退役兵士だってギャルと青春したい!

ゆでカニ

その1

 戦争は終わった。

 故郷、アリャバニスタンに残されたのは死体と瓦礫の山、そして革命政権だけである。

 俺、ラファト・サダムは隣国の滑走路でボーッと空を眺めていた。


「ラファト」


 生き残った戦友、ムハンマドが隣に立ち、俺の名を呼んだ。


「これからどうする?」


 彼は疲れた顔で言った。


「シ◯るよ」


 俺は答えた。


「こんな滑走路のど真ん中でか?よく勃起できるな。本当は?」


 彼はクソ真面目だ。


「実は、日本に行って学園に通おうと思うんだ」


クソ真面目な彼用にクソ真面目な答えを用意。


「そうか......お前は前向きだな」

「そりゃお前、チ◯ポは前向きについてるだろ?」

「そうか......」

「お前は?」

「俺は......傭兵にでもなろうかな。実はアフリカ方面で〝経験者〟を募集してるらしいんだ」

「まだ戦うのか」

「俺にはこの仕事しかないからな。お前はまだ若いが、今から学校に通うには俺は歳を取りすぎた」

「俺が言うのも何だが、学びに年齢は関係ないと思うぞ」

「まぁ、俺は戦場に長く居すぎたんだよ」


 彼はそう言ってタバコに火をつけた。


「ムハンマドが決めたことなら俺は何も言えないよ。まぁ、その......死ぬなよ」

「はは、まぁ頑張ってみるよ。おっと。学生さんの健康な肺にタバコの煙はいけないねぇ」


 彼はそう言うと、手をひらひらさせて去っていった。クソ真面目なりのつまらないギャグだった。

 ムハンマドは戦争に取りつかれてしまった人間なのだろう。

 戦場のスリルというものは他のことではなかなか味わえない。普通の生活をしようとしても、すこし経つとそれがひどく退屈なものに見えてくるのだ、と誰かが言っていたのを思い出した。

 俺はそうではない。

 

 俺が戦争に参加したのは復讐のためだった。

 3年前、内戦が始まり、革命軍に両親と姉を殺された。

 独りになった俺は、政府軍に入れば彼らを殺せて、復讐になると思ったのだ。

 しかし、それは間違っていた。

 初めて敵を殺したとき、嬉しかった。

 3度目の作戦だった。敵の陣地に銃弾を浴びせているとき、倒れる敵が見え、妙な手応えがあったのだ。奇妙な感覚だった。そのときは、自分が復讐の第一歩をスタートさせた気になっていた。

 部隊は陣地を制圧し、中をクリアリングしていると、俺が殺した兵士が転がっていた。ざまあみろ。と思った。

 しかし彼の胸ポケットから紙きれが出ているのに気づき、手に取ると、家族への手紙だった。

 俺はその瞬間、すべてが間違っていたと悟った。

 それからは無心に作戦に参加した。感情なんて消えていた。銃弾が自分の頭を直撃しないか期待することすらあった。終わりたかった。

 

 しかし、俺は生き残ってしまった。

 いざ戦争が終わると何をやっていいか思いつかない。

 しばらく抜け殻だった。

 ムハンマドは俺を「前向き」などと評したが全くそんなことはない。むしろ、戦場という自分の居場所を、戦争が終わっても求める彼のほうが前向きかもしれなかった。


「前向きに」


 もういない母がよく言っていた言葉だ。


 俺は戦前は日本語を勉強していた。

 オタクだったのだ。

 アニメに出てくる爽やかな学園生活を送ってみたいという考えが頭の片隅に浮かんだ。

 もしかしたら現実からの逃避かもしれないと思った。

 しかし、やってみるかと思った。

 どうせ失うものはない。

 幸い、戦争に政府側として参戦していた日本軍の幹部と知り合いだったため、コネで移民として日本にいけるという話だった。

 どんなコネだと思ったが、使えるものを使わない手はない。俺はその身一つで日本の学校への編入を決意したのである。


 †††


 火曜日。

 私は学校をサボってFPSゲームをやっていた。

 学校ではギャル。クラスの中心。陽キャ。......のふりをしている。それが私、中江乃愛なかえ のあだ。

 しかし、人間関係や自分の「キャラ作り」に疲れることがよくある。「バッド入る」ってやつだ。

 いや、普段から無理をしているから、もしかしたら常にプチ鬱なのかもしれない。

 本当の私は暗いゲーマー。一人が好きなのかもね。

 レティクルを合わせてボタンを押す。

 敵は簡単に倒れた。私が使っているのはティア1武器。レートが早く、接近戦ではかなり有利。

 別に武器や戦争に関心がある訳じゃない。今使っているのはAKとかいう武器だけど、このゲームには似た名前の武器がたくさんあって分かりづらい。最初の頃はwikiとにらめっこしてたっけ。

 ただキルレを稼ぎたいだけ。

 

 マッチが終わると同時にインターホンが鳴った。

 たぶん凛美絵だ。

 小野寺凛美絵おのでら りみえ。私の親友で、このモードの私を知っている唯一の女の子。


「乃愛」


 ドアを開けるとツインテールが喋った。


「おつかれ」


 私は一言。


「もう。またサボり?風邪って言うからプリント持ってきたのに」

「いや、ちょっとね。疲れちゃって」

「あんまり無理しなくてもいいんじゃない?」


 凛美絵はそう言うけど、一度つくったイメージを変えることはそんなに簡単じゃない。


「凛美絵みたいに素がギャルの子がうらやましいよ」

「む、バカにしてる?」

「本心だってば」

「もうっ」


 凛美絵はぷくりとほっぺたを膨らませた。なんだかかわいい。

 

「そういえばさ」


 凛美絵が言った。表情がころころ変わって面白い。私もこんなふうに素で可愛げがあったらな。


「転校生が来るんだって」

「転校生?」

「うん」

「ふーん」

「あによ。反応薄いなぁ」

「あんまり興味ないかな。女の子?」

「男の子」

「ますます興味ない」


 私はギャルのふりをしているが、男の子とはあまり関わりがない。私のグループにもいないし。


「あ、でも」

「ん?」

「男の娘だったら興味あるかも」

「ふふっ。なに言ってんの?」


 〝男の娘〟なんて言葉、私の友達では凛美絵しか知らないと思う。

 そんな冗談を言うくらい、転校生に対する興味は薄かった。でも、あんなことになるなんて思いもしなかった。

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