第7話 夢の跡
男の子に十分な食料を渡して別れた後、獣害によって滅びたであろう村を抜けるべく歩みを進めていた。
進めば進むほどその異様さは色濃く現れ、まるで濃霧のように嫌な緊張感で満たされて一寸先すらも全くの未知の領域に感じられる。
「不気味、なんて言葉じゃ表せないくらいに変ね」
僕と同じ感覚を得ているのか、リオもまたこの空気に神経を逆立てているようだ。
地面を踏み締めるごとに足の裏を通して寒気が全身を襲う。
狩人ならば、自然と共に生きてきた者ならば嫌でも気付く。
生き物がまるでいない、と。
動物たちどころか虫すらもほとんど見当たらず、揃いも揃ってこの地から逃げ出してしまっている。
今回の件が抱く『異常』を自然こそが最も敏感に察知しており、その『異常』を感じながらも逃げ出したい本能を無視して進むある種の『異常』。それこそが人間が自然ではない証左なのかもしれない。
村に辿り着く直前から風に乗って血の匂いが漂ってきていた。
「うっ……」
凄惨。そんな言葉すら生温い。
あちこちに放棄された死体。原型を留めない家々。抉られた地面。残された巨大な足跡。
痕跡の一つ一つが語る。
『獣の仕業ではない』
狩った獲物を隠したり一箇所に集めたりした様子も無く、障害を突破するためではなく無作為な破壊。
無意味な地面へのマーキング行為。そして、足跡も熊のソレとはまるで違う。
「早いとこ抜けちゃおう、絶対におかしい」
ピリピリとした緊張感を周囲に張り巡らせ、リオはこの場を離れるように促してくる。
「いや、放っておけないよ」
己が身かわいさにこの状況を無視して進めるほど僕は愚かじゃない。
この被害は獣の仕業ではないが、その破壊の規模は人間が容易く出来るものではない。
つまり──
魔導師が関わっている可能性が高い。
点と点を繋ぐ線は細いが父さんの痕跡や手がかりは少しでも多い方がいいだろう。
「瓦礫の下敷きになってるご遺体はなるべく外に出してちゃんと埋葬してあげたいね」
「やさしいのね、トウマ。お母さんもおてつだいするからね」
僕の口先だけの言葉にもヒナタは褒めて賛同してくれる。
当然、優しさなんかじゃない。
万が一にも白い玉が仕込まれていれば、この村から動く死体の大群が湧き出してくることになる。
後背を突かれる危険の芽はあらかじめ摘んでおきたいだけだ。本当に優しい人はこんな打算で頭がいっぱいになんてならない。
白い玉が仕込まれていないか遺体を調べていると、まるで墓荒らしでもしているようで気分が良くない。
寝床で横になったままの老人、抱き合っている親子、境界の柵もろとも潰された青年、守ろうとしたのか背中合わせに潰された親子。
僕の心を抉るには十分過ぎる光景があちこちで見られた。
それらを次から次へと布団やカーテンなどの大きな布で包んで安全な場所まで運び出す。なるべく同情してしまわないように心を保ちながら。
中には
「これで最後かな」
今や見る影もないが、村で一番大きかったであろう家。壊れようが最も激しく大きさゆえに多くの人がいた可能性がある家。
後回しにしてしまったことを後悔しそうだ。
意を決して家の跡に足を踏み入れる。
真っ先に目に入ったのは初老の夫婦の遺体。家の壊れ方に対して比較的原型を残している。その程度を幸運などと言うのは生者の勝手だろうか。
「こどもがいないね」
言われてみればその通りだ。この家は夫婦二人で暮らすには大きい。しかし、近くに他の遺体は見当たらない。
これまで子供は大人が抱いていたり近くにいたりしていただけに変に目立って感じる。
「別に出かけてたとか、嫁に入ったとか、いろいろあるでしょ」
リオの言葉は冷たいようで一番真実に近く正しいのだろう。
死にゆくものに同情してはいけない。心を連れて行かれてしまうから。
「もしかしたらじょうずにかくれてるのかも?」
そんなヒナタの発言にハッとさせられる。
僕とリオは無意識に諦めてしまっていた。こんな凄惨な現場に生存者はいない、と。
「そうかもしれない。探そうっ」
一縷の希望に縋るように見当たらない子供の捜索を開始する。
「助けに来たよ。出ておいで」
まだ見ぬ生存者の姿を探して瓦礫の下を覗き込んだ瞬間にふと、
気配を感じた……。
頭で理解するその瞬間までは呑気なもので(生きている人がいた!)なんてことを考えていた。
だが、何の気配かを察した途端に全身が硬直して瞬き一つ出来やしない。
対象は瓦礫の向こう側。視界の端に収めることすら叶わない。
発見されれば交戦の可能性もある。
(見えてない見えてない見えてない)
僕はただその気配の主がどこか遠くへと去っていくその時まで瓦礫の陰で祈り続けることしか出来なかった。
「──今の……」
「うん、間違いないと思う。この村を襲った何か」
僕とリオはお互いの気持ちを冷静の糸で絡め合いながら状況を整理していく。思考が互いの手元から離れないように。
「そもそも獣じゃない」
「だったらアレは何?」
二人の知識の中に存在しない何か。そんなものを感じたのは二度目だ。
死体を蘇生して動かす。白い玉の魔法は僕たちの常識を容易く凌駕してくる。どんなものでも驚けないかもしれない。
だからこそ思い至った可能性。それを確かめるべく僕は進む。
足跡を辿ってみるといくつかの奇妙な点が見つかった。
「まず瓦礫をひっくり返した形跡が無い」
つまり目的は村人の全滅ではない。襲撃者に草の根を分けてでも探し出す執念は無かった。しかし、結果としてほとんど全滅させられてしまったあたり不運だったと言うべきか。
「そして村でひとしきり暴れた後、村から出て僕たちが来た方を向いたかと思えばまた暴れる」
しかし、周辺に他の足跡も無ければ死体も無い。爪痕以外に血が付着した部分も無い。
「その後、急転換して北の森の中へ」
動きの理由がまるでわからない。
獣の足跡を辿って餌場を探すなんてことはよくやっていたが、まるで違う。
観測するごとに獣とは一線を画す存在であることが明らかになっていく。
「何かを見つけて追いかけたとか?」
「うん、おそらくね。さっきの気配はその森の方から感じた」
おそらく大きな家の夫婦の子供。遊びに出かけて難を逃れたところでの鉢合わせ。
それはあまりにも不運で結末は想像するまでもなく明白だ。
「…………」
僕の推測は『白い玉の魔導師に操られた獣による襲撃』。奇妙な行動も魔導師に別の意図があったとすれば合点がいく。
つまり、
操られた獣が最終的に向かった先に魔導師がいる可能性が高い。
危険は承知。それでも魔導師に近付く為には危険に飛び込むことも時として必要だ。
「何かあったら今度こそアタシがやる。お姉ちゃんなんだから、トウマのこと守らせてよ」
「お母さんもトウマのこと守るわ」
僕の意気を察してかリオとヒナタが揃って念を押してくる。
本当に優しい人なら二人を犠牲にするなんて考えは過ぎりもしないだろう。けれど、僕は躊躇いすらしない。
「まかせたよ、二人とも」
暗い森の中。まるで怪物が口を開けて待っているかのような不気味さだ。
その中に自ら飛び込む。首筋に爪牙を突き立てられるような殺気を感じながら。
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