第12話 マムシの逃亡
マーメイが解放軍の仲間だと仮定すると、マーメイは何らかの方法で、マムシ族にばれずに解放軍と合流しているはずだ。
そうなると、解放軍の手がかりは清水町跡地の地下室だ。
だが、マムシ族が地下室を探し回ってもマーメイは見つからなかったので、人族の隠し扉か何かの細工があるはずだ。
そこで紫竜本家に捕らえている解放軍の人族で試してみようと龍賢が提案した。
真矢というその人族を睡眠薬で眠らせ、マーメイが姿を消した清水町跡地の地下室近くの地面に放置し、龍景は地下室の中に潜伏した。
するとその人族は地下室を探し当てて中に入り、隠し扉を開けて地下道を通って解放軍と合流したそうだ。
人族は目も鼻も悪いので龍景の尾行には気づかなかったらしいが、獣人は別だ。
龍景は匂いでばれないよう、真矢が解放軍と合流して入った巣の近くの地面に穴を掘って見張っていたそうだ。
すると翌日の夜、マムシの獣人がやって来たが、真矢についた紫竜の匂いに気づいて逃げていこうとしたので龍景が捕らえて帰ってきた。
「父・・・じゃない龍賢様、あの真矢って人族は捕まえずに泳がせておけばいいんですよね?」
龍景が確認する。
「ああ、あの人族についた臭いはしばらく消えないからな。今は使用人に見張らせている。 龍景、何日もご苦労だった。族長、龍景を風呂に行かせて休ませてもよろしいですか?」
龍賢がそう言って龍希を見るので、龍希は頷いた。
龍景は一礼して執務室を出ていった。
「龍景が捕まえてきたマムシの尋問は竜波と龍兎に任せたから報告待ちだな。 にしても、龍算の元妻ワシ、龍景の元妻カバに続いて龍灯の元妻マムシまで解放軍に参加してるとか、どうなってんだ?」
龍希はそう言ってため息をついたのだが、
「龍算様のワシは別として、そんなに驚くことではございませんよ。紫竜に嫁いでくる娘の9割は結納金目当てで家族に無理やり結婚を承諾させられていますから。実家のみならず種族そのものに恨みを抱いて当然です。」
「だからって、人族に復讐を任せるか?俺には考えられねぇ。」
「そうですか?族長だって度々、奥様のお知恵を拝借されているではないですか。」
「う・・・まあな。」
龍希は気まずくなって顔をそらした。
龍景がマムシのマーメイを捕らえた2日後、竜波と龍兎が、マーメイから聞き取ったことを報告に来た。
「マーメイは離婚後にマムシ本家に戻るなり、身ぐるみを剥がされて、鹿領近くの別荘に軟禁されたそうですが、見張りはわずか2名のマムシ使用人で、マーメイの身の回りの世話も兼ねていたので、マーメイは別荘の敷地内であれば自由に出歩けたそうです。
それから何年かして、そこで解放軍のスミレという人族に出会い、解放軍に協力する見返りにマムシ族への復讐を依頼したとのことです。解放軍はまずマーメイを自由にするためにワシのイーロにマーメイを誘拐させて解放軍の隠れ家に連れていき、当時のマムシ族長をはじめとするマーメイが恨みをもつマムシたちを毒殺したそうです。
どうやらマムシ族本家にも解放軍の間者がいるそうで、マーメイはその見返りとして解放軍の毒開発のためにマムシ毒を提供したり、各地での奴隷解放に参加していたとか。
ところがそのスミレという人族はジャガー領に行ったきり戻らず、マーメイが解放軍の隠れ家で留守を預かっていたところにゴリラに案内されて龍算様たちが来たので、とっさに解放軍に拐われて監禁されていたふりをしたと。」
「はあ?嘘をついてたら龍算たちが気づいたはずだろ?」
龍希は驚いて龍算と龍景を見る。
「はい。以前、マーメイたちマムシを発見した時には悪意は感じませんでした。」
龍算がそう言い、龍景も頷いているが、
「おそらく、マーメイが悪意を向けていた相手はマムシ族であって龍算様たちではなかったからでしょう。」
龍賢の言葉で龍希はハッとなった。
「しかし、いくら解放軍の間者が居たとはいえ、マムシ族長一家を殺害するなんてそう簡単に出来ることではないだろう?」
龍灯の質問をうけて竜波は報告を再開した。
「それが、マーメイが解放軍から聞いた話によれば、前マムシ族長一家は、マーメイの他にも力の弱いマムシから財産を取り上げたり、給料の一部を奪ったりして、方々で恨みを買っていたそうで、毒を混入するのは簡単だったらしいのです。
それに解放軍の毒は飲み物や酒に混ぜると毒の臭いがほぼせず、苦味もないので、毒殺だとバレる危険もなかったそうです。」
「う・・・確かに、龍風様の守番中、果実酒に混ぜられた解放軍の毒に気づかず、何人も眠りこけましたね。」
そう言う龍灯と同じく龍希も、かつてワシのイーロがアナコンダ族の酒に紛れ込ませた毒の酒瓶事件を思い出した。
獣人よりも鼻も味覚も鋭い紫竜一族でさえ気づくことができない毒なら、マムシなどの獣人はまず分からないだろう。
「しかし、それなら前マムシ族長一家の毒殺でマーメイの復讐はもう終わったのでは?なんでまた解放軍に戻ったんですか?」
龍賢の質問に龍兎が答える。
「マーメイは、前マムシ族長たちだけでなく、今のマムシ族長にも恨みがあるそうです。前マムシ族長がマーメイから奪った手切れ金や宝飾品を、今のマムシ族長は、マーメイに返還しなかったので。」
「え?なんで?」
疑問に思っているのは龍景だけじゃない。
「分かりません。ですが、マーメイは今のマムシ族長にも復讐するために清水町跡地の地下室を通って解放軍に戻り、今回、龍海様のトンビの執事を殺したそうです。」
「あ!やっぱりこいつが犯獣人か!」
「はい。ただ、鹿の宿で龍緑様たちに悪意を向けたのはこのマーメイではなく、人族の雄の医者だそうです。この雄はタンチョウ族の毒実験のために来ていたそうです。
この人族がトンビの執事に捕まりそうになっていたので、マーメイが執事を殺したそうです。」
「は?なんで人族の医者が龍緑たちに悪意を向けたんだ?」
「それはマーメイには分からないそうです。」
龍兎は困った顔で答えた。
「タンチョウ族の毒実験というと、鹿の宿から奴隷とともに行方不明になったタンチョウの商人たちのことですか?」
龍賢の質問に竜波が頷いた。
「はい。タンチョウの商人たちは、朝食に毒を混ぜられ、その後、奴隷を連れて宿を出発したものの、1時間ほど後に道中で全員が死亡し、死体は解放軍が埋め、奴隷は解放軍の人族たちが連れていったそうです。
マーメイはこの奴隷解放に協力した対価として今のマムシ族長への復讐をすると解放軍の人族は約束したそうです。」
「復讐って何するんだ?また毒殺か?」
「それはマーメイには分からないそうです。龍景に捕まらなければ、今ごろ復讐方法の相談をしていたはずだと・・・」
「なるほどな。」
「マーメイから聞き取ったことは以上です。」
「ご苦労だった。マムシ族とマーメイの処分については龍海、お前に一任する。」
龍希の命令に龍海は頷いた。
「畏まりました。竜波たちの報告を聞く限り、マーメイの首だけで終わらせる話ではなさそうですな。今のマムシ族長にも何らかの形で責任を取らせます。考える時間を下さいませ。」
「ああ、構わん。任せた。」
龍希はそう言ったのだが、それから3日後、予想外のニュースが飛び込んできた。
「マムシ族本家が炎上した?」
9月に入ってすぐ今日の仕事を終え、妻子の待つリュウカの部屋に戻ってきたばかりの龍希の元に、執事のサーモが驚くべき報告をしてきた。
~族長執務室~
龍希は急いで補佐官たち、相談役の龍賢とマムシの取引担当の龍兎を呼び戻した。
マムシ族本家炎上の知らせを受けて、本家の応接室にいた竜波もやってきた。
一時間ほどして補佐官たちと龍賢が戻ってきたので、サーモが報告を始める。
「本日の昼過ぎにマムシ族本家が炎上したそうです。 被害状況は確認中のようですが、どうやら鴨族本家炎上と同じく逃げ出してきたマムシは見つかって居ないそうです。 マムシ族でも指揮をとれるマムシがおらず相当な混乱状態とのことです。」
「また解放軍か?」
龍希の言葉に竜波は頷いた。
「おそらく。ただ、マーメイは捕まえましたのになぜ解放軍がマムシ族本家を炎上させたのかは謎ですわね。」
「いや、マーメイの復讐はついでだったのではないですか?解放軍の目的はマムシ族本家を炎上させてマムシ領にいる奴隷を解放することでしょう。確かマムシ領には戦争で負けて奴隷にされた人族が多かったはずです。」
龍賢の指摘に補佐官たちが頷く。
「マーメイが行方不明になったので解放軍は焦ったのかもしれませんね。」
「しかし、4月に鴨族本家を炎上させたばかりですよ!?今度はマムシ領なんて、解放軍はいつの間に大移動を?」
「いや解放軍の巣は各地に点在しているようですから、鴨とは別部隊かもしれませんぞ。ですが、あの人族・・・真矢が逃げ込んだ解放軍の巣にはマーメイ捕獲以降、動きはありません。となると、マムシ領の中にも解放軍の巣があるのでしょう。」
龍賢はさすがだ。
「おそらく鴨の時と同じようにこれからマムシ領でマムシ族の混乱に乗じて奴隷を盗んでいくはずだ。竜波、龍兎はすぐにマムシ領に向かってくれ。」
「はい、族長!って、あら?そういえば龍兎は?」
竜波が不思議そうに執務室を見渡す。
「ああ、あいつも呼びに行かせたんだが、まだ来ないな。」
龍希はそう言ったのだが、
「え?龍兎は本家に居ますわよ。今朝、妻の体調が悪いので今夜も本家に泊まると言っておりましたから。私が呼んで参ります。」
竜波はそう言って執務室を出ていった。
「マーメイはまだ地下室か?」
龍希の質問に龍海は頷く。
「はい。まだマムシ族長への制裁を検討中でした。解放軍に先を越されるとは・・・このことをマーメイに知らせますか?」
「う~ん、龍賢はどう思う?」
「冥土の土産に知らせてやってもいいかと。」
「私も龍賢殿と同意見です。明日、マーメイを始末する際に伝えてよろしいですか?族長?」
「ああ、龍海に任せる。・・・ん?」
「族長!」
ノックもせずに竜波が走って戻ってきた。
「どうし・・・」
「り、龍兎が客間で気絶しております!廊下で龍兎の執事も倒れていて・・・」
「はあ!?」
龍希は補佐官たちを連れて客間に向かった。
~龍兎の客間~
客間の床には龍兎、本家のオラウータンの侍女、マムシの侍女3匹が倒れ、その客間の前の廊下には犬の執事が倒れていたのだが・・・
「これは・・・龍兎以外は死んでいますね。」
執事と侍女を触っていた龍算はそう言って驚いている。
「おい、龍兎!しっかりしろ!」
龍灯が叫びながら龍兎の顔をビンタするが、龍兎は全く反応しない。
「龍兎のマムシ妻はどこ行った?」
「今、本家の使用人に捜索させております。」
龍海が答える。
と、ドタドタと足音が聞こえてきた。この匂いは・・・
「パパ!」
なにやら怒った顔をした龍陽が客間に入ってきたのだが、客間の中の惨状を見て怯えた顔になる。
「龍陽!俺はまだ仕事中だ。リュウカの部屋に戻れ。ここで見たことは芙蓉には知らせるなよ!」
龍希は慌てて息子に駆け寄って客間から追い出そうとしたのだが、
「まあまあ、族長。 龍陽様、驚かせて申し訳ございません。龍兎は寝ているだけですので、ご安心ください。 族長に何かお話でしたか?この龍海が代わりにお聞きしてもよろしいですか?」
龍海が床に膝をついて龍陽と目線を合わせながら話しかける。
「ううん。ママのことだからいいの。あとでパパに聞いてもらう。」
そう言って客間を出ていこうとする息子に今度は龍希が立ち塞がった。
「芙蓉のことなら別だ!どうした?」
「え?えっと、さっき、リュウカの部やの近くでマムシのにおいがしたんだよ。ママはヘビがきらいだから、こわいって。それでぼくとりゅうきんでマムシをさがしたんだけど、みあたらないの。」
「な!?どこだ?案内してくれ!」
龍希と龍海は龍陽について庭に出た。
~族長居住スペース 中庭~
「この辺からマムシのにおいするの。」
龍希たちが息子に案内されてきたのは、族長居住スペースの中庭の一つで、石の塀の向こうは一族滞在スペースの庭があるはずだ。
息子の言うとおり、こちら側の石の塀からマムシの獣人の匂いがする。
それに、
「これは龍兎の匂いだな。」
龍希の言葉に龍海も頷いている。
「龍兎がここに来るはずがありません。行方不明の龍兎のマムシ妻の匂いでしょうな。」
「ああ、俺も同意見だ。だが、妻といえども不法侵入は許さねぇ。龍兎には悪いがマムシ妻は見つけ次第、殺す。」
龍希は険しい顔でそう言って立ち上がった。
しかし、中庭を歩き回ってもマムシの匂いがするのは、石の塀のそばだけだ。
龍海は塀の向こうの一族滞在スペースの庭を探しに行った。
息子は疾風が迎えに来たのでリュウカの部屋に帰らせた。
龍希はすぐにでもマムシに怯えている妻を慰めに行きたいが、今はマムシ妻の捕獲が最優先だ。
「族長!」
険しい表情で龍海が走って戻ってくる。
「どうした?」
「こちらに。マムシの匂いをたどれました。」
~一族滞在スペースの庭~
龍海についていくと、マムシの獣人の匂いは石の塀から庭へと続いていき、庭に面している本家の大きな窓にたどり着いたのだが、
「ん?これは獣人の血と、別のマムシの匂いだな。」
龍希は窓とその下の地面の匂いを嗅ぎながら首をかしげる。
「はい。マムシ2匹と血の匂いはこちらに・・・」
龍海と一緒にさらに匂いを追いかけると今度は高さ1メートルほどの勝手口にたどり着いた。
「まさか、ここから外に出たのか?」
「おそらく。マムシなら這って出られます。信じられませんが、龍兎の妻は別のマムシと一緒にここから逃亡したようですな。」
そう言う龍海も龍希と同じくらい険しい顔をしている。
「本家から妻が逃亡するなんて前代未聞だ。龍兎たちに毒を飲ませたのもマムシ妻か?」
「おそらく。もう一匹のマムシは妻の侍女でしょうか?なにやら怪我を・・・」
言いかけた龍海はハッとなる。
「どう・・・」
「地下室のマーメイは?見て参ります。」
龍海はそう言うなり走って本家の中に入って行った。 それを見て龍希は思い出した。
かつて、地下室にワシのイーロを捕らえていたが、何物かの手引きで逃げ出したことを。
あの時の協力獣人は未だに不明だ。
あの後、当時の隠し扉は塞いで、新たに一族しか知らない入口を新設し、地下室の扉の鍵も新しくしたのだが・・・ 嫌な予感がして、龍希も地下室の隠し扉に向かった。
~紫竜本家 ???~
龍希が着いた時には龍海だけでなく龍景もいた。
そして・・・マーメイを閉じ込めておいた地下室の隠し扉は真っ二つに割られている。
「嘘だろ!?」
龍希は目の前の光景が信じられない。
「族長たちが龍陽様と出ていかれてすぐ、龍灯様に言われてここにきたのですが、すでに扉はこの有り様で、地下室の扉も壊され、マーメイを繋いでいた鎖は壊れ、マーメイの姿はありませんでした。」
龍景が落ち込んだ様子で報告する。
「嘘だろ・・・」
龍希は呆然として呟いた。
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