進展

 久しぶりの休暇。圭は12時から刹那、寛と昼食の予定だった。近況報告会だが、十中八九、マッドグリーンの話になるのは目に見えている。「父さんも一緒に行かない?」と誘った。しかし、「もうすぐ結婚記念日だから、母さんをびっくりさせたい」という返事だった。まあ、その話の最中に当の本人が来たから、バレバレだと思うけれど。



「圭、例のヤマに関わっているなら、気をつけろよ」と背中に父さんの声が追ってくる。「デカは加害者に限らず、関係者からも恨まれるからな」と。



 圭は右手を挙げて答えた。確かにそうだが、それも覚悟して刑事になったのだ。いまさら心配してもしょうがない。そもそも、ほぼ新米の圭はまだ、そんな立場にないが。




「圭兄さん、この前も言いましたよね、社会人なら5分前行動だと」着いて早々、寛から叱られた。「まだ、刹那は来てないじゃないか」と圭は反論する。刹那が遅刻がちなのには、良くも悪くも慣れていた。



「刹那兄さんはいつもだから、計算済みです」



 そこは織り込み済みなのね、と圭は心の中でつぶやく。それなら圭のことも計算して欲しい。3分前には着くのだから。



「兄さん、顔に出てますよ『自分も計算に入れて欲しい』と」寛からの指摘は、西園寺警部と同じものだった。こればかりは、直しようがない。



「そうでした。例の殺人狂のことですが、こんな情報を仕入れました。事件は山手線の内側で行われている、と」



「寛、残念だが、その情報は役に立たない。それは――」圭が続けようとすると、寛が手で制する。



「まあまあ、焦らずに最後まで聞いてください。犯人はマザー・グース通りに犯行を重ねています。そこで、心理学者の友人に分析を依頼しました。答えはこうでした。『そいつは幼少期に虐待されていたに違いない。その反動が今出ているのでは。その残虐性が見立て殺人につながっている』と」寛が静かに締めくくる。



「つまり、過去の虐待犯罪歴を遡れば、犯人の親が分かるかもしれない、そういうことだな?」と圭。



「兄さん、あくまでも一心理学者の意見です。この意見は一つの参考にとどめてください。ああ、話している間に約束の時間を過ぎました。もうそろそろ、刹那兄さんが到着するはずです。ほら、あそこに見えました」寛が人だかりを指す。



 そこには、あざだらけの顔をした刹那がいた。





「それで、どうしたら顔があざだらけになるんだ? 探偵なんて、普段は不倫捜査や素行調査だろ?」圭が尋ねると、刹那はムッとしていた。



「確かにそうさ。でも、今回は少し違ってね。不倫している男に殴られたんだ。こちらもやり返したよ。あ、正当防衛の範囲でだ」刹那は寛の顔を見てそう付け加える。



「ということは、その不倫中の男にバレたわけだ」と圭。



「そうかもな。でも、10メートル以上離れていたんだけど……」刹那は弁解する。



「刹那兄さん、それは兄さんの落ち度だよ。それに、正当防衛かは兄さんが決めるものではないです。下手したら、その男が私に弁護の相談に来たかもしれません」寛は忠告するが「まあ、刹那兄さんに言っても無駄かもしれません」と付け加えた。



「それで、オレが来るまでの間、殺人狂の話で盛り上がっていたんじゃないか? ああ、図星みたいだ。兄さん、顔に出てるよ」と刹那。



 今度は刹那から指摘が入った。どうやら、相当分かりやすいらしい。犯人の前では気をつけなければ、圭はそう思った。今度家で鏡の前で練習が必要かもしれない。



「それで、進展はあったのかい? 兄さんがマッドグリーンを追っているのは知ってるからね」刹那はしれっと言った。



 あれ、マッドグリーンの名前を話した覚えはない。マスコミも知らないはずだ。



「兄さん、オレだって探偵だぜ? 独自のネットワークがあるってわけ。で、どうなんだい?」刹那は小声で聞いてくる。



「ここでは詳しく話せない」圭はそう言うと同時に、「もうすぐ捕まえられるかもしれない」と書いたメモをさりげなく渡す。



 刹那の「面白そうだ」という反応に、圭は心の中で「不謹慎だぞ」とつぶやく。





 昼食を終えると人気ひとけを避けて公園のベンチに腰掛ける。刹那と寛が圭を挟みこんだ。手短に、かつ差し支えのない範囲で二人に話すと「なるほど」という顔をした。



「つまり、警察は多くの被害者を出しつつも、やっとマッドグリーンの尻尾を掴みかけている、そういうことか」刹那の発言には警察に対する皮肉が混じっていた。まあ、刹那は刑事を目指していたから、仕方がないかもしれない。学力不足で落っこちた刹那にも問題があるけれども。



「そうだ、兄さんたちは、結婚記念日は何かお祝いするのですか?」と寛。刹那は「しなくても、オレたちが無事なら十分だろ」と返す。



 そういえば、今朝そんな話があったな。圭はぼんやりと思いだす。母さんにはバレバレだけども。



「もっと話したいところですが、もうすぐ依頼人と会う時間なので、失礼しますよ」そう言うと寛は席を立つ。



「兄さん、さっきの話はあくまでも参考ですから」と寛が念を押してくる。ゲームとして楽しんでいる残虐性が、幼児期の虐待にあるかもしれないという話か。一応、西園寺警部には伝えて損はないだろう、圭はそう考えた。まあ、出所をどうするかが問題だけれども。



「マッドグリーンの情報共有も終わったんだ。オレも失礼するよ」と刹那。



「今度はバレないように気をつけろよ!」圭は言ったが、無駄かもしれない。刹那には学習能力がないから。さすがに兄弟でも、面と向かっては言えないが。





 圭が帰宅すると、父さんが読書を中断して、「おかえり」と声をかける。手には『自省録じせいろく』があった。愛用しすぎて、表紙がボロボロだ。それもそのはず、学生時代から持ち歩いているのだから。



「刹那たちは元気だったかい? 会えないのは残念だったよ」と父さん。



「もちろん。二人とも会いたがってたよ。それと――」圭が続けようとした時だった。スマホが震え、画面に「西園寺警部」と表示されたのは。



「圭、行け。西園寺からだろう? 世間を騒がせている奴の事件かもしれん」



「分かってるよ、父さん」靴を履きつつ返事をする。



「西園寺によろしく言っといてくれ。無茶はするなよ」そう言う父さんの手には、いつの間にかマッドグリーンの記事があった。



 そうか、父さんも退職したとはいえ、元刑事。独自に調べているのだろう。これ以上、心配をさせるわけにはいかない。刹那たちのアドバイスを思い出す。そう、この事件には龍崎家りゅうざきけ全員の力が結集している。その期待に応えるべく、圭は駆け出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る