安心できる人15
「今日に限って車に替えの服がないのよ。これ着なさい」
「え、いやでも、わたし濡れてるから・・・」
「だから着るんでしょう」
「でも、早坂さんの服が濡れちゃうし」
「脱がされたい?」
「お言葉に甘えます!」
渋々パーカーを脱いだわたしに早坂さんは自分の服を着せてくれた。まるで子供のように。
前回同様、トレーナーというよりワンピース状態だ。そしてあったかい。そして、とてつもなく良い匂いがする。
早坂さんがギョッとして、自分が無意識に袖の匂いを嗅いでいた事に気づく。
「臭う?」
「はい。良い匂いがプンプンと」
早坂さんはプッと笑った。「あなたには負けるわよ」
──どういう意味だ?わたしは臭うのか?何臭だ?
「早坂さん寒くな・・・」言いかけて、ハッと気づいた。早坂さんの腕に巻かれている包帯に。
「なんですか、ソレ」
「え?」本人も言われて気づいたようだ。「ああ、ちょっとね」
「ちょっと、なんですか」
「料理中にミスって切っちゃったのよ。大した事ないわ」
「包丁で?」
「ええ」
「どうやったらソコを切るんですか」包帯が巻かれているのは、右肘から前腕にかけてだ。
「よく覚えてないわ。よそ見してたのかしら」
なんて、白々しい。それに、普段意味もなくわたしを見てくるくせに、目を合わせない。これはバツが悪い時の早坂さんだ。
「やっぱり、昨日怪我してたんですね」
「違うわよ」
わたしは、早坂さんに"された"事を真似した。早坂さんの両頬を押さえ、無理矢理自分に向かせる。
「正直に言ってください」
早坂さんは虚を突かれたように固まっている。
「なんで、嘘つくんですか・・・わたし嫌なんです、そうやって平気なフリして・・・わたしだけ知らないで・・・守られて・・・」
声が震えて、それ以上言えなかった。自分の情けなさに涙が込み上げてくる。泣くな。早坂さんを困らせるだけだ。
早坂さんの力強い腕が、わたしを抱き寄せた。
それによって、更に涙腺が弱くなる。
「・・・ムカつく」
「ゴメン。怒らないで」耳元で早坂さんが囁いた。
「怒ってないです」
「ムカつくんでしょ」
「自分にです」情けなくて泣き虫な自分に。
「だから嫌なのよ」早坂さんの吐く息を耳の中に感じてゾクッとした。「あなたは何かあると自分を責めるから。自分がこうしてたらって、思うでしょ」
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