挑発

「しかし、まさか本当に事件を起こすとはな」西園寺警部がつぶやく。



 圭はマッドグリーンはどんな奴だろうか、と考える。まず、分かっていることは殺人をゲームとして楽しんでいること。2つ目は犯行予告を出して、挑戦をしてきていること。最後は緑色にこだわりがあるらしい、この3つだった。



 まだ、情報が足りない。しかし、次の事件は未然に防がなくてはならない。どうしたものか。



「なあ、圭。お前はこれまでの情報から、犯人をどうプロファイリングする?」と氷室先輩。



「一言で言うなら、殺人狂ですね」圭は答える。



「確かにな。だが、奴にはこだわりがあるらしい。文章が緑色だ、ということだけじゃあない。マッドグリーンは童謡『マザー・グース』を引用して、その通りに殺したんだ。考古学者をな」



 マザー・グース。読書が苦手な圭も知っている。様々なミステリー小説に登場する、外国の童謡だ。まさか、童謡通りに殺したとは。それにしても、指をすべて切り落とすのは、相当時間がかかるに違いない。そんな危険を冒してまでも、忠実に再現したいのか。氷室先輩の言う通り、今回の犯人は何かしらの信念のようなものがあるようだ。



「さて、マッドグリーンと名付けたはいいが、次の事件をぼんやりと待つのは論外だ。氷室、君は奴がマザー・グースに通りに殺しをしていると言ったな。他にも不吉なものがあるのか?」西園寺警部が氷室先輩に問いかける。



「全部は読み込めていないんですが、いくつかあります。ただ、奴のことだから、ミステリー小説に引用されている童謡は使わない可能性が高い。そうなると、絞り込めそうですが、あくまで見立て方ですから、殺人現場の予測は不可能です」氷室先輩は髪をかきあげる。



「そうか。次の事件を未然に防ぎたいが、もしもの時のために、読み込む必要がありそうだ。あとはマスコミにどこまで公表するかだな。模倣犯が出ないように、文章が緑色だということは伏せよう。童謡通りに殺されたのは、すでにマスコミが報道しているから、隠しようがない。はあ、これは非難轟々だぞ」西園寺警部は寂しくなった白髪に手をやる。



 マッドグリーンはマスコミを利用して、混乱させようとしている。その罠にかかってはいけない。しかし、どうすればいいのだろうか。これは大きなヤマだ。当分、かかりっきりになるに違いない。





 昼食をとっている時だった。スマホがぶるぶると震える。画面には「次男 刹那せつな」との表示。刹那は探偵だ。間違いなくマッドグリーン事件のことだろう。



「もしもし、刹那か?」



「ああ。オレだよ、オレ」



「それじゃあ、オレオレ詐欺と変わらないじゃないか」圭は思わずつっこむ。



「まあ、そう固いことは置いといて。早速本題だが、兄さん、例の事件に関わっているんじゃないか?」と刹那。



「たとえそうでも、イエスとは言えないぞ」



「その言葉、イエスと言っているようなもんじゃないか。まあ、いい。オレも独自に捜査してるがな、こいつはヤバいぞ。間違いなく、警察に恨みがあると思う。だから、兄さんもあまり首をつっこみ過ぎて、死ぬなよ。用件はそれだけだ。じゃあな」刹那がそう言うと、プープープーという音が鳴り響く。



 まったく、相変わらず油断できない、圭はそう思った。例の事件に関わっているとゲロってしまった。だが、心配してくれているのだ。その気持ちは嬉しい。まあ、刹那も独自に調べ続けるだろうけど、あいつこそ気をつけて欲しい。刹那はどちらかというと行動派で、犯人を捕まえるためなら、命をかけるだろう。そうなる前に、事件を片付けなくては。





 奴がマザー・グース通りに殺しを続けると思われたから目を通しているが、圭には苦痛だった。読者が苦手だからだ。でも、哲人皇帝の『自省録じせいろく』には詳しい自信があった。なにせ、子どものころから、父親に絵本代わりに読み聞かせられていたから。家訓もその本からとられ、「まっすぐでいるか、もしくはまっすぐにされるか」だった。つまり、常に正しくあれ、ということだ。圭が刑事になったのも、それの影響がないとは言えない。



 そんなことを考えていると、西園寺警部がこんなことを言った。「マッドグリーンは読書家の可能性が高いだろう。なぜなら、マザー・グース通りに殺すなんて、ミステリー小説を相当読み込まないと考えないからな」と。



「でも、警部。ネット社会では、そうとも限りませんよ。情報がそこらに溢れてますから」氷室先輩が持論を述べる。



 そうなのだ。それも悩みの一つだった。過去に起きた残虐な殺人事件の犯人が学生だった、というケースもある。先入観を持つのは危険だ。





 圭は19時に人と会う約束をしていた。三男で弁護士のひろしと。そろそろ出なきゃまずいぞ、と時計をチラチラ見ていると、西園寺警部が気づいたらしい。「あとは私たちに任せろ」と言ってくれた。圭はその言葉に甘えて、署を後にした。





けい兄さん、遅いじゃないか」とひろし



「まだ、3分前だぞ」



「兄さん、社会人は5分前行動をしなくてはならないんだ」



「そう言うなって。まずは、料理を注文しよう」圭はそう言ってメニューと睨めっこをする。その時だった。



「兄さん、彼が元陸上自衛隊の自衛官なのは分かりますか?」店員を指して、寛が言う。



「まさか。適当なことを言ってないか?」と圭。



「彼はずんずんと歩いているね。自衛隊では歩幅が決まっているんです。一歩で75センチ、1秒に2歩といった具合に。自衛隊時代の癖が残っているんです」寛はメガネのつるを触りながら言う。



「でも、それだけじゃ決め手に欠けるなぁ」



「もう一つ付け加えます。彼は必ず左足から歩き出します。まあ、見ててください」そう言った瞬間、店員は左足を前に出して歩き出した。



「相変わらずの観察眼だな」圭はそう言う。



「まあ、当たっているかは本人に聞かないと分かりません。間違ってはいないとおもうけれど」と寛。



 ディナーはやはり、マッドグリーンの話に及んだ。当然、マスコミが報道している範囲で。



「圭兄さん、今回の一件、関わっているなら慎重に動くべきです。下手すれば、今度は刑事を狙いかねません」寛が忠告してくる。



「刹那と同じだな」と圭。



「当たり前です。私は弁護で忙しいけれど、力を貸すよ。兄さんは法律には疎いからね」



 一言余分だよ、圭はそう思った。





 それから数日してからだった。第二の事件が起きたのは。

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