変態の彼氏は変態 変態たちの子供は変態
先輩に男性であることを告白し、先輩から恋人になって欲しいと告白され、お互いに恋人になれて1週間近くが過ぎた。
僕は今現在、百合園女学園高等部2年生の教室の中で来年の受験に向けての自身の実力を図る為の学力試験……実力テストを受けていた。
当然ながら、このテストの点数の如何によっては学生諸君の進路を大きく左右させてしまうので、僕は当然ながら全身全霊で臨む――。
(……先輩ともっと恋人らしい事をしたい……一刻も早く先輩とイチャイチャしたい……)
――否、臨める筈も無かった。
テストの解答欄を埋めながら、僕は頭の片隅で霧香先輩の柔らかい肌の感触やらいつまでも見ていたい彼女の笑顔を思い出しつつ、恋人として何かこうイチャイチャしたいなぁという願望に囚われていた。
(……でもなぁ。霧香先輩、来月から受験だし……いや、こうなったら理事長代理特権で裏口入学させるっていうのも……いやいやいやいや……それはちょっと問題になるよね……でも、なぁ……! 恋人らしくイチャイチャしたいなぁ……!)
女装をしながらでの恋人生活というのは大変に難しい。
いきなりこんな事を口にしたら、一体全体コイツは何を言っているんだと言及されてしまいそうになるのだが、実際問題その通りなのだからどうしようもない。
いや正確に言うのであれば、百合園女学園の中で恋人生活をするのが難しいと言うべきか。
僕は高等部2年生で、僕の恋人である霧香先輩は高等部3年生。
これから先には大学入学共通テストやら大学受験やらバレンタインやら卒業式などなど、様々な行事が目白押し。
ましてや、下冷泉霧香は非公式の僕のファンクラブの会長でもあり『百合園唯に触れたら東京湾に沈める』だなんて言う嘘か本当かも分からない絶対的なルールに縛られている所為か、人目があるところではいつもやってくれている身体を使ったスキンシップをしてくれないのである。
そもそもの話、僕は女装をしてこの百合園女学園に通っている訳なので、誰かと恋愛関係になって性別を疑われてしまうだなんてあってはならないのだ。
(うぅ……おかげ様で先輩と恋人らしくイチャイチャできるのは朝の3時から5時までっていう少ない時間……もっとイチャイチャしたい……)
霧香先輩は僕だけしかいない絶対安全の空間内でないと素の自分を見せてくれないぐらいに用心深く、和奏姉さんや茉奈の目の前では恋人らしいイチャイチャをしてくれない。
実力テストの問題を次々と解きつつ、頭の中は段々と恋人との更なるイチャイチャを渇望している訳なのだけど……いや、どれだけ僕は彼女とのイチャイチャに焦がれている訳なのか。
そもそもの話、僕は一体何回頭の中でイチャイチャという単語を口にしてしまったのか。
(でも仕方ないだろ……人生で初めて出来た彼女なんだし……それに半年以上も僕なんかの為に頑張ってくれて……こんな気持ち、人生で味わうの初めてなんだから……学校、早く終わってくれないかなぁ……)
恋は盲目だなんていう言葉はあるけれども、その言葉は今の自分から縁遠いものであるのだと僕は上から目線で今まで臨んでいたのだけれども、いざその恋とやらをする側になるとこれは中々に美味な毒なのである。
周囲に勘づかれたら不味いっていうのに、ふとある事に霧香先輩の方に目線を向けてしまうのだなんて日常茶飯事になりつつあるし、普段は全く読まないジャンルである恋愛小説だなんていうものに目を通しつつあるのが今の僕。
そんなこんなで色々と悶々とした感情を頭の中で巡らせつつ、僕は眼前のテスト用紙に黙々と答えを記入しつつ、事あるごとに霧香先輩で感じた暖かい感情やら彼女の体温やらを思い出しつつ、テストの最中だっていうのにニヤニヤと勝手に笑みを零しつつ、 僕は今日も今日とて女装を頑張っていた。
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「前々から思ってたんやけど、ゆーくんってもしかして案外えっちなん?」
午前の4時ごろ、2人だけの素を曝け出せる限られた密会の時間で僕の彼女である霧香先輩はそんな事を切り出した。
僕の部屋のベッドの上で腰を掛け、互いに用意した暖かい飲み物を飲みながら談笑し合い、僕とギリギリまで密着している彼女の笑顔はそれはもう意地が悪いったらありゃしなかった。
「僕がそういうものだっていうその心を聞いても?」
「ん。だってほら、僕のメス豚プレイに対して案外ノリノリやったさかい。あ、ゆーくんはサディストだったんだぁ……って感慨深くなったよ、うん」
「なんでそんな事を笑顔で言ってくるんですか。霧香先輩の事情を知っている今じゃそんな事は死んでもやりませんよ」
「ほんと? 優しくされるのも、僕は大好きやから嬉しいわぁ」
ニコニコと笑う今の彼女と日常生活を送る下冷泉霧香が同一人物であるのだと仮に言ったとしても絶対に信じてくれないだろうなと、何度目になるか分からない感想を抱きながら、彼女はコップの中に入った緑茶を飲み干してはテーブルに置き、彼女ならではの特権だと言わんばかりに僕の膝の上に乗っかってきた。
「えへへー。もっと優しゅうしてもえぇんよー?」
ちょっと待って。
それは色々と反則技なのではないのだろうか。
というか、その位置だと女装をしている僕の下半身のアレが彼女に触れる……って、霧香先輩が浮かべているあのニヤニヤ顔は絶対にそういうのを狙っている顔であった。
困った。
この恋人、僕の女装事情の手助けをし続けていたのに、今になってそれを覆そうとしている。
そして、そんな危機的状況だっていうのに僕はそんな彼女の事がとんでもない程に愛おしくて仕方がない。
こんな状況、誰かに見られでもすれば絶対に不味いって言うのに、僕たち2人はこの世界に2人だけだと言わんばかりにお互いに恋人ならではのイチャイチャを楽しんでいるのであった。
「……ふへへ……女装してくれる彼氏って最高過ぎん……? もしかして、僕って人生勝ち組……?」
「僕はこんな頼りになりすぎる彼女がいてくれるだけで人生勝ち組ですけどね」
「せやろー? これから先の人生、2人だけで優勝しまくろ?」
「でも、先輩だってもっと恋人らしい時間を過ごしたいとは思いません?」
「うわっ、やめてやそないな悪魔の囁き。そりゃ僕だってもっともっともーっとこういう事したいと思うよ? 茉奈さんの目の前でこういう事をして脳破壊したいなぁって思うさかい。ほら『疑似百合義姉妹丼 ~わか姉を添えて~』とか最高やん?」
「そこまで行くと3Pではなく4Pですけどね」
思いのほか、霧香先輩は僕の義妹である茉奈の事が気に入っているらしく、事あるごとに虐めたいだとか弄びたいだとか襲いたいだとか3Pしたいだとか前々から冗談を口にしていたけれども、今となってはそれが演技ではなく本音だったのではないのだろうかと内心で不安になる僕がいるのも確かなのである。
……今にして思えばだが、彼女は事あるごとに3P、3P、3Pと連呼していたように思える。
もしかすると、彼女はそういうのが好きなのだろうか?
因みに3Pとは3人で性行為を行うことを意味し、世間一般で言うところの乱交における最小構成人数でもあるのだが、霧香先輩は事あるごとに和奏姉さんと茉奈と3Pしたいと言葉にしているのだ。
ふと気になったのでその事を話題にしてみると、彼女は若干困った風に苦笑していた。
いや、これは苦笑と言うよりも『まさか聞かれるだなんて思っていなかった』とでも言うべきなのか、どういう表情を浮かべばいいのかどうか分からなかったから取り敢えず苦笑してみたと言わんばかりの文字通りの苦笑いなのであった。
「……いやぁ? そのぉ? 別にぃ? そういうのが好きって訳やないけど……や、嫌いって訳でもないけどぉ……? そういうのをしないで一方的に嫌悪感を出すっていうのも差別やしぃ……?」
「滅茶苦茶興味があるじゃないですか」
「う、うるさいわ。こちとら恋する乙女よ? それぐらい妄想してもえぇやろ別に」
嫌だなぁ、3Pを希望する恋する乙女にして彼女。
というか、素の彼女も中々に変態であった。
まぁ、あの変態メス豚先輩を演じられるぐらいなのだから、そういう知識は人一倍にあるのだろうけれども、彼女の場合は僕以外の男性とそういう事をしたくないという純粋な人なのでもある。
要するに彼女は耳年増であり、むっつりスケベなのであった。
困った事に、僕はそういう女の子が大好きだった。
「とはいえ、和奏姉さんも茉奈も僕の大事な家族だから3Pは絶対にさせないけどね」
「えー? 今後の人生、私以外の女の子と遊べなくなるけどえぇの? 後悔しても知らんよー?」
「後悔なんてする筈ありませんけどね」
「やだ即答。僕の彼氏、かっこよすぎ……⁉」
そもそもの話、こんな僕にここまで献身的に、陰から支えてくれた女性というのは今までの人生において誰1人もいなかった。
確かに僕には和奏姉さんや茉奈という協力者がいたけれども、彼女たちは家族だからという理由があったからこそ、助けてくれた。
対して下冷泉霧香はそういう背景ではなく、昔に恋した幼馴染だったからという理由で滅私の想いで僕の手助けをしてくれていた。
僕はそんな彼女の強い献身と愛情に思わず惹かれ、そんな彼女と一緒に居たいと思い、今まで僕に見せてくれなかった彼女の側面を滅茶苦茶に暴いて、僕だけのモノにしたいという独占欲すらあって、彼女が僕の最初で最後の彼女であって欲しいと願っている始末。
多分これが世間一般で言うところの恋なのだと思うと、中々に感慨深いものであった。
「しかし、霧香先輩はそういうのが好きですよね」
「えっちな彼女、嫌い?」
「……実を言うと、えっちな彼女は好きです」
「……ふへへ、よかったぁ」
「先ほどの意図は貴女の事がもっと知りたいから聞きたいだけです。霧香先輩が大好きだからこそ、知りたいんです。知り尽くしたいんです。貴女を構成している裏事情を知り尽くして、僕だけのモノにしたいんです。もちろん、嫌なら答えなくてもいいですけど」
我ながら、何とも気持ち悪い言の葉を述べたものだと思うが、如何せん、これが心からの本心なのだからどうしようもない。
今の今まで僕は彼女の事を変態だと罵っていたけれども、かく言う僕自身こそが救いようがない変態だったのかもしれない。
とはいえ、僕のこの変態性は彼女だけに向けるものであるので、そういう意味合いにおいて僕と彼女は似た者同士なのかもしれないけれども。
「あのな? 正直に言うとな? 家族、欲しいの」
「家族、ですか」
「うん。ほら、僕ってば孤児やん? やからやろか、そういうの羨ましくて」
気持ちは分かる。
僕も彼女と同じ孤児で、父も母も遠い昔に死んでしまった。
だからこそ、僕たちは里親に拾われて、別れてしまった訳で、その里親との暮らしで失った家族の温かみというものをもう1度知る事が幸いにも出来た。
「言っても信じんかもしいひんけど、下冷泉家の人たちってそれはそれは面白おかしい人ばっかなんよ。僕の義兄な? スクール水着を食べようとして吐いて駄目だったから、昆布に服の漂白剤漬けて食べたらスクール水着の味がするー! って騒ぐ変態なんよ」
「そんなのが僕の義兄になるって嫌なんですけど」
「でもな? その人な? 着物の世界的なデザイナーやねん」
「天才と変態は紙一重とはよく言ったものですね」
「やろやろー? 他にも変な人はいっぱいいるけどな? だからこそって言うべきなんやろか。僕もそういう家族を作りたいなーって、思うんよ。やからやろか、そういうえっちな事に興味があるの。もしかしたら乱交趣味もそういうのをどこか心の底で望んでいるのかもしいひんなぁ、僕」
楽しそうに笑う彼女であるけれども、普通の人では同調して笑う事なんてとても出来ないだろう。
だけど、恐らく、この世界で唯一。
僕は彼女と一緒に笑える人間だった。
「家族、作りましょうね」
「うん。たくさん作ろ? という訳で今度神社行こ神社。合格祈願と安産祈願買お?」
「……後者はともかく、合格祈願のお守りは買わないとですね」
「そういう訳でデートやデート! まぁ、神社が初めてのデートって、そんなんカップル、この世界中探しても僕たちだけやろなぁ」
今日何度目か分からない笑い声をお互いに出しながら、僕たちが本当の僕たちでいられる時間は容赦なく過ぎ去っていく。
いや、過ぎ去っていくというのは、少しばかり語弊があるのかもしれない。
確かに今の段階で一緒にいられる時間は少ないかもしれないけれど……いつの日か、僕の女装が終わる日が来れば、僕たちはずっとずっと本当の姿で一緒にいられるのだから。
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