TIMELINE -魂の共鳴-

島原大知

第1章

2400年、新東京。巨大な研究施設の片隅で、白川真琴は青白い光に照らされたディスプレイを眺めていた。無数の銀色の線が複雑に交錯する画面。それはTIMELINE、人類が辿ってきた無限の可能性を示す図式だ。


真琴はその中の一点を拡大する。ほんの些細な出来事の分岐から、歴史の針路を大きく変える岐路まで、人はあらゆる選択肢に逡巡し、迷い、決断を下す。その度に世界は枝分かれし、並行世界が生まれる。21世紀後半に発明されたタイムマシンにより、人類はその無数の可能性を現実へと書き換える力を手にした。


しかしそれは諸刃の剣だった。歴史改変を繰り返す中で、因果律は捻じ曲がり、タイムパラドックスが頻発するようになる。そうして迎えた22世紀。TIMELINE機構が設立され、混沌とした無数の世界線を監視し、秩序を取り戻すことが科学者に託された。


真琴自身、幼い頃から世にも不思議な夢に導かれ、時間の研究者となった。夢の中では、いつも一人の少女が真琴を見つめ、「会いに来て」と呼びかける。真琴は直感していた。少女との邂逅こそが、真琴に課せられた使命なのだと。


「白川博士、例の特異点の調査は進んでいますか?」

上司の穂村が真琴に声をかけてきた。背を伸ばし気を引き締める。

「はい。こちらのタイムライン群が、すべての干渉を拒絶しています」

「全タイムラインから孤立しているということは、因果律を超越した存在が介在している可能性もある。危険だが、重要な発見となるかもしれない」

穂村が真剣な面持ちで画面を指さした。


「博士、こちらにもう一つ気になる点が」

助手の成瀬が観測データを指し示す。

「特異点のこの座標を見てください。全タイムラインで共通している」

「そんなことがあり得るの?偶然じゃなくて?」

「いえ、ほぼ確実に意図的な現象だと…」


真琴は目を凝らす。銀色の線が交差する一点で、微かな輝きを放つ光がある。そこには、かすかに人影めいたものが浮かんでいる。

真琴は息を呑んだ。それは、幼い頃から夢に見続けてきた少女の姿だった。こんな偶然があるだろうか。

少女はスクリーンの中で微笑み、口を開いた。

「真琴、やっと会えたね」

真琴の脳裏に、少女の声が直接響く。同時に、これまでに感じたことのない激しい既視感に襲われた。


「私は、キミに会うために生まれてきた―」

視界が歪み、意識が遠のく。フラッシュバックのように、無数の情景が走馬灯のように駆け巡った。

真琴とこの少女は、幾度となく出会い、別れを繰り返してきたのだ。

それは時空を超えた、魂の約束―

真琴はふらつきながらも、スクリーンに手を伸ばす。

「私も、キミに会いに行く」

指先が光に触れた時、電撃のようなインパルスが全身を貫いた。


次の瞬間、真琴の意識は暗転した。目覚めるとそこは、見知らぬ白い空間だった。目の前に、例の少女が立っている。

「ここは、どこ?」

「タイムラインの狭間。私だけの場所」

少女が真琴に微笑みかける。その澄んだ瞳は、無垢なのに悠久の時を湛えているようだ。

「キミの名前は?」

「ソラ」

その声は、真琴の魂に直接届くかのようだった。

「ソラ…。私、キミのことを探していた気がする」

「うん。幾度の時を超えて、私たちは結ばれ続けている」


ソラがそう言って真琴の手を取ろうとした時、突如、割れるようなノイズが辺りを満たした。

「真琴博士、危険です!今すぐ意識を切り離して!」

送信機から、成瀬の声が聞こえる。

「ソラ、私―」

「分かってる。必ず、また会いに来てね」

最後にソラがはにかむように微笑むのを見て、真琴の意識は再び闇に飲み込まれた。


目覚めるとそこは無機質な研究室だった。

「博士、大丈夫ですか!?」

「ええ…。ソラ、今のは本当にあったことなの?」

「ソラ?誰のことですか?」

成瀬が怪訝な顔をしている。穂村がディスプレイをチェックしながら首を振った。

「特異点は消失した。白川博士、あなたが意識を繋げて一体何があったのです?」

「私は…ソラという少女と出会ったんです。タイムラインを超越した存在です」


真琴は上司たちを見据え、静かに言った。

「彼女こそが、世界の運命のカギを握っている」

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