夢と現実の彼方に
島原大知
第1章 夢の中の逢瀬
「ミナ、愛してるよ」
柔らかな髪に指を通しながら、カイトが甘やかな声で囁く。
ミナは瞳を閉じ、恋人の腕の中で身を委ねた。花畑に寝転がる二人の上に、色とりどりの花びらが舞い散る。まるで祝福のようだ。
「カイト、ずっとこうしていたい。現実に戻りたくない」
ミナがそう言葉を紡ぐと、カイトがふっと笑みを浮かべる。
「君はいつも夢と現実の区別がつかないんだ。それじゃあまるで、夢の病に罹っているみたいだよ」
そう、これは夢なのだ。でも、もうどちらが現実でどちらが夢なのか、ミナにはよく分からない。
地球を脱出して、人類が新天地アストレアに移住して半世紀。数年前から原因不明の「夢の病」が蔓延していた。眠りに落ちると、人々は夢の中で自由自在に欲望を満たすことができるのだ。
夢の中では、空を飛ぶことも、好きな人とめぐり逢うことも、全てが思うがまま。でも、いつの間にか夢と現実の境界線が曖昧になっていく。
ミナもまた、この世界に心奪われていた。
「カイト、キスして」
花畑の上で寄り添う二人。どこまでも続く大空の下、ミナはカイトに唇を重ねた。甘く切ない口づけ。
現実では、カイトは遠く離れた惑星調査隊の隊長として、今も任務に就いているはずだ。それなのに、ここではいつでもミナの傍にいてくれる。
「ねえ、私たち、いつになったら結婚できるの?」
夢の中でさえ、ミナは恋人にそんなことを尋ねずにはいられない。カイトは柔らかな瞳でミナを見つめ、そっと頬に口づけた。
「もうすぐだよ。この任務が終われば、君のもとに帰る。そしたら二人で、アストレアのどこか緑豊かな地に家を建てよう。子供も三人ぐらい欲しいな」
「も、もう、カイトったら。私まだ24歳よ。子供なんて早すぎるわ」
頬を赤らめながら、ミナは愛しい人の横顔を見つめる。
どうしてもっと素直になれないのだろう。もっとカイトに愛しているとストレートに言葉にすればいいのに、胸の奥からこみ上げる熱い想いを、こうして夢の中でしか表現できない。
いつかこの戦いが終わったら。夢の中だけでなく、現実でもこうしてカイトと結ばれる日が来るのだろうか。
そんなことを考えながら、ミナの意識はゆっくりと夢の淵へと沈んでいく。
目覚めたミナは、少しばかり寂しさを感じながら身体を起こした。
強化プラスチックの窓の外では、いつものようにアストレアの朝日が昇っている。
移住地の街並みに、夢の名残を見ることはない。
タンパク質を多く含んだ合成食品の朝食をとり、ミナは慌ただしく身支度を整える。
今日も夢の続きを期待しながら、現実の日常が始まるのだ。
ところが、その日の午後、ミナの日常は唐突に壊れ去った。
カイトから1通のメッセージが届いたのだ。
『ミナへ。僕は真実を知った。許してくれ』
真実?何の真実を知ったというのだろう。
ミナがカイトに返信を送ろうとすると、カイトは既に音信不通になっていた。
そして、その夜。
いくら待っても、ミナはカイトの夢の中に辿り着くことができなかった。
カイトは夢から、目覚めなくなってしまったのだ。
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