第三斬 実力は究極の1がいいが、金はあればあるだけいい

「すぴー…」

「お客さん、起きてください。」

 ドンドンと扉が叩かれる。

 その音に俺、空霧刀真は眠りから覚める。

「おはよう。」

 俺は部屋のドアを開け、目の前に立つ少女に挨拶を交わす。

 彼女は俺が現在泊まってる宿の従業員だ。

 俺は昨日、ギルドマスターとの模擬戦を終え、Aランク冒険者となった。

 その後はギルドの管理している宿屋に泊まることにしたのだ。

「朝食の支度できましたから、早く降りて来てくださいね。失礼します。」

 そう言って宿屋の少女は別の宿泊者を起こしに行った。

 この世界での成人は、俺の元いた世界よりも早く、15歳で大人として扱われるらしい。

「ねっむ…」

 日課の鍛錬に加え、幼女な神との戦闘や別世界への移動、この世界のSランクとの模擬戦、昨日は流石の俺も疲れてしまった。

 宿で貸し出された寝巻きから着替え、愛剣を腰に携えると、俺は一階にある食堂兼酒場へ向かうべくして階段を降りる。

「あ、お客さん、空いてる席に座って待ってな。すぐに朝食運ぶから。」

 階段を下ると、朝食の良い香りとともに女将さんの元気な声が聞こえてくる。

 ギルド管理の宿屋は広く、一般の人にとっても良心的な価格に設定されている。さらに冒険者であると値段がさらに安くなり、冒険者としての腕を上げる、つまりランクが上がると更にお得なサービスまで付く。

 ギルマスとの模擬戦承諾の決め手であるこの特典、かなり都合がいい。

 ちなみにギルドやギルド管理の施設は世界中にあるため、Aランクになったメリットは思っていたよりもかなり大きなものであった。

「お待たせ!」

 席に着いて少しすると、狐色に焼けたパンに、サイコロ状に切られた肉入り野菜スープが湯気を出しながら目の前に並べられた。

 パンを一口サイズに千切り、スープに浸して食べる。

 さっぱりとした味付けのスープが朝食として最高だった。


 朝食を済ませた俺はギルドへ顔を出す。

 すると、昨日の受付嬢が俺を見るや否やカウンターの奥へと隠れてしまった。

「なんだ?」

 俺は首を傾げながら、クエストの貼ってある壁へと歩みを進める。

『ゴブリン討伐(5匹)|クエスト報酬:大銀貨五枚』

『薬草採取|銀貨二枚×束数』

 様々な依頼が貼り出され、数人の冒険者が依頼を吟味している。

 ちなみにだが、この世界の通貨価値は以下の通りだ。

───────────────

 小銅貨≒一円

  銅貨=小銅貨×10(十円)

 大銅貨=銅貨×10 (百円)

  銀貨=大銅貨×10(千円)

 大銀貨=銀貨×10 (一万円)

  金貨=大銀貨×10(十万円)

 大金貨=金貨×10 (百万円)

 聖金貨=大銀貨×10(千万円)

大聖金貨=聖金貨×10(一億円)

───────────────

 物価は元の世界とあまり変わらないが、特殊な道具である魔具と呼ばれる物が存在するらしく、ダンジョンなどで手に入るらしいが、店などでは売っても買っても相当な値が付くらしい。

「とりあえず、これでも受けてみるか。」

 俺は近くにあったクエスト用紙を剥がし、受付まで持っていく。

「ひっ!」

 昨日の受付嬢は先程逃げたきり戻ってこないため、別の受付嬢の所へ行ったのだが、またしても怯えられてしまった。

「この依頼を受けたいんだが…」

「しょ、少々お待ちください〜!」

 そう言って逃げる受付嬢。

 それから間もなく昨日の受付嬢が背中を押されながらやってくる。

「えっと、この依頼を受けたいんだが。」

「ゴブリン討伐デスネ。ワカリマシタ。クエスト受注シマシタ。」

 もはや恐怖どころか感情を失った受付嬢は淡々と作業をこなす。

 そこまで俺って怖いのか?と少々気になったが、俺はクエストを行うためにギルドを後にした。


「グアアア!」

 緑色の肌にボロボロの布を身に纏うモンスター、ゴブリンが手に持っている棍棒を振り回しながら襲ってくる。

【迅雷風烈】

 俺はそれを落ち着いて見据え、見えた隙に刀を突き出す。

 その刃は見事にゴブリンの頭を貫き、ゴブリンは息絶えた。

 俺は血を払い、次の獲物を探しにいく。

「おっと、忘れるところだった。」

 ふと重要なことを思い出した俺は、ゴブリンの死体に近づき、ギルド指定の討伐証明箇所を切り取る。

 死体の処理については昨日、宿屋の場所を尋ねにギルドへ戻った際、ギルマスから冒険者活動に必須な知識として他のことと一緒に教えられた。

 魔物の多くは数日死体を放置すると体に巡る魔力が自壊を促すため、疫病の心配は要らず、そのままにしていいらしい。

 そうしないで特殊な加工を施すと素材を取れるらしく、ギルドでは討伐後の魔物を買い取り、素材にして運営資金にしているらしい。

 今回討伐したゴブリンも同様に買取は行われているが、重いわ悪臭が酷いわでギルドまで持ち帰るのは御免被りたい。

「それにしても、探すのめんどくさいな。」

 現在地は森の中。視界が悪く、ゴブリン1匹探すのも一苦労だ。

(群れでも見つからねーかな…)

 そんなことを考えていた時であった、バサバサと向こうの方から様々な野鳥が逃げるように飛んでくる。

「グオオオオオ!」

 先程相手にしたゴブリンによく似た、しかしそれよりも芯のある雄叫びが鼓膜を震わす。

 ドシンドシンと大きな足音と、それに連動するように倒れる木々。

 その被害はだんだんと近づいてきて

「はっ!」

俺は思わず口角を上げる。

 目の前には先程のゴブリンより縦も横も何倍もでかい、創作の世界ではゴブリンキングと呼ばれるような個体が、敵意と殺意を俺に向けながら見下ろしてくる。

 その巨体の股からは、他にも魔導士姿のゴブリンや鎧を纏ったゴブリン、先程と同じゴブリンが数えるのが億劫になるほど大量に押し寄せて来ていることが伺える。

「こりゃ探す手間が省けていい。」

 ゴブリンキングが巨大な棍棒を力任せに振り下ろす。

 それを豆腐のように切りながら、俺は駆ける。

 狙うは腱。跳んで首を狙うのもいいが、後方には遠距離攻撃の構えを取るゴブリンがいる。さすがの俺も空中での戦闘は骨が折れるため、迂闊に跳ぶことができない。

 腱を切られたゴブリンキングは、体勢を崩す。

 巨体は盛大に砂埃を辺りに散らせながら地に伏す。

「見るからに頭が悪そうだし、言ってることがわかんねーかもしれねーが、雑魚どもの中で強いからってイキってんじゃねーぞ。テメェは井の中の蛙なんだよ」

 攻撃された怒りからか、嘲ていること、もしくは言葉が通じたのか、それは不明であるがゴブリンキングは雄叫びを上げながら腕を我武者羅に振り回し反抗の意を見せる。

 そんなゴブリンキングの腕を刀身は血肉を切断しながら通過する。

 俺はその勢いを殺さぬまま、目前にある大樹の幹のような太い首に狙いを定める。

「グオオオオ・・・」

 けたたましく雄叫び声を発していたその喉に刃が届くと、それは嘘だったかのように鳴りを潜めた。

 ボトリと頭が身体に別れを告げる。頭との別れを惜しむように身体は血の涙を吹き漏らす。

 数瞬の静寂の後、己らのボスの戦いを眺め、死を目の当たりにして固まっていた多種のゴブリンは一斉に動き出した。

 質より量、量より質。

 何を目的とした何か。それによってどちらに軍配が上がるかは異なる。

 しかし、この戦闘においては後者に利があったようだ。

 様々な攻撃パターンと物量の嵐。それはたった一人の使う一本の刃によって捌かれた。

 近距離攻撃は流して斬り、遠距離攻撃は屍の盾と圧倒的な技により回避、近づいた後に斬り伏せる。

 最後にその場にあるのは、刃を濡らす返り血を払う己の姿、ただ一つであった。

 「討伐証明箇所…取るのめんどくさいな。」

 大量の魔物の死体を前に俺は溜息を零しながら、一体また一体と体を削ぎ落とす。

 しばらく黙々と作業をして全ての証明箇所の回収を終えると、それらを袋に詰めてギルドへ帰還する。


「クエストの完了を報告に来た。」

 ギルドに到着するとすぐに例の受付嬢の元に向かう。

「はい、では討伐証明箇所の提示をお願いします。」

 また面倒くさい反応をされるのかと思っていたら、意外にも彼女は普通の対応を見せた。

「これでいいか?あと、あの面倒くさい反応はもういいのか?」

 証明箇所を入れた袋をカウンターに置きながら尋ねる。

「はい、もう疲れましたので…」

 疲れた顔で彼女は言った。

 それは俺への対応ではなく、自分の取るオーバーなリアクションに対しての疲れなのだろう。きっとそうだ。

 カウンターに置かれたそれを開く受付嬢。

 一応魔物とはいえ生き物の一部だ。それをなんの躊躇いもなく開ける受付嬢は・・・受付嬢たちの肝は相当据わっているのだろう。

 俺が感心していると、彼女は大きく目を見開く。

「なんなんですか、この量…」

 さすがの本職でも、大量のやつは流石に堪えるか。などと考えていると

「いくらなんでもこの量はおかしいです!」

「いや、確かに量は多かったが雑魚だったし…」

 俺の言葉に受付嬢は

「違います。一度にこれだけのゴブリンが出るのが異常なんです。」

頬に汗を伝わせながら言う。

「この数のゴブリンが出た時の詳しい状況を教えてください。」

 切迫した様子で尋ねる受付嬢の勢いに、俺は気圧される。

「わ、わかった。ゴブリン討伐のために歩いていた最中に・・・」

 俺はできるだけ事細かに状況を話した。

「な、なるほど。少しここで待っていてください。」

 説明を終えると、急いで受付の裏側に言ってしまった。

 それから少しして、戻ってきた受付嬢に呼ばれ、ギルドの客室に案内された。

「失礼します。ステルラです、トウマさんを連れてきました。」

「入れてくれ。」

 ドアの向こうから入室を許可されると、ギルマスの正面へ座らされ、受付嬢…ステルラと名乗っていたか?はギルマスの横で静かに立って待機する。

「昨日ぶりだな。それで、俺が呼び出された理由は?」

 この男は能力を使ってない状態とはいえ、俺と余力を残して戦えるほどの実力者だ。俺はギルマスを一人の武人として認めている。

 一つの団体をまとめる長でもあるのだから頭の方も切れるはずだ。

 そんなやつが無駄に俺を呼びつけるわけがない。

「話が早くて助かる。感づいてはいるかもだが、ゴブリンについてだ。」

 やはりか。と俺は心内で呟く。

「今回の件は二つの可能性がある。」

 そう言って俺に説明し出すギルマス。

 ざっくりまとめると、今回はゴブリンの集落移動だったそうだ。

 なにがまずいのかというと、それが人為的もしくはゴブリンキングでも敵わない強力なモンスターの出現が原因にあるということだ。

 もちろん偶然という可能性もあり、それに越したことはないが、やはり可能性としては低いらしい。

「そこで、トウマには特別指名依頼を受けてもらいたい。」

 特別指名依頼。これも昨日教わったことだ。

 ギルドにおける依頼にはいくつかの種類がある。

 外にいる魔物討伐や薬草採取といった常設依頼。

 市民やギルドなどから不特定の人物へ依頼する普通依頼。

 高ランク帯や、特別なスキルなどを持った冒険者が名指しで指名される指名依頼。

 村や町などの大きな規模での危機に対して、冒険者全員が受けることを義務付けられる緊急依頼。

 今回ギルドマスターが俺に依頼したのは、指名依頼の中でも重要度の高い特別指名依頼というもの。基本は余計な混乱を避ける為に関係者以外への他言は禁じられている。

「報酬は?」

 まあ、それでも緊急依頼とは違い依頼を断る権利がこちらにはある。

 話題のゴブリンキングをあっさりと倒せた俺にとって、今回の依頼には重要度も魅力も感じられない。

 そんなことをするなら少しでも長くモンスターを狩って修行がしたい。

 しかしそれでも報酬次第では動いてもいいかもしれないなと、そう考えた俺はギルマスへ値段交渉を仕掛ける。

「金貨1枚でどうだ?」

 俺のいた世界でいう10万円か...

 1つの依頼だけでそこまで貰えるなら受けてもいい。なんなら、進んで受けたい。

 だが、ここで素直に「はい、わかりました」と頷くのは交渉とは言わない。

 ここで少し大きめに出るのがコツである。

「5枚だな。」

「5枚?!?!」

 俺の出した額にギルマスの横に控えていた受付嬢のステラルは目を開く。

「トウマ、流石にそれは欲張りってもんだ。なら大銀貨5枚も追加しよう。」

「おいおいギルマス、こっちはもしかしたらゴブリンキングよりもヤバいやつに目をつけられることになるんだ。これは俺の命を売ってるようなもんだ。金貨4枚で手を打とう。」

 交渉に乗ってきたギルマスだが、あちらも資金をやりくりして商売をしているのだ。値段を刻んでくる。

「何が命だよ。お前ほどの実力者なら、例え戦闘になっても軽く対処しちまうだろうに。金貨2枚だ。」

「おいおい、そりゃねーよ。俺だって人間だ。死ぬ時は死ぬ。それ相応の対価がないとな。金貨3枚と大銀貨5枚、このくらいが妥当じゃないか?」

 お互いが自分、もしくは団体ギルドの利益のために負けじと噛み付く。

「中々に粘るな...わかった。金貨3枚だ。これ以上は無理だぞ。」

 十分である。

 俺は満面の笑みで、ギルマスは少し悔しそうに交渉成立の握手を交わす。

 こうして俺はギルドから初の指名依頼、それも特別指名依頼を受けることになるのだった。


次回へ続く

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