第3話 鴨の異変
4月、龍風の3歳の誕生月を妻子と祝って、執務室に戻ってきた龍希のもとに驚くべきニュースが飛び込んできた。
「鴨族長が暗殺された!?」
龍希は驚いて聞き返した。
「はい。鴨族からの正式発表です。 今朝、鴨族長の死体が寝室から見つかったそうです。鴨族長は口から血を吐いて死んでいて、寝室から毒の入った瓶が見つかったそうです。」
鴨族の取引担当の龍兎が報告する。
「なんでだ?あそこは龍栄殿がクーデターを防いだばかりだろ?」
龍希は訳が分からない。
「私ではなく、竜縁の活躍です。」
龍栄がそう言って睨んできた。
「え?あ、はい。 それで犯獣人はどいつだ?」
龍希は龍栄に呆れながら龍兎に尋ねる。
「それが、鴨族長の寝室には補佐官で、来月側室になることが決まっていた雌鴨が居たそうなのです。その鴨も毒を飲んで意識不明です。
ですが、その雌鴨は龍栄様がクーデターの内通鴨をあぶり出した時には鴨族長に悪意がないと判断されています。そのため、鴨たちは別の獣人に疑いを向けています。」
「別の?誰だ?」
「鴨族長の妻で、カラス族のタヤです。」
「は?カラスの妻?なんでそいつが疑われてるんだ?」
「鴨族長が鴨の側室をむかえることに一番反発していたのがカラス妻です。いえ、それ以前に、クーデターを知りながらカラス族の実家に1人だけ避難していたことで鴨族本家では居場所がなかったそうです。」
「ああ、そういえば、あの時にカラス妻は居ませんでしたね。」
龍兎の報告に龍栄も同意している。
「だからって夫を殺すか?それも族長だろ?カラス族になんかメリットあるのか?」
「いえ、族長の仰るとおりカラス妻が鴨族長を暗殺するにしては動機が弱すぎます。カラス族に鴨族長を殺すメリットも鴨族には心当たりがないようです。
カラス妻タヤへの疑いの一番の根拠は、龍栄様がクーデターの内通鴨をあぶり出した時に鴨族本家に居なかったので、一度悪意なしと判断された側室の鴨よりは疑わしいということのようです。」
「なんだ、そりゃ?」
龍希は困って補佐官たちを見るが、
「それだけ我らの悪意を見抜く力は獣人たちに信用されているのです。おそらく近日中にカラス族長から依頼がくるはずです。」
龍海の言葉に他の補佐官たちは頷いた。
~鴨族本家 タヤの自室~
「サヤ姉さん?なんでここに?」
突然の来客にタヤは驚いた。
夫の鴨族長が暗殺され、疑いをかけられたタヤはもう2週間以上、鴨族本家の自室から自由に出られず軟禁生活を強いられていた。
鴨族による嫌がらせだ。
タヤは鴨族長が死ぬ何ヶ月も前から鴨族長の寝室に入っていないし、鴨族長が死ぬ前日には体調を崩して1日、顔を会わせることもなく自室で寝ていたというのに。
どうやってタヤに鴨族長が殺せるというのだろう?
「タヤ、遅くなってごめんね。明日、私と一緒にカラス本家に帰りましょう。」
サヤはそう言うが、
「え?ええ、カラス族長が迎えを寄越してくれるとは思っていたけど、なんで族長補佐官の姉さんが?」
「私は立ち会いよ。明日、ここに桔梗亭の父子が来るの。」
「は?」
サヤの言葉にタヤは驚いた。
桔梗亭の父子といえば龍栄親子のことだけど、
「なんで紫竜が?」
「カラス族長から依頼したのよ。鴨がタヤを疑ってる唯一の理由は龍栄の悪意チェックを受けていないことだから、明日、タヤの無実を証明してもらうわ。
鴨族への報復はその後よ!
タヤに疑いをかけて軟禁するなんて!鴨の奴ら容赦しないわ!」
サヤはそう言って怒っているが、タヤはまだ事情が飲み込めない。
「カラス族長が依頼した?紫竜に?嘘でしょ?100万、200万じゃ足りないでしょ?」
「ええ、依頼料をふんだくられたわ。」
サヤは苦い顔でそう言うと両手で・・・
「は、800万!?」
タヤはサヤの両手を見て悲鳴をあげた。
「は?な、なんで?鴨のためにそんな大金?」
「鴨じゃないわ。タヤのためよ。」
「嘘!カラス族がそんな出費を許すはずがないわ!」
「・・・カラス族が出すのは4分の1よ。残りは私たちの私財。」
「は?私たち?」
「ええ、アヤ姉さん、カヤ姉さんと私。」
サヤはさらりと言うが、
「はあ!?なんで?」
タヤは信じられない。
「だって許せないもの。私たちの気がすまない。タヤの潔白を証明して、鴨どもにはしかるべき報いを受けさせてやらなきゃ!」
サヤはそう言うが、タヤは言葉がでない。
「さ、サヤ様!」
タヤ付きのカラス侍女たちは泣きながら感動している。
「あなたたちもタヤと一緒に明日、カラス本家に連れて帰るわ。支度をなさい。もうここには戻ってこないから忘れ物のないようにね。」
「は!」
カラス侍女たちはすぐに支度を始めた。
~タヤの寝室~
タヤはサヤと2人で寝室のテーブルについた。
タヤは自室から出られないので二人きりで話ができる場所はここしかない。
「ごめんなさい。こんな場所で。」
「タヤのせいじゃないわ。いただくわね。」
サヤは笑顔でそう言うとタヤが出したお茶を飲み始めた。
「私はカラス本家に戻ったらどうなるの?」
「え?アヤ姉さん・・・カラス族長はまだ何も言ってなかったけど・・・タヤは何をしたい?」
サヤの質問にタヤは困った。
「分からない。」
「ふふ。まあ、しばらくはゆっくりしたら? 私も枇杷亭から出戻った時には何ヶ月も寝込んで、何の仕事もしてなかったし。」
「姉さんは何で笑ってるの?悔しくないの?」
「え?」
タヤの質問にサヤは驚いた。
「だってあいつ、龍希は浮気した挙げ句に正妻のサヤ姉さんを追い出したも同然なのに!」
「え?浮気?違うわよ。」
「え?」
「私が枇杷亭に居た時に、人族はいなかったし、龍希が朝帰りをすることはなかったわ。 それに紫竜の雄は手をつけたらそのまま雌を自分の巣に連れて帰る習性があるらしいから、今の妻と出会ったのは私が出ていった後よ。」
「え?え?でも、別居しただけで、離婚はしてなかったじゃない?」
「あ~まあね。それは後悔してるわ。枇杷亭を出る時にリュウカを投げつけて、こっちから離婚って言ってやれば良かった。 あんなに意地になってたなんて。やっぱり当時は正気を失ってたわ。」
「はあ!?なんで笑ってられるの?今回だって、なんで紫竜の件に姉さんが?」
「だって私は補佐官だもの。でも私は優秀な訳じゃないから、他の補佐官が嫌がる紫竜の案件を担当してるの。」
「・・・」
タヤは呆気にとられてしまった。
目の前にいるのは本当にあのサヤだろうか?
タヤの知る姉は、傲慢でワガママで、自分の嫌なことは他カラスに押し付ける奴だった。
格下の鴨との結婚だってサヤに押し付けられたのだ。
「ふふ、ごめんね。私が不甲斐ないから妹のタヤにまでたくさん心配をかけたわね。 でも私はもう大丈夫よ。今度はタヤの新しい生活の手伝いをさせて。アヤ姉さんもカヤ姉さんも同じ気持ちよ。」
「カヤ姉さんもまだカラス本家にいるの?」
次姉のカヤはワシ族と離婚してカラス本家に出戻っていた。
「ええ。カヤ姉さんはワシ族にいた時の経験を活かしてワシ族との取引を担当することになったの。」
「は?ど、どういうこと?ワシとは絶縁してるでしょう?」
「ああ、そうだわ。先週、カラス族はワシ族との取引再開を正式に決めたの。今の紫竜族長が、ワシが白鳥ココと異母姉ケケ、さらにはココのワシの息子イーロを匿っていたことを不問にしたのよ。
それどころかハクトウワシが紫竜族長妻の奪還に協力した見返りにワシの奴隷を買い占めてワシ族に返還までしたの。 だから、アヤ・・・じゃないカラス族長はワシ族との取引再開を決めたのよ。」
「うそ・・・ワシがカヤ姉さんにしたことを忘れたの?」
タヤは信じられない。
「忘れてないわ。私だって本音はワシどもを皆殺しにしたって気がおさまらないわよ! でも、自分の感情よりもカラス族の利益を優先すべきだからね。」
「信じられない・・・なんで?悔しくないの?」
「ふふ。タヤは優しいわね。自分が大変な時なのに私やカヤ姉さんのしんぱ・・・」
「違うわよ!」
タヤは怒りのあまり大声が出た。
「え?タヤ?」
「心配?そんなわけないでしょ! 嫌なことはずっと私に押し付けてきたくせに! 思い上がらないで!」
「え?どうしたの?」
「鴨との結婚なんて嫌だった!なのにサヤが嫌がるから代わりに結婚しろって言われて!
あんたの離婚はあっさり認めたくせに、私は何を言っても我慢しろ!で鴨と離婚もさせてもらえなくて!
あんたらのせいで出戻りカラスの妹なんてバカにされて! なんで私だけ!」
怒鳴りながら泣き出したタヤを見て、サヤは呆気にとられている。
「タヤ・・・ごめ」
タヤに駆け寄ろうと椅子から立ち上がろうとしたサヤは床に座りこんでしまった。
「え?あれ?」
『足に力が入らない。』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます