【第3話】 ジュジュ、決心する
ジュジュの願いもむなしく、ルーランに逢えないまま夏は終わり、樹々の葉が鮮やかな黄色や赤色に色づく秋がやってきた。
アルマは純白の美しい花嫁衣裳を着て嫁いでいった。
「アルマ、とっても綺麗よ。幸せになってね!」
「ジュジュ! ありがとう!」
ジュジュの手を取ったアルマは嬉しそうにも、今にも泣きそうにも見えた。それからジュジュの耳元でそっと囁く。
「ジュジュも早く彼に逢えますように」
ジュジュはルーランのことをアルマにしか話していない。
海に行く理由をアルマに問われて、永らく秘密にしていたことをうち明けた。アルマは口が堅い。なによりいち番に信頼している親友だ。絶対に勝手に秘密を漏らしたりはしない。
ルーランに口止めをされていたわけではないが、彼は人を避けるような様子をみせていた。
幼いながらも誰かにルーランのことを話せば、もうルーランが会いにきてはくれないような気がしたのだ。
アルマがルーランの存在を信じたのかはわからない。
だが、ジュジュが奇跡的に助かったことは事実だった。
アルマはなにも言わずに海に付き合ってくれていた。
「アルマ、元気でね」
「ジュジュもね」
「たまには遊びにいくから」
「きっとよ」
幸せな涙を目尻に浮かべたアルマの手に、ジュジュは浜辺で拾った桜色の貝殻でつくった首飾りを渡した。
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アルマが嫁いでからもうすぐいち年。
周りの友だちも次々と結婚してゆく。
ジュジュの縁談に本腰を入れだした両親の目を盗んでは海にきていた。
流木に腰をかけて水平線を眺める。
この広い海の中のどこかにルーランがいる。
そう思うことが慰めだったが……もう会えないかもしれない。
最近ではそう思うようにもなっていた。
現実が迫ってくる。
ジュジュの縁談が決まろうとしているのだ。
相手は海のない街に住む、ジュジュよりも少しだけ歳上の男性。いち度だけ会った。優しい笑顔の穏やかな人という印象。
この人と結婚をする……?
結婚したら子どもを産み育てて、それで生涯を終える? 孫にも囲まれるかもしれない。そして幸せな最期を迎える?
それを……どうしても想像することができなかった。
それでも両親たちの間では、とんとん拍子に話は進んでゆく。
ポーチから取り出した鱗を陽に透かして眺める。
もうずいぶんと時間が経つのにまったく色褪せない輝きは、思い出の中のルーランのようだった。
美しい琥珀色の瞳。優しい笑顔。唇とおでこに落ちたやわらかな感触。色褪せるどころか時が経つにつれてより鮮明になる。
やっぱり、ルーランに逢いたい。
いち度だけ。たったいち度だけ逢ったルーラン。
命を助けられた初恋の人(?)とはいえ、こんなにもルーランに囚われている自分はおかしいのだろうか。
でも。
でも……やっぱり……!
ジュジュは愛おしい鱗にそっと口づけた。
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「今さら結婚したくないなんて……どういうことだ? ジュジュ」
「……」
「ジュジュ? 黙っていてはわからないわ。きちんと理由を話して」
父親のサラスはどうしてなのか理解できないというように首をふった。
母親のジュリアは困惑しきりだ。
「ごめんなさい……。いい人だとは思う。だけど……わたし、好きな人がいるの……」
ジュジュの告白に顔を見合わせて驚くサラスとジュリア。
「それはいったいどこの誰のことだ? 今までひと言もそんなことは言わなかったじゃないか」
「あなた、落ち着いて。ジュジュ、それは本当なの?」
ジュリアがサラスを取りなす。
うつむいて小さく「はい」と肯くジュジュ。
「……じゃあ、その方のお名前と、どこの方だか教えてちょうだい」
「……」
「ジュジュ……。親に言えないような相手なのか?」
ふるふると首を左右に揺らす。
でも……人魚だなんて、言えるわけがない。それに、もういち度会えるかどうかもわからない相手だ。
沈黙が流れる。
やがてサラスは大きなため息をついた。
「しばらく外出は禁止だ。部屋でよく考えなさい」
そう言って出ていってしまった。
ジュリアはジュジュの手を取った。諭しながらも優しく微笑む。
「ジュジュ。結婚前に不安になることはよくあることよ。大丈夫。優しそうな人じゃない。結婚すればそんな不安なんかすぐになくなるわよ」
「……違うの! そうじゃなくて、わたし、本当に」
「じゃあ……その方のお名前は? どこに住んでいるの? どうやって知り合ったの? どんな方なの?」
「それは……」
再び黙り込むジュジュ。
名前は知っている。住んでいるのは海の中。海に落ちたわたしを助けてくれたの。彼は人魚で……。
……だけどそんなことは言えない。それにそれしか知らない。また会えるかもわからない。
「ジュジュ……。お父様の言う通り、しばらくは外出は禁止よ。その間に、なにが不安なのかお部屋でよく考えなさい。いつでも話は聞くし、相談にものるから」
「……」
サラスもジュリアも、ジュジュが結婚をしたくないための言い訳だと考えていた。
ジュリアはジュジュの肩を優しく抱いた。
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外出が禁止になってから二週間が過ぎていた。
二週間の間は海には行けなかった。その間にもしもルーランがきていたら……。
ジュジュは気が気ではなかった。しかし、いつでも誰かしら家人の目があり、家を抜けだすことは難しかった。
確実に時間はなくなってゆく。
どうしたらルーランに逢うことができるのだろう。
ルーランに逢うためには……どうすれば……。
ジュジュはそこではっと気がつく。
そうだ……!
どうして今まで思いつかなかったのだろう。
わたしから……会いに行けばいいんだ。
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