【圭】衝撃

 毒々しい緑色。「愚かなる警察諸君」という文言。間違いない、これは奴からだ。マッドグリーンからだ。



「警部、これは――これは、マッドグリーンからの犯行予告ですね」圭は声をわなわなと震わせながら言う。



「ああ、間違いない」西園寺警部が応じる。



 圭の肩越しに氷室先輩が見ると「そんな馬鹿な!」と叫ぶ。



「マッドグリーン? 誰ですか、それ」



 圭たちと対照的に滝沢は口を大きく広げて、ポカーンとしていた。



「滝沢、お前は新米だから知らないのも無理はない。3年前のマザー・グース殺人事件は知ってるな?」氷室先輩が確認する。



「もちろんですよ。連日報道されていましたから。あんなにセンセーショナルな事件はありませんでした」と滝沢。



「警察内部では犯人のことをこう呼んでいた。と」



 一瞬の静寂。



「でも、これはそいつからの手紙とは限らないのでは? ただのイタズラではないでしょうか。かなり悪質ですが……」


 

 滝沢は相変わらず状況が飲み込めてないらしい。圭は少しイラっとした。



「確かに文面だけだと、そう考えるのが妥当だろう。だがな、文字の色を見てみろ」氷室先輩が滝沢に促す。



「うーん、緑色ですね。それも不気味な。まさか――」



 滝沢がハッと息をのむ。



「そう、そのまさかだ。俺たちが犯人にマッドグリーンと名付けた所以ゆえんだ」

 


 氷室先輩が締めくくる。



「でも、マッドグリーンなんて初めて聞きましたよ。新聞にそんな記事、ありましたっけ?」滝沢は首をひねる。



「知らなくて当たり前だ。マスコミが報じたのはマザー・グースに見立てて殺人が起きたことだけ。それ以上の情報は世間に公表してないからな」



 氷室先輩が苦々しげに言う。



「つまり、これは正真正銘、マッドグリーンって奴からの手紙ですか……」



 滝沢はポツリとつぶやく。



「滝沢、当時のスクラップ記事はこれだ」



 警部が引き出しから分厚いファイルを差し出す。それはすごく年季が入っていた。



 そこにはこんな記事が載っていた。「初老の考古学者、自宅にて殺される」「そばには謎の紙片」



「そうそう、これがすべての始まりでしたね。この紙片、なんて書かれてましたっけ?」


「一人の男が死んだのさ。とてもだらしもない男。お墓に入れようとしたんだが、

 


 圭はスラスラと答える。



「へぇ、先輩、そんな長文、よく覚えてられますね」



 滝沢は感心したらしいが、圭にとっては覚えていなければならない文章だった。



「まあね。そして、その通りに老人の指は見つからなかった」

 


 そうそれが重要だ。



 次の記事はこうだった。「都内で殺人事件、被害者はフリーター」「マザー・グースの一節が書かれた文章を発見」「考古学者殺人との関係は?」



「ここからでしたよね。二つの事件に関係性が見え出したのは」と滝沢。



「滝沢、お前はこの事件の文章の中身を覚えているか?」氷室先輩がダメもとで聞く。



「氷室先輩、いくらなんでも、それは無理ですよ。でも、龍崎先輩なら詳しいんじゃないですか?」



「テッサリーの一人の男。不思議なくらい賢い男。きいちごの茂みに飛び込んで、



 またしても、圭はそらんじる。まるで、録音機のように。



「確か、これもマザー・グースの通りでしたね。目玉をかきだすなんて、犯人は狂人ですよ!」





 そうして、何件かの事件の記事をめくり終わった時だった。例の事件の記事に辿り着いたのは。



 記事の内容はこうだった。「またしてもマザー・グースにしたがって殺される」「被害者は警察官」「第一発見者は息子」



「さすがにこの事件は覚えてますよ。なにせ、警察官が殺されましたから。たしか、凶器は斧でしたね。龍崎先輩、どんな文章でしたっけ?」



 滝沢が話を振ってくる。もちろん、圭には答える準備が出来ていた。



「リジー・ボーデン、親父を四十回めったうち。我にかえって今度はお袋。四十と一回めったうち」



「いやぁ、龍崎先輩、すごく詳しいですね。そうだ、一つ思い出しましたよ」滝沢がポンと手を叩く。



「被害者夫妻の苗字は『龍崎』でしたね。珍しい苗字なのに、偶然ってあるんですねぇ」



「当たり前だよ。その夫婦は



 滝沢はさっきまでの饒舌じょうぜつはどこへやら、すっかり黙ってしまった。部屋には沈黙が訪れ、チクタクと時計の音だけが響く。





 あの日のことがフラッシュバックする。真っ赤に染まったリビングに二人の死体。それも何度も切り裂かれた傷の跡。現場に残された凶器の斧。駆け寄って二人に触った時に手にこびりついたどろっとした血。忘れるはずがない。いや、忘れてはならない。





「滝沢、マッドグリーンと関係があるのは圭だけじゃないんだ」



 西園寺警部がいつになくゆっくりとした口調で続ける。ゆったりとしつつも、その声には静かな怒りが込められていた。



「親父のつよしは私と同期だった。このヤマは私と圭の二人が解決しなければならない。絶対にだ」

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