第8話
店内には明るいBGMがかかっていて、店員たちから「いらっしゃいませー」と、これまた明るい声が聞こえてくる。
飼育道具や餌などが置かれている奥から動物たちの鳴き声が聞こえてきていた。
いろいろなものがあるなぁ。
と、カートの中から物珍しげに店内の様子を見ている間にも、健一は次から次へとカートの下に商品を置いていく。
猫用のトイレに砂に餌におやつ。
おもちゃに爪とぎにと、あちこちを歩き回って尚美の方が目を回してしまいそうになる。
「最後に首輪だな」
首輪と聞いて尚美はドキリとする。
周囲からも飼い猫として認識してもらうために必要なことはわかるのだけれど、でも、首輪って……。
自分が首につけられているところをどうしても想像してしまってドキドキが止まらなくなる。
そ、そういう趣味はないんだけど。
と言ったところで通じるわけでもないので、おとなしく買い物を見つめていることにした。
健一は首輪コーナーの前で立ち止まると様々な首輪を手にとってミーコの首に当てて確認しはじめた。
それはまるで自分の服を買う時のような慎重さで、1度棚に戻した商品もまた手に取ったりして比べている。
そんなに熱心にならなくても、飼い猫だとかわればいいだけなのに。
そんなことを考えていると、健一は赤い首輪を手にとって「やっぱり、これが似合うかな」とつぶやいた。
真っ白なミーコの毛に赤い首輪はとてもよく目立つ。
真ん中には銀色の小さな鈴もついているから、もし外へ出てしまってもすぐに気がつくことができるだろう。
「これにミーコの名前を入れてもらおう」
そう言って手にとったのは名前を掘ることができるプレートだった。
その中でも一番高い5000円するプレートを手にしている。
ペットの名前を入れるだけなのにそんな高いものを!
と、びっくりして健一を見つめる。
そんなに高価なものをつけてもらっても困りますよ。
無くしたり、壊したりするかもしれないんだし。
と、一生懸命説明するけれど「ミャアミャア」言っているだけでもちろん通じない。
健一はミーコが喜んでいると勘違いしてそのままレジへ持っていってしまった。
「10分くらいで名前入れができるらしい」
そう言うと一旦会計を済ませてからまた店内を見て回り始めた。
たった10分。
されど10分。
健一は自分が気になった商品をまた次々とカゴに入れ始めた。
もういい。
もういらないよと鳴いて訴えるけれど「気に入ってるみたいだな」と、勘違いされてしまう。
「このおもちゃよさそうだな。こっちのおやつはどうだろう」
そんな感じで際限なくカゴに入れていくので、10分後にはカゴの中はまた一杯になってしまっていた。
合計金額がいくらになったのかは考えたくなかったが、健一はとても満足そうにしていたのだった。
買い物から帰ると健一はさっそく猫トイレを窓際にセットした。
「いいかミーコ。今日からここが君のトイレだからね」
わかってる。
わかってるけれどトイレを室内でするなんて……。
しかもその後処理をするのは健一だ。
そう考えただけでメマイがしてきてしまう。
「それから食事はこっち」
健一はミーコを抱き上げて今度はキッチンへ向かう。
猫用の水入れと餌入れはシンクの下辺りに置かれた。
ミーコの寝床となるクッションはリビングのソファの横。
キャットタワーは見晴らしのいい窓辺。
次々と置かれてゆく猫用品に、殺風景だった部屋の中があっという間ににぎやかになる。
観葉植物たちは突然出現したミーコという天敵をどう感じているだろうか。
自分たちの居場所がなくなると警戒しているんじゃないかと、尚美は一瞬考えた。
植物たちが動物でなくてよかったかもしれない。
「さぁ、できあがりだ。これでいいかな? お姫様?」
ミーコを抱き上げて室内を歩いて回る健一。
こんなにも自分のことを考えて、思ってくれているなんて嬉しくないわけがない。
申し訳ない気持ちも強かったけれど、それよりも嬉しさが勝ってしまって、尚美は自分から健一の顔に自分の顔を近づけた。
そして本能のままに健一の顔をペロペロとなめ始める。
健一の頬はつややかできめ細やかで、少し汗の味がした。
「喜んでくれたみたいだな。よかった」
健一は嫌がることもなくくすぐったそうにほほえみ、そしてミーコの唇にチュッとキスをしたのだった。
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