霊能力者への道 血の儀式を決意する武術家

第26話 裏切る

　井上仁太の後ろのボディガードが動こうとする寸前に、井上仁太は突然手を上げ、サッカーの審判が赤カードを上げるように、ボディガードの行動を阻止した。「待て。」

「ん？」ボディガードは困惑して止まった。

「まだ殴らないで。」井上仁太は変わった声で言った。「この部屋は極上の吸音処理がされているから、ここで銃を撃つとしても外の人に聞こえないが、あなたも徐盛星も特級霊能者です。戦闘が始まれば、必ず外の人に気づかれます･･･」

「それがどうした？」ボディガードは井上仁太という雇い主に対して敬意を示さず、直接彼の言葉を遮った。「あなたはもうこの警察に底まで知られてしまった。今更そんなことを気にしているとは、殺人犯が鶏を殺すことを恐れることと何も変わらない。」

「いいえ、私の言いたいことは、これこそが私のこの友達との最後の会話になるかもしれない。」井上仁太は振り向かずに言った。「でも、私はこの得難い友情のために、なんとかして･･･とりとめもないが、何かを補うべきだと思います。なぜなら私には･･･たった一人の友達しかないから。」

　そう言って、彼は自分のボディガードに構わず、全ての注意を徐盛星に向け、誠実な表情で、一言一言を丁寧に言った、「盛星、私のところに来てくれ。」

「何を言っているのか？」徐盛星はその時、彼を睨んで、まるで木に向かって話しているばか者のように見えた。

　しかし、井上仁太はそれに気づかず、一心不乱に言った。「昔からあなたは『俗っぽい官僚』と『腐ったルール』が大嫌いでした。そして今、あなたは連盟の組織の中で働いています。卓越した技能を持ちながら、あちこちで窮屈している。あなたはもっと良いステージで活躍すべきです。そして私には、そのような機会を提供できる。もしかしたらあなたにとって、今の私はただの犯罪者であり、そんな言葉を言う資格がないと思いますが、霊能覚醒薬の価値はご存知ですね。あなたは私がこれを研究しているのを知っていますよね？その成果を踏まえて、たとえ連盟でも私たちを認めざるを得なくなります。過去の罪はすべて清算され、その時私たちは･･･」

「もう十分だ、これを聞きたくない。」徐盛星は冷たく言った。「あなたはもはや私のものとはいえず、もはや友達ではありません。友達の顔をして私に話しかけるのも、まるでクソを食べているようだ。」

　井上仁太の顔色が変わり、長いため息をつく、「あなたは私が以前にあなたに言ったことを覚えていますか？人の心は変わりやすい。親子、夫婦、兄弟、友達･･･どんな関係であっても、永遠に続くことはできない。私たちの対立もそうなっています。それは悲しいと思いませんか？」

「あなたにもそんなことを言う面目がいるのですか？あなたにも？」徐盛星はまるで自分の耳に問題があるかと疑い、しかしそれにもかかわらず、彼はすぐに手を出さなかった。それは相手が彼の心の中で確かに何か意味を持っているからだと分かる。「とにかくあなたはこの道を進んでいる。本当に心の変わらないと言いたいのであれば、霊能者を雇って人を催眠させれば？」

「あなたの想像するよりは簡単ではありません。」井上仁太は言った。「人の心は、絶えず部品を交代する船のようなものです。忘れることと記憶の代謝に伴い、古い人格は遅かれ早かれ新しい人格に置き換えられるでしょう。精神の死は肉体の死よりも遥かに速い。これはどんなに恐ろしいことか、他の人は全く理解していません。たとえ催眠術を使って感情を強制的に固定しても、それ以外の部分が変わってしまったなら、それも無意味です。」

「聞きなさい、あなたのようなどこかの本から読み上げた、文芸青年の悪臭を放つ、10メートルも地面から離れた『生活の感動』には、私には全く興味がありません。」徐盛星は動じず、または皮肉を言った、「私が関心を持つのは一点だけ、それはあなたが霊能覚醒薬を研究していることには何の関係があるのか？」

「あなたと同じようにかつて私に言われたことです。」井上仁太はじっと彼を観察しながら言った、「霊能者になることで、さらに深い領域を探求する資格がある。」

「それで、あなたは自分の息子を自分の妻の頭から禁忌の知識を引き出させたのですか？」徐盛星の質問は明らかに試みに過ぎなかった。

「いいえ。」井上仁太は首を振った。「私が霊能覚醒薬を研究する自信の源は、禁忌の知識ですが、それは私的妻子とは何の関係もありません。また、私の頭に『英雄的な思想』が満ちている息子も、私に手伝うわけではありません。」

　彼は続けて言った、「禁忌の知識は、“神秘的な人物”から与えられたのです。」

「何？」徐盛星は眉をひそめた。

　ずっと後ろで聞いていた私も、この時点でまた一人の謎の人物が登場するとは思いもしなかった。

　いや、私はクロエと以前確かに話していた。本当に“黒幕”がいるかもしれないし、霊能覚醒薬の重要な知識を神秘組織に与えた可能性がある。ただ、私はそれを禁忌の知識と結びつけなかっただけです。

「一个多月前、その顔を隠している神秘的な人物が私の前に現れた。」井上仁太は思い出して言った。「彼はどこからともなく“霊能覚醒薬の製造理論”を包含する禁忌の知識を持ってきました。技術的な詳細のデータが少なくとも、非常に役立ちます。そして、彼がそれを持って私に会った時、もし私が本当に完成品を製造できたら、その時も彼に一本を与えると約束を求めました。」

　そう言って、彼はかすかに一息ついて、口調が皮肉になるように変わった。「しかし、私は片側でその約束を破りました。理由は簡単です。彼はすでに知識を手渡しましたので、それ自体は価値がありません。私は貴重な技術的な成果を、その種の手を伸ばした者に与えるつもりはありません。」

「あなたはますます卑劣ですね。」徐盛星は冷たく言った。

「彼も悔しいでしょうし、今朝、彼はここに忍び込んで、ここの技術的な成果を盗もうとしました。」井上仁太は笑って言った。「しかし、結局は予想通り、彼は失敗して逃げました。」

「そうですか？それでは、次にあなたも失敗を迎えるでしょう。」徐盛星はゆっくりと立ち上がり、勢いも増して言った。「そして、あなたと彼とは異なる点が、あなたは絶対に私の手の届かないところには逃れられないということです。」

　ボディガードは無表情で一歩前に進んだ。

「自己満足は滅びに導くだけです、盛星。」井上仁太も立ち上がりました。「あなたは勝算があると思いますか？私の側にも特級霊能者がいることはもちろん、この製薬工場には多くの我的手下がいます･･･」

　彼の言葉が終わる前に、突然ドアが蹴り破られた。

　そしてドアが開くと、外の戦いの音も嵐のようにこの極めて吸音効果の良い部屋に押し寄せた。ドアを破ったのは警備員の格好をした人物で、彼は井上仁太が言った「手下」の一人であり、重傷を負っていて、井上仁太に何かを伝えようとしているが、目を見開いて、一言も言えずに地面に倒れた。

　その光景を見て、私は徐盛星が見せかけで座っているように見えて、すでに潜伏している警察隊に信号を送っていることに気づきました。

　この時点で、警察隊はすでに建物内に突入し、戦いが始まっています。

　最初に動いたのは私でした。

　私はソファーを飛び越えて、井上仁太に向かって向かって駆け、隣のボディガードは私に禿禿しい笑いを向けました。

　彼の笑いとともに、室内には大量の黒い線が吹き荒れました。風のように見えますが、これは少し理解しにくくも、一部の絵画作品中において、画家が見やすいように、極めて乱雑に黒い細線を描いて風の形を表す。そして、その瞬間に、これらの線は絵画から吹き出されたかのように見えて、非常に鋭い気配で私に殺気腾腾に迫ってきました。

　一方、徐盛星も手を出さずにはいられず、腕を強力に振って、室内のあらゆる隅から大量の炎が発生しました。それらはフィールド内のすべての黒い風と混ざり合い、一見して、大量のオレンジ色と黒色の「絵の具」がかき混ぜられたかのように見えて、私だけを避けていました。

　私はこの機会に、井上仁太の前に行き、まず彼を気絶させようとしました。

　私が手をかけようとした瞬間、蒼色の半透明の壁と呼ばれる「力場の壁」が、私と彼の間に突然現れ、私の攻撃を遮りました。これはおそらく井上仁太が持っている霊能アイテムの機能でしょう。驚くことではありません。彼が特級霊能者をボディガードとして雇えるほどの金持ちなら、防御用の霊能アイテムを持っていても当然です。

　その時、か細工のような姿が、彼の後ろの床から「潜」出してきました。クロエが「分身の証」を使って作った、物質を通過できる幻覚です。

　井上仁太は何かを感じたように振り返り、クロエはすでに幻覚と位置を入れ替え、手を伸ばしました。

　次の一秒、彼女は場の全員の予想を超えた行為をしました。

　彼女は突然井上仁太の目玉を指で突き刺し、残忍に目玉を引き抜き、その後に続く視神経も引き裂きました。

　井上仁太は人々の想像を絶するような絶叫を上げました。誰も経験しなければ、視神経を力任せに引き裂かれるという死ぬほどの苦しみを味わうことはできません。

　クロエの姿は一瞬にして消えて、この部屋のどこにも現れませんでした。おそらく彼女はすでに外で幻覚を用意しており、また幻覚と位置を入れ替えたのでしょう。

　しかし、なぜ？

　私はその瞬間、そのシーンを理解できませんでしたが、井上仁太の絶叫に伴い、私と彼の間の力場の壁は、棒で水面を素早くかき混ぜたように不规则に揺れ始めました。これは非常に危険な兆候です。私はすぐに数メートル後退しました。

　その通り、次の瞬間、力場の壁が爆発し、爆風が現場の黒い風と炎と混ざり合い、場内は非常に混乱しました。

　部屋内の煙とほこりの中で、私は井上仁太が傷ついた体を引きずって、この部屋から転がるように逃げ出しているのを見ました。

　私は迷わずに彼を追いかけたが、その時、ボディガードが横合いから突然現れ、黒い風を巻き起こす手刀を突き刺しました。明らかに人の手ですが、何となく古代の攻城槌のような勢いがありました。

　この重要な瞬間、私にはこの男と付き合う時間はありませんでした。

　私は彼の攻撃を避け、同時に右拳を握り締めて、反手で彼の体に打った。この拳は以前徐盛星と戦った時に使った「零から一に」の力ではありません。それは私が敵を軽く見積もっているのではなく、たとえ私でも、いつでもその不思議な状態に入ることはできません。それでも、このパンチの勢いは彼の予想を超えていました。彼は防備を施せず、後退しました。体は傷一つないにしても、依然として混乱した表情を浮かべて、なぜ私のような一般人に押しのけられたのか理解できなかったようでした。

　その後、彼はまた姿勢を整えて、私に攻撃しようとしましたが、徐盛星も横合いから現れ、彼と絡み合いながら、「追いかける！」と私に言いました。

　彼が言うまでもなく、私はすぐに部屋を後にし、廊下を確認しました。

　ほんの少しの間でしたが、井上仁太はすでに姿を消していました。

　彼の傷つき方は、走ることもできるだろうが、たぶんどこかに無防備に倒れてしまっているでしょう。しかし、この状況では、どこで彼を見つけるべきですか？

　クロエもどこか行ってしまったようで、彼女がなぜ井上仁太の目玉を引き抜いたのか、私には理由が分かりません。いえ、この場で、特に彼の目玉を引き抜う必要があるという理由は一つだけです。先ほど私たちを案内していた従業員は、この製薬工場のいくつかの場所は虹彩認証手続きを通じてのみ入ることができ、そしてたった引き抜かれた目玉はまだ活性が残っており、虹彩認証手続きに使えてしまいます。

　しかし、彼女には分身の証がある。壁やドアは彼女にとって空気と同じなのに、なぜそんな方法を使っているのだろうか？

　彼女が入りたい場所は、前回と同じで、霊能を遮断できる部屋なのだろう。

　そうすると、新しい問題が生じます。

　そして、この問題はおそらくクロエが最初から私の仲間ではないことを意味している。

　私は慌てて逃げる研究員をつかみ、ここに「虹彩認証手続きが必要で、霊能を遮断できる」という条件を満たす部屋がいるかどうか尋ねました。

「どうして私が知るべきですか！」彼は慌てて大声で言いました。「私を放して！」

　どうやら私の質問方法が丁寧過ぎたようだ。

　私は腰の銃を取り出し、彼の頭に向かって持ち上げ、自分の問いかけをまた繰り返し、話す終わりに、彼に感じさせるように、引き金にゆっくり力を入れていました。

　彼は私の銃に弾丸がないと分からないため、目を丸くして体が弱くなり、心臓が怖じ気づくように私に道を示しました。

　私は彼を置いて、その方向に急速に進軍しました。

　すぐに、廊下の端にある部屋を見つけ、ドアは無防备に開かれていました。内部は高校の教室と同じくらいの大きさで、何の家具もありませんでしたが、真ん中に銀色の金属のベースがありました。高さは人の腰あたりです。

　クロエは一人で銀色の金属のベースの前に立って、私の背中を向けて、ベースの表面を見つめているようでした。

　私はドアのボタンを押して、ドアがザラザラと閉じました。

「どうやら私は相棒との絆が薄いようです。」私は言って、彼女に向かって歩きました。

「あなたのせいではありません。」と彼女は言って、ヘルメットを脱ぎ、笑顔を見せました。「だって私は分からない出所の『悪女』ですから。」