距離があるらしく、マムシ族は人族に近づくことすらできずに殺されているらしいです。」
「はあ!?そんなばかな!?」
鹿族もかつて人族と戦争をしたことがある。
相手はあの水連町の山の向こうにある人族町だった。
半年ほどの境界争いの末、水連町側の山は人族が、もう1つの山は鹿族が取得することで決着した。
その時、人族の火薬を使った飛び道具にはやや苦戦したが、あれは人族が近くまで寄ってきて丸めた火薬の塊を投げつけてきていた。
ライフルとやらとは明らかに別物だ。
「参ったな。」
領地が隣あうマムシ族とは古くから親交があり、鹿族が紫竜から絶縁されていた時期にも、マムシ族は取引を続けてくれた恩もある。
だから、今度はマムシ族が紫竜から絶縁されてからも、鹿族は取引は続けていた。
だが、人族とマムシ族の戦争に介入するのは別問題だ。元より鹿領に影響がない限り、他族の戦争に介入するのはデメリットが大きい。
それに、人族といえば紫竜族長の奥様の種族だ。
紫竜一族が妻の種族の戦争に介入しないのは有名な話だし、紫竜一族から、人族とマムシ族の戦争に族長の人族妻はなんの関心もないとの発表はあったが、わざわざマムシに加勢して悪目立ちするメリットはない。
ソゾムは自分の判断が間違っているとは思っていないが、焦りはしている。
人族の侵攻がマムシで終わる保証はない。
今後、鹿族を含む他族にも宣戦布告してくる可能性は十分あるのだ。
鹿族として悩ましいのは、紫竜族長の奥様の故郷だというあの人族町には手を出したくないということだ。
あの人族町には、紫竜だけでなく、黄虎、朱鳳の眷属も度々来ている。
神獣たちがこんなにも関心を寄せる人族町は他にない。
触らぬ神に祟りなしである。
~睡蓮亭 リュウカの部屋~
2月の終わり、今日は2週間に一度のシュグ医師の往診の日だ。昨年からシュシュ医師の高齢を理由に往診はシュグ医師になっていた。
三輪は今月、月のものが来なかったので、今日はシュグ医師が妊娠検査薬を持ってきた。
竜琳を侍女のクーラに預け、三輪はトイレに入った。 竜琳はトイレのドアをバンバン叩いているが、さすがにこの距離なら三輪が見えなくなっても転変はしない。
「まあ!さすが奥様です!」
トイレから出てきた三輪の検査薬を見てシュグ医師とクーラは歓声をあげている。
三輪は竜琳を抱いて微笑みかけた。
「竜琳、お姉ちゃんになるのよ。」
「う?あーあー?」
娘は笑顔になって三輪の顔を触った。
「ご出産は10~11月ころですね。」
シュグ医師は紙に数字を書いて計算してくれた。
「あら、竜琳のお誕生日ころね。ちょうど2歳差になるかしら。」
三輪は嬉しくて仕方ない。
三輪は4人兄妹の末っ子だった。
歳の離れた姉が2人に、歳の近い兄が1人・・・みんな獣人に殺されてしまったけど、三輪は子どものころは幸せだった。
世話をやいてくれる優しい姉ちゃんたちに、一緒に遊んでくれるお兄ちゃん
竜琳にも弟妹のいる幸せを、と思っていたのだ。
それに紫竜一族的にも、夫には次の子どもが必要だ。 特に跡継ぎになる男の子が。
「ふふ。パパが帰ってきたら驚かせましょうね。」
三輪はそう言ってまた娘に微笑みかける。
優しい夫はまた泣いて喜んでくれるかな?
お義父さんからは、また部屋に入りきらないほどの贈り物が届くかもしれない。
竜琳の妊娠が分かった時には凄かった。マタニティードレスやパジャマ、ベビー服、オムツにミルクに、おもちゃにと・・・
妻子の物は自分で用意するのに!
と夫は怒っていた。
とはいえ、これ以上衣服やベビー用品が増えても困るので、三輪は夫には食べ物をお願いしたのだが・・・
猛烈なつわりでろくに食べられない日が続いた。
『またあれが始まるのね・・・』
つわりで起き上がれもしなかった日々を思い出して、三輪は少しだけゲンナリした。
「竜琳様のお世話もありますので、女の守番をすぐにでもお決め頂かなければ。」
「もう!肝心なときに旦那様は居られないんですから!間の悪い方!」
シュグ医師とクーラが相談を始めている。
『有り難いなぁ。』
こんな手厚い妊娠生活は人の世界では考えられない。嫁ぎ先だった水連町の女たちは臨月まで働いていた。 つわりが辛いと休もうものなら出来損ないの身体だと陰口をたたかれるのだ。
「ま~ま~」
娘の甘えるような声で三輪は我に返った。
娘はソファーに座った三輪の膝の上に顔を乗せてすりすりしている。
「うふふ。可愛い子」
三輪は我が子がかわいくて仕方ない。
例え人間でなくても、血を分けた自分の子どもだ。
たった一人の三輪の血族。
「よしよし。どうしたの?」
三輪は自然と笑顔になって、娘の頭を撫でる。
「う~う~」
娘は今度は三輪のお腹をふんふんと嗅ぎ始めた。
これは・・・奥様のお腹に龍風様が居たときに、龍陽様と竜琴様がよくやっていた。
「ふふ。分かるの? ここに竜琳の妹か弟がいるのよ。」
「ふんふん。う~う~ うわ~ん!」
急に娘が泣き始めたので、三輪は驚いた。
「姫様!?どうされました?」
シュグ医師とクーラが駆け寄ってくる。
「もう。眠いのかしら?さ、ベッドに行きましょうね。」
三輪は娘を抱っこする。
そういう三輪も身体がダルい。
夕方、仕事から戻った夫は、妊娠の知らせを聞いてすぐに本家にとんぼ返りすることになったが、三輪は娘と寝ていたので気づかなかった。
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