アーバンライフ


 カッターシャツ姿を見つける度に、あの日々を思い出す。彼はデートのときほとんど似たような格好で、清潔感だけを演出した結果なのだと当時は思っていた。それが今、こうして私を思い出という呪いで苦しめるための振る舞いだったのだと。あの人ならやりかねないと、本気で考えてしまっている。




『男女の友情なんてあり得ないと思うんだ』

『男女で仲が良いって言うやつは、下心隠してるだけの一方的な思い込みだろ』

『好き同士じゃないと付き合えないって、誰が決めたんだ?』

『めんどくさいからとりあえず付き合ってみて、お互いが好きになるかならないか確認するで良くないか』


 西の方から上京したという割には、たいしてなまっていなかった人が言っていた。筋が通っているような通っていないような。一種の洗脳のように聞こえなくもないが、どこかの隙間にストンと落ちてしまったようで、気づいたら二人で出かける日が増えていった。

 相手の思考を探る必要がなかったからか、彼との関係はストレスなく続いた。土地勘がないのに、いろいろな場所に連れて行ってくれて。サプライズイベントはお互いにやり合って、知らない表情はどんどん無くなっていった。


『なあ、俺のこと好きか?』


 不意打ちだった。一緒に過ごす時間の方が長くなって、久しぶりに鼓動が速まるのを感じた。


『——好きに決まってるじゃん』

『そっか——』


 それから彼は何も言わなかった。言ってくれなかった。そして、最後に初めての表情を見せてくれた。




 生暖かい風が、目元を優しく乾かす。くすぐったくて、指先で上書きするように引っ掻いてやった。

 この季節は薄手のシャツがよく似合うから、目のやり場に困る。こんなに多くの中から一人を見つけ出すのがどれほど難しいことなのかを、今度は私が教えてあげなければ。

 今日も呼び出し音は鳴り続ける。まだ片想いを終わらせる気はなかった。


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