第2話:先輩たちは引退と無茶について語り

「六代目解散? そして、俺が引き継いで七代目? いや~、冗談きついっすね~。もしかして酔っぱらっています?」


茶化すように発言し、そっと先輩方の顔をうかがってみる――え、嘘だろ、マジっぽい。こんなに真剣な空気、なかなか体験したことがない。本当に本気というのが伝わってくる。これはしっかり聞く姿勢に入った方が良さそうだ。


……おかしいな、さっきまでは和気あいあいと打ち上げしていて、ご飯食べていただけなのに。今飲んでいるルートビアはビアと名前が付くがノンアルコール。なのに、みんな酔ってしまっているのだろうか? 何か不測の事態が起きているという可能性もあったりしないだろうか? というかドッキリであってくれないかな。


いくらなんでも急すぎるし、そもそも俺なんて入ってまだまだ日の浅い新入りだし、この伝統ある古豪クランをいきなり引き継ぐのはさすがに……プレッシャーを感じる。どうしてこんなことになったんだろう。何度も繰り返し混乱が押し寄せてくる。顔には出さないけど、正直ビビっている。この展開に。


「イットー」

"でーじ"先輩、かなり真剣な顔と声で迫真である。


え、本気なんだ……? 本気でクランの引継ぎをしようとしている……? こんな重要な話をファーストフード店でさらりと? 頭おかしいのか?


でも結構普段頭おかしいところあるんだよな、この人。リーダーらしい決断力がありすぎて。え、じゃあこれ正常なのか。それはそれで困るんだけど。


「でーじマジ、これ真剣」

いや、やっぱり異常だろ! いきなりすぎて心の準備ができていないんだって! 大変なのは俺だよ! 真剣に言われても困る! 別にクラン継ぐのが絶対イヤとかじゃないけど、タイミングが唐突すぎる!


「じゅんにだよ」

"じゅんに"先輩まで! 爽やかな笑顔向けないで! こればっかりは、本当だと困るんだよ! クッソ、こんな時にもイケメンだなとか思う自分にも腹が立つ!


「やっけーだな。いきなり出世したイットー、ウケるさー」

"やっけー"先輩! ウケねえよ! 全然ドン引きなんだけど! 厄介なのはこっちだよ! 手を叩いて爆笑しているんじゃない!


「あんまさいと思うけど、頑張って」

"あんまさい"先輩、明後日の方向見ながら適当に言わない! もう面倒くさがっているでしょ! 多分応援そのものは本気なんだろうけどさ!


――落ち着くためにルートビアを一啜り。美味い。ハーブの味と甘味が現実をつかの間だけ忘れさせてくれる。おかしいな、さっきまではグイグイ飲めたのに今は若干喉を通りづらいぞ。俺の大好物でも、俺の今の気持ちを癒しきれないってコト?


……ちらりと顔を見る。なんということだ。何度確認しても、茶化してしまえる空気ではない。真剣そのものの雰囲気。なんでだよ、切り替え早すぎだろ。全然納得できねえ~。いや、まあ、とりあえず、うん、とりあえずちゃんと話を聞いてみよう。話聞いてから文句言おう。絶対文句言うぞ。


「なんでですか、俺は山童に入って日も浅いし、先輩方もダンジョン攻略のプロになってメシ食ってくって言ってたじゃないですか…俺、六代目山童の皆さんと一緒に頑張ろうと思ってたのに。プロになろうと思ったの、先輩たちがいるからなのに」


「でーじ良い後輩やさ、俺史上ベスト後輩。殿堂入り。頭撫でたい。あと他のクランにも自慢したい」


「じゅんにできてる。真剣可愛い後輩だね。あとでアイス奢ろ。ダッツでもバスキンでも、ブルーシールでも」


「やっけー、後輩の愛に泣きそう。絆感じるわ~。今度メシ食わそう。俺、最近テキサスバーベキューハマってるから」


「あんまさい。お前ら、ちゃんと説明しとけよ、イットー可愛そうだろ……俺はバイク譲るわ。足ないと今後不便になるし」


全員、好き勝手言いやがって…。楽しそうにニヤニヤしてんじゃねーぞ。こっちはいきなりクラン背負わされるかの瀬戸際なんだぞ。しかも、メンバー今のところ俺含めて五名だけで、先輩方が抜けて継いだら俺一人のクランになるじゃねえか。


「あーそうだな。引退理由はでーじ簡単。単に限界になっただけ、この前に俺らは魔力浸透度と魔力耐性の検査行ったさな。覚えてる、二ヵ月ぐらい前か。結果が二週間前ぐらいに来たんだけど」


「なー、あれはじゅんにびっくりしたな。全員の検査結果にイエロー2出ていた。じゅんに?って二度見した。じゅんにだったからビビったけど」


「やっけー、知らない間にリミットが近づいていたんだな。この前まではブルー1だったのに、急激な悪化さ~。マジびっくりしたさ」


「あんまさいけど、そこから六代目で会議したわけ。予定外、予想外、想定外…あんまさいね。でも、こればっかりは仕方がない。俺らも悪いなとは思っているよ」


先輩方は事前に打ち合わせをしたのだろう、スラスラと説明の言葉が出てくる。聞こえてくる単語は、どれも俺が納得できるものばかりだ。最悪なことに、納得できるものばかりだった。聞きたくない単語ですらある。


魔力浸透度と魔力耐性の検査、イエロー2、リミット。


それはつまり、ダンジョンに潜れる限界点が検査結果に表れたということ。魔力が満ちるダンジョンで長く攻略を続けると、魔力が身体に浸透しすぎて――最悪、死か魔物になり果てるか。いずれにせよ、ひどいことになる。過去に色々起こりすぎて、今やそれは常識なのだ。不文律であり、破られることはよほど愚かでない限りありえない。


だからこそ、プロになる条件の一つは、魔力浸透度がある一定でキープされる魔力耐性が必須とされる。魔力を使える素養はありつつ、魔力に飲み込まれない。耐性がないものは、どれだけ強くてもプロとして活動はできない。アマチュアでやっていても、結局命に見合う対価を得られるほどではない。


プロになれば、より危険に見合うレートでの買取も、また効率の良いダンジョンも、あるいは企業や財閥、政府などが管理する秘匿ダンジョンへの攻略許可が得られる。当然だけど、同じ命を賭けるなら、その方が良いのだ。


ただ、魔力浸透度の進行状況は長く攻略を続けることでしかわからないところもある。先輩たちは18で成人し、プロになろうと思って定期検査以外で確認をしたのだろう。結果イエロー2ということは、正直なところ厳しい。正直、イエローは安全圏ギリギリなのだ。


検査結果はグリーン→ブルー→イエロー→レッド→ブラックの順で後に続くほど悪く、それぞれ1~3で段階が分かれる。イエロー2ということは一般的に言われる限界ライン。


浸透の進行は個人差があり、いきなり飛躍するケースもあるためだ。レッドまで行くと、いつどうなってもおかしくない。唐突に死ぬことも、魔物変異することもありえる。リスクを考えないといけないのだ。イエロー2は浸透度全体で中間。だから、ここが引き際だ。


なので、つまり――


「先輩たち、どうしてすぐに言わなかったんですか! 今回の攻略だって下手すると危なかったんじゃないんですか!?」


「「「「えーだって、可愛い後輩とあと一回はダンジョン潜りたかったし…」」」」


嬉しいけど、命を賭けるほどのものではないのでは? この人たち、バカかもしれない。いやそりゃ、バカじゃないとダンジョン攻略のプロになろうとか言わないし、俺もその仲間だけどさ。確かにいつも先輩たちとダンジョン潜れて楽しかったよ、嬉しかったけどよ。でも、イエロー2でやるのは本当に……本当にバカですよ、先輩たち。


「ま、でも今日ダンジョン潜って確信した。次の山童は、イットーが継いで好きにしてくれ。イットーの凄さは俺たちがでーじわかっている。一緒に潜りながら、三年見てきたしな」


「じゅんにな。近接も補助も遠距離も、なんでもできるとかインチキだろ。じゅんに俺たちより若いのか? 人生二回目じゃないのか? しかもまだ奥の手とかあるでしょ。いつ修行しているんだよ、まったく」


「わかる、やっけーインチキさー。前衛後衛のカバーができて、敵の行動予測も的確だし、視野も広い。タンクのスイッチとかもできるし、正直、イットーいると攻略の安定度が全然違う。イットーはマジ一等。1クランに1イットーで安心」


「イットー入ってから、あんまさい攻略少なくなった。超有能。もっと自信もって良い。それにイットーはまだグリーン1。耐性高いから、プロにもなれる。すごいこと。才能ある」


このクランに入って今まで聞いたことがないほどの誉め言葉。こういう時じゃなくて、普段からもっと褒めてくれ。

それにしても、マジで先輩方は本気でクランの引継ぎをする気か……。


「イットーが山童をちゃんと引き継げると思っているし、俺らはお前のことでーじ好きだからだよ。信じているぜ」


「……とりあえず、いったんご飯食べてから話聞きます」


ハンバーガーをルートビアで流し込みつつ、いったん考えないことにした。ここでこれ以上する話じゃない。


それもそうだなと先輩方も笑い、すぐに他愛もない話に切り替わる。どうしたものかなと悩んでいてあんまり味はしなかった。クランとして最後の攻略打ち上げに寂しさを感じながら、とりあえず食事を胃に押し込んだのだった。

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