13話 最初の目的地

「グラナド侯爵令嬢は……名簿に名前がありませんね。どうやら、お茶会には不参加のようです」


「アダンという子息も生意気だし、グラナド侯爵家はレオナルド殿下に対して無礼ですね!」




 ナスのような顔をした側近候補がわざとらしい溜め息をつくと、玉ねぎのような頭をした側近候補がキャンキャンと憤る。


 レオナルドの執務室にまで押しかけて、我らこそが将来の側近であると大きな顔をする二人へ、レオナルドは感情のこもらない笑みを浮かべた。




「いいんだよ。ファビオラの予定を、把握していなかったこちらが悪い」


 


 それは側近候補たちの調査不足で、いわゆる不手際だったのだが、本人たちは分かっているのかいないのか、いつまでも矛先を納めない。




「レオナルド殿下からのお誘いを断るなんて、あり得ません!」


「どうやらグラナド侯爵家は家族そろって、貴族としての振る舞いが分かっていないようです」




 かつてグラナド侯爵トマスが、アラーニャ公爵オラシオと政策を巡って争っていたことを、側近候補たちは揶揄した。




「宰相閣下と財務大臣、公爵家と侯爵家、どちらが上かなんて子どもでも理解していますよ!」


「情勢を読めない愚か者は、いずれ消えゆくでしょう」




 長いものには巻かれろ、というのが側近候補たちの考えなのだろう。


 だからこそ、レオナルドの側近になるのが出世の道と信じ、こうして腰巾着をしているのだ。




(最終的には、仕事のできる者を側近に選ぶと知ったら、どんな顔をするのか)




 その基準なら、この二人は絶対に除外される。


 家格が高いだけで威張り散らしているような人物に、レオナルドは用はない。


 


(僕はファビオラを愛でるのに忙しいから、代わりに国政を任せられる者でなくては困る。……例えば、すでに紳士科で頭角を現している、ファビオラの弟のような)




 何をさせてもそつがなく、上級生からも下級生からも、教師陣からもアダンは評判がいい。


 八方美人だという誹りは、貴族にとっては最高の誉め言葉だろう。




(宰相を任されているアラーニャ公爵は、学生時代から宰相補佐を務めていたそうだ。それほどの神童でなくてもいいんだけどね)




 まだアダンの悪口を言い合っている側近候補たちを、レオナルドは冷めた目で眺めた。


 そして手の中にある、お茶会に参加する令嬢の名簿に視線を落とす。


 一番上に記入されているのは、従妹であるエバの名前だ。


 16歳になったレオナルドの婚約者候補として、最も相応しいと真っ先に選ばれたのだろう。




「エバ、ね……幼馴染だからこそ、王太子妃には向かないと、僕は知っているんだよね」




 レオナルドがうっかり零した言葉を、側近候補たちは慌てて拾う。




「だったら、うちの姉はどうですか?」


「いいえ、私の妹こそ、昔からレオナルド殿下をお慕いしております」


「お前の妹は10歳で、まだ幼いだろう? うちの姉なら、レオナルド殿下と年齢的にも――」




 また意味のないやり取りが始まる。


 何の楽しみもなくなったお茶会の準備を、レオナルドは暇そうな彼らへ丸投げすることにした。




 ◇◆◇◆




 ファビオラたちを乗せた馬車は、数名の護衛に囲まれ、最初の目的地であるエルゲラ辺境伯領を目指していた。


 道中、15歳のファビオラ、19歳のルビー、21歳のモニカと、年齢が近い三人は、身分に関係なく様々な話に花を咲かせる。


 無事にエルゲラ辺境伯邸へ辿り着くと、叔父リノや叔母アルフィナへ挨拶を済ませ、さっそく人工薪を製造する工場を案内してもらった。




 広大な土地を利用して建設している工場は、すでに大部分が完成し、あとは人工薪の製造に必要な設備の到着を待つばかりだった。


 


「大きいわね。グラナド侯爵領にある工場の、数倍はあるわ」




 場内を見渡してファビオラが感心していると、隣でルビーが資料をめくる。




「グラナド侯爵領での消費量から換算して、ヘルグレーン帝国ではその数十倍の販売が見込まれるから……ひょっとしたら2年目は、増築が必要になるかもしれないわ」




 最初は丁寧な口調で話していたルビーだったが、ファビオラたっての願いで、砕けた口調に改めてもらった。


 そこには、これから商会の会長と副会長として、忌憚なく意見を交わし合いたいという、ファビオラの願いが込められている。


 


「この広さでも、まだ足りないのね。それだけの販売経路を、ヘルグレーン帝国で確保できたらの話でしょうけど……」


「なに言ってるの、売れるに決まってるじゃない。あんな画期的な薪、どこにもないんだから!」




 ルビーが人工薪に太鼓判を押す。


 あらかじめルビーには、グラナド侯爵領で製造した人工薪を、使用してもらっていた。


 


「私には薪として使う方法しか思いつかなかったけれど、ルビーさんには他のアイデアがあるのよね?」


「試してみないと分からないから、あまり大きな口は叩きたくないけれど、成功したら収益を跳ね上げられるはずよ」




 謙虚にしているが、ルビーの瞳は自信にあふれている。


 大陸を股にかける商人になると豪語していたのは、本心からだったのだろう。


 頼もしいパートナーに出会えたことを、ファビオラも心強く思う。




「ルビーさんがいてくれて良かったわ。両親の前では気丈に振る舞ったけれど、きっと私一人だったら右往左往していたもの」


「ファビオラさんはまだ学生じゃない。それが当たり前よ。私には少しだけ実地の経験があるから、なんとなく儲かりそうな匂いを嗅ぎつけられるだけ」


 


 そう言って、ルビーが鼻をちょんと触った。


 愛嬌のある仕種に、ファビオラがくすりと笑う。




「今年中には設備も搬入されるから、そうしたら稼働の確認と試作品の製造をしましょう。ルビーさんのアイデアが実現できるのかどうかも、その時点で分かるだろうし。次の長期休暇まで、私は学校があるから動けないけれど――」


「そのことに関して提案があるの。この旅が終わっても、私はカーサス王国へは戻らずに、ヘルグレーン帝国の商都を拠点にしようと思うわ。ファビオラさんに先立ってヘルグレーン帝国で暮らして、その空気感を掴みたいから」


「空気感?」


「私たちはカーサス王国の民でしょう? だからどうしても、カーサス王国の常識に囚われてしまうわ。それが功を奏す場合もあるかもしれないし、そうじゃないかもしれない」


「なるほど……ヘルグレーン帝国を、肌で知りたいってことね?」




 これも商科の授業で習った。


 相手が何を欲しているのか、それを正しく見極めなくては、押し売りになってしまう。


 こちらがいいものだと思っていても、価値観が違えば意見は変わる。


 商売を継続したいのならば、備えていなくてはならない大切な視点だ。




「ファビオラさんはまだ3年も学校生活があるし、行動できるのも長期休暇中に限られるでしょう? だから現地入りするのは、私が適任だと思うのよ」




 不慣れな土地で暮らすのは、大変じゃないだろうか。


 ファビオラの表情に、そんな気持ちが出ていたのだろう。


 ルビーはにっこりと笑って見せる。




「大丈夫よ。もともと私は実家を飛び出して、一人でやる覚悟だったんだから」




 気丈なルビーだが、身分は男爵令嬢だ。


 女性だけでは不都合もあるだろう。


 ファビオラは、こっそり用心棒を雇おうと決めた。




「この後は国境を越えて、ヘルグレーン帝国のヴィクトル辺境伯へご挨拶をするわ。私たちの商会の後ろ盾になってくださるの」


「持ってきた人工薪を、実際に使ってもらうんでしょう?」


「気に入ってもらえるといいんだけど……」




 高貴な人にとって、薪なんて興味のある品物ではないだろう。


 ファビオラが少し自信を無くしていると、モニカが励ましてくれる。




「お嬢さま、虫の心配をしなくていい薪は、きっと受け入れてもらえますよ。身分の貴い人ほど、立派な調度品を持っているものですから」




 だがファビオラには、モニカの言葉の意味が分からなかった。


 


「虫と立派な調度品には、どんな関係があるの?」


「天然の薪についている虫は、木製の家具を齧って穴を空けるんです。だから通常、部屋へ薪の予備は置かず、その都度、外から運び込むんですよ」




 グラナド侯爵家では、人工薪だから暖炉のそばに山と積まれていた。


 エルゲラ辺境伯家では、自然が豊かすぎて誰も虫なんて気にしてなかった。


 その結果、ファビオラは薪と虫と調度品に、相関があると気づかなかったのだ。




「知らなかった。単純に、貴族は虫が苦手なんだとばかり思ってたわ」


「自信を持ってください。歴史ある調度品がある屋敷ほど、お嬢さまの製造する人工薪を欲しがるはずです」


 


 モニカのおかげで、ファビオラの気持ちは高揚した。


 ぐっと拳を握ると力強く宣言する。




「ヘルグレーン帝国に、私たちが人工薪の流行を作り出しましょう!」

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