IMAGINE

島原大知

第1章 失意の日々

2045年の東京。梅雨も明け、蒸し暑い夏が始まろうとしていた。萩原剛志は目覚めるといつものように天井を見上げ、ベッドに横たわったまま一日の始まりに思いを馳せる。外から聞こえるセミの声が、剛志をこの世界に引き戻した。


時刻は9時過ぎ。剛志はベッドから這い出ると、キッチンに向かう。コーヒーを淹れ、トーストを焼く。小さなワンルームのダイニングで、無為な一日がまた始まる。


窓の外を見やると、高層ビルが立ち並ぶオフィス街が広がっていた。そこには、かつて剛志が働いていたIT企業の姿もある。1年前、AIにその職を奪われるまでは。


剛志は溜息をつき、ノートパソコンを開く。求人サイトをチェックするのが日課になっていた。しかし、プログラマーの求人はほとんどない。ある程度の経験を積んだ剛志でさえ、AIには太刀打ちできなかった。


それでも剛志は、今日も面接に臨む。何度落ちても、諦めるわけにはいかない。プログラミングが好きだった。自分の手でコードを書き、新しい価値を生み出すことに喜びを感じた日々を、剛志は忘れられずにいた。


「申し訳ありません。今回は他の方を採用することになりました」


面接官の言葉に、剛志の肩が落ちる。今日の面接もまた、不採用という結果に終わった。


面接室を後にし、街を歩く。ネクタイを緩め、剛志は大きく息をつく。晴れ渡った空の下、活気に満ちた東京の街並みが皮肉に思えた。世界は変わっているのに、自分だけが取り残されているようだ。


カフェに入り、コーヒーを注文する。ふと、隣のテーブルの会話が耳に飛び込んでくる。


「AIがまた進化したって知ってる?もう人間の仕事なんてほとんどなくなるんじゃない?」


「マジで?じゃあ俺らは一体何をすればいいんだ...」


他人の会話だったが、剛志の心に突き刺さる。自分には才能がないのではないか。この先、AIに負け続けるだけなのではないか。


不安と焦燥が胸を締め付ける。頭を抱え、剛志は目を閉じた。このままじゃいけない。何か打開策を見つけなければ。しかし、どうすればいいのかわからない。


希望を失いかけていた、その時だった。剛志のスマートフォンに、1通のメールが届く。


メールの差出人は、世界的IT企業「ネクストライフ」社だった。一瞬、スパムメールかと思ったが、内容は剛志宛の依頼だった。


『萩原剛志様


突然のご連絡失礼いたします。私は、ネクストライフ社の人事部・岩瀬と申します。


弊社では現在、極秘プロジェクト「イマジン」を進めております。このプロジェクトは、人間の創造性をAIで再現することを目的としています。しかし、プロジェクトを進める中で、AIだけでは解決できない問題が発生しました。


つきましては、貴殿のプログラミングスキルと発想力を買い、イマジンプロジェクトへの参加をお願いしたく存じます。AIでは不可能な、人間ならではの創造性が必要とされています。


イマジンプロジェクトの詳細は、直接お会いしてご説明したいと思います。ご興味がおありでしたら、明日14時に弊社にお越しください。


ご検討のほど、よろしくお願い申し上げます。


ネクストライフ株式会社 人事部

岩瀬 美咲』


メールを読み終え、剛志は目を疑った。ネクストライフ社は、AIを駆使して世界を牽引するIT企業だ。そんな会社から、なぜ自分に声がかかったのか。


しかも、依頼内容はAIでは不可能なこと。人間の創造性が必要だという。


これは何かの間違いだろうか。それとも、自分にしかできない仕事があると、認めてもらえたのだろうか。


剛志の頭の中で、疑問と期待が渦巻く。答えを求めて、剛志はネクストライフ社に向かうことを決意した。


ネクストライフ社のオフィスは、東京のビジネス街の中心に聳え立つ高層ビルにあった。緊張しながらも、剛志は14階のフロアに向かう。


エレベーターを降りると、そこには岩瀬が待っていた。スマートなスーツ姿の彼女は、にこやかに剛志を出迎える。


「萩原様、お越しいただきありがとうございます。会議室へご案内いたします」


会議室で、岩瀬は剛志にイマジンプロジェクトの詳細を語り始めた。


「AIの発達により、多くの職業がAIに代替されてきました。しかし、人間にしかできないこと、人間だからこそ生み出せる価値があるはずです。それが創造性です」


「イマジンプロジェクトでは、人間の創造性をAIに学習させ、新たなイノベーションを起こそうとしています。しかし、創造性の本質を理解し、アルゴリズムに落とし込むことが難しい。だからこそ、萩原様のような優秀なプログラマーの力が必要なのです」


剛志は、イマジンの意義に胸を打たれた。人間の強みを、AIの力で広げていく。そんな未来を作る手助けができるかもしれない。


「萩原様は、AIには真似できない独創的な発想力をお持ちです。過去のプロジェクトで発揮された、型にはまらない柔軟な思考は、イマジンに不可欠な要素。ぜひ、力を貸していただきたい」


岩瀬の言葉に、剛志の背筋に電流が走った。


「創造性の追求は、ご自身の可能性を拓くチャンスになるはずです。AIに負けないプログラマーとして、新たな一歩を踏み出しませんか?」


目の前に、大きな挑戦の機会が広がっている。


剛志は、イマジンに参加することを決めた。AIと人間の新しい関係性を探る。己の可能性に賭ける。


そうして剛志は、ネクストライフ社の一員となったのだった。


第1章 完

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