40話『殺人鬼決戦』【棺SIDE】

「ようやくお会いできましたね――棺悟様」

 目の前に居る淑女は、とても戦場には似合わない、漆黒のドレスを身に付けていた。

 しかし彼女にとって服装など、戦闘時に何の枷にもならない、ただの自己表現の形の一つであることは明確だった。


 一切隙のない構えと眼光。そして、何よりも恐ろしいオーラ。

 悪意も憎しみも一切ない。殺意と喜びと言うほとんど矛盾しているような感情が、ひしひしと伝わってくる。


 僕は口を開き、彼女の名前を口に出す。

「久し振り。13年ぶりかな? 舞羽アゲハちゃん」

「・・・・・・私のことを覚えてくださっていたのですね」

「当たり前さ。君のことを忘れるわけにはいかない」


 立てば芍薬座れば牡丹、戦う姿は薔薇の花、正義と秩序の殺人鬼。『十三星座』乙女座、英雄省最強と呼ばれている才女。

 数々の異名を持つ英雄である彼女のことを、僕は彼女が英雄になる前から知っていた。


「君の妹、舞羽カイコちゃんを使った『断頭台の雫』は、僕が作った最初の作品なんだ――忘れるわけがないよ」

 僕は作品に使った子の名前や好きな物、家族構成なんかを忘れることは決してしない。それは彼女たちの命への冒涜だから。

「カイコちゃんはまさしく至高と言えたね。あの作品を作るには彼女以外の選択肢は無かった。あそこまで完璧に条件のそろった逸材はなかなか居ない。なによりあの作品の魅力は──」

 僕が『断頭台の雫』の魅力を語ろうとしたところを、舞羽ちゃんは僕に被せて喋り始めた。


「『断頭台の雫』最大の魅力は、眼にあります。

 眼球をくりぬき、そこに血とサファイアの粉末を組み合わせることで涙を演出。くりぬいた眼は王冠に宝石の一つかの如く、自然に取り付けています。

 ここが素晴らしい点で、眼球を本当に自然に、他の宝石の邪魔をせずになじませていることです。これにより作品全体に立ち込める仄暗い雰囲気を、より高める事に成功しています。

 首を斬り落とされながらも祈り、涙を流す王女。そこに込められたメッセージは受け手次第で様々な面を持ちます。

 カイコが生前から持っていた幼女らしからぬ神秘性と、幼女ならではのあどけなさと言う二面の魅力。

 幼女が持つ未来ある命の理不尽な死という、目を背けたくなるような絶望と儚さ。多重的な魅力が織り込まれた、傑作と言えるでしょう」

「驚いた。完璧だ」

 作品の工夫や魅力を高いレベルで言語化している。とても英雄省に、秩序を守る側に立っているとは思えない。


「どんな熱狂的で過激なファンでも、家族の子を使うとすぐにファンを辞める人ばかりなのが悲しいところだったんだけど、君は最高だね。自分の妹に向き合い、その魅力を完璧に言語化する――最高のお姉ちゃんで、ファンだ」

「あなたの大ファンとしては、身に余るお言葉です――あの日、『断頭台の雫』を見た時から私の人生は変わりました」

 舞羽ちゃんはとうとうと語り始めた。


「あの日、『断頭台の雫』を見て衝撃を受けた私は、貴方を追いかけるように多くの人を殺してきました。芸術性を求めながら、殺し続け――いつの日か、私は英雄省の中でも最強と呼ばれるまでになりました」

「そう。よかったじゃない」

 本音だった。強くなり、自分なりの美を見つけられたのならそれが一番だろう。


 しかし舞羽ちゃんは大げさに肩をすくめる。

「私は、別段強くなりたかったわけではありません。全ては、憧れのあなた。師匠であり、アイドルであり、目標であり、そして一応、妹の敵である貴方を――殺す為」

 復讐や義務感、正義感で僕を殺そうとしていないことは一目でわかった。きっと人の心が絶妙にわかっていない美翠ですらそれぐらいの子とは感じ取ったはずだ。

 きっとこの子は純粋に――僕のことを心から憧れてくれている、ファンだと言うだけの話なのだろう。


「棺悟様――一緒に踊ってもらうことは、できますか?」

 幼女ではないとはいえ、ここで淑女の誘いを蹴るほど、僕は無粋ではない。


「――喜んで」

 僕は十字剣を使って居合いの形をとり、彼女は金棒を振り回してスイングの構えを取る。


「それでは――『真実の眼プリンセスアイ』」」

「『冬児災チルドチルドレン』【逝景色】【玄討】」

 彼女の目が黄色く光った。

 それが、殺し合いの合図となる。

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