第14話『私達VS拳法家②』
やっとまともに顔を見れたが、音越とかいうこの爺さん、なかなか良い年の取り方をしている。渋格好いい。だからと言って友達に害をなす人間を助ける程、甘くはないが。
「えっなんで・・・・・・後ろにお爺さんが?」
姫ちゃんが困惑しながら疑問を口にする。
「知りませんけどこれで分かったことがあります。爺さん――音越山彦さんの能力は高速移動ではない事」
詳しい情報こそ手に入っていないが相手の能力情報+不意打ちの攻撃が入った。十分だ。十分こちらが有利をとれている。
姫ちゃんの能力――『そして誰もいなくなった』を当てれば詳細は分からないけどあいつは死ぬ。当てれば必殺というこの能力を使い、詰みまで持っていく。
私は大声で叫んだ。
「姫ちゃん。撃ってください」
「姫ちゃん。撃たないでください」
・・・・・・は?
なぜ、私の声が二つある。
「え、ええ、どっち? 撃つの? 撃たないの?」
「っ! 撃ってください! ここで撃たない理由がありません。多分これが爺さんの能力。私たちを混乱させようとしているだけです」
「違います。爺さんの能力は瞬間移動。私がこの目で見ました!」
「馬鹿なことやらないでください。こんなところで撃ったら私に当たっちゃうじゃないですか!」
「このタイミングはまずいです。撃ってはいけません!」
「逃げましょう! ここは撤退すべきです!」
滅茶苦茶だ。多数の私の声が重なり、反響し、ひしめきあっている。爺さんももう能力を隠そうともせず全開で能力を使っている――ブラフで攪乱させるよりも能力それ自体で攪乱したほうがいいって事か。
爺さんの能力は瞬間移動でも高速移動でもなかった。そもそも肉体を移動させる能力ではない。
『音声を出す能力』そんな矮小で単純な能力こそが爺さん、音越山彦の真の能力――。
「【
私たちが撃つか撃たないで揉めている間に分身をすべて破壊し尽し、音越はそう言った。
「能力の内容は十中八九おまえさんが思っている通りじゃろうよ、お嬢ちゃん」
「――なんで勝った気になっているんですか? 二対一の状況は変わらず、能力の誤認を活かした不意打ちと言う切り札も切ってしまっている状況。あなたにあるのは音声を出すだけと言う能力とその身一つだけ。100%私たちが勝てます」
虚勢を吐く。100%どころか20%も勝てる算段がないと言うのに。
確かに『不協和音』は一対一の戦いでは精々不意打ちや騙し討ちが関の山。種が割れれば恐れるに足りない。
しかしこの男の場合、素の戦闘能力が高すぎる。分身を余裕で12人捌ききる
それにこの能力は対複数人の状況下ではすさまじく噛み合いがある――!
「12人。起爆して」
刹那、爆音と光が空間を包む。
瞬間的な分身自爆。移動能力でない以上爆発によるゴリ押しが最適解。何もさせずに潰す――!
「釈砲」
爆炎が圧殺された。その状況を表す表現としてなかなかイカした表現と言えるだろう。
重力がそこだけ何百倍になったかのように、炎が、煙が、風が一瞬で立ち消えた。
そしてその勢いを一切殺さず細い影が――音越が飛び出す。
決して威力の低くない12体の分身の自爆による爆風を風圧のみで完全に消滅させられる程の拳。
魔王の強化による域からも逸脱した一撃必殺の突きを音越は放つ。その一撃は当然のごとく私の可愛いお腹を無慈悲に貫いた――。
「3人」
しかも三人分も。
「ぐうぉぁっ!!」
四人目であるところの私本体も貫かれなかっただけであって無事ではない。魔王の血も何もいれていなかったら五年間は病院でリハビリをすることが必須であろうことが疑いないほどのダメージは負っているはずだ。
自分と拳の間に三人の分身と言うクッションを置いて尚、瞬時に立ち上がることができない、戦車の砲撃にも匹敵する領域の拳。
しかし大技に違いはないらしい。明確な隙が音越の体からは見て取れた。
「撃ってください」
「撃たないでください」
寸分変わらない私の声が二重に響く。
「うっ、ううう〰〰〰っ撃つぅ!」
ストップウォッチで測れば姫ちゃんは0・7秒ほどで発砲しているだろう。きっとあの子の性格的にできる最速だし、大抵の人がこの状況下で導き出せる最速だ。
それでも戦闘中に武術の達人に与える時間としては長すぎる。
音越はその長い腕を使い、顔を狙った姫ちゃんの狙撃を防ぐ。腕は服で覆われていて、皮膚までは攻撃が届かない。
「腕で受けたと言うのに一切痛みがない。皮膚に当たって初めて効果が発揮すると言った所かのう?」
「うわわあぁ! 来ないでぇ!」
動揺している姫ちゃんは無茶苦茶な狙いを定めていない友達である私すら、巻き込むような乱射をし始めた。
音越は一切動揺せず流れるように全身を曲げ、捻じり、跳ねた。
「集身」
空間が歪んでいるように見える蹴撃が姫ちゃんに放たれる。
「2人」
姫ちゃんを分身に突き飛ばさせる。分身は姫ちゃんの身代わりとなって蹴り飛ばされた。
真横に飛ばされた分身は壁に叩きつけられて一瞬にしてバラバラ死体となって消滅した。
もう一つの分身は動けない私を抱えて退避する。
「逃げられるとでも思っているのか?」
「何で皆さん、私を冷酷女だと思っているんですかね? 友達を置いて逃げたりするわけないじゃないですか」
自分を運んでいた分身を消し、手を鳴らす。
「12人で殴り勝ちます」
同時に行う息の完全に合った波状攻撃。これで沈める。
「禁弧」
音越は弧を描いた掌底で分身の波状攻撃を受け流しつつカウンター攻撃で分身を攻撃する。
一瞬にして十一人の分身が破壊された。
勿論、一人足りない。
「ドカーン」
不意を打った爆発により音越の細い体は弾かれた。
ばらばらに爆発四散していないのは受け身をちゃんと取ったと解釈するべきだろう。つくづく化物だ。アニメじゃないんだから爆発を受けたらちゃんと死んでほしい。
この男は拳法であらゆるものを乗り越えるつもりなのだろうか。ノックスの十戒で中国人差別をするのも理由がわかろうと言うものだ。
「姫ちゃん! 今だよ撃って!」
「姫ちゃん! 今はまだ撃たないで!」
不協和音。一対多数の戦いにおいて最大の効果を持つ魔法。
厄介極まる能力だが対策方法はある。
具体的には13個の作戦がある。その内私が戦闘不能になるパターン7つ、姫ちゃんが戦闘不能or酷い目に合うパターン4つ。
残り2つのパターンは途中まで同じパターンを辿る。音越の行動次第だ。
実質的にこの状況でやるべきことは一つだけならそれをやるだけだ。
思考を終えた私は息を吸い、秘策を大声に変えて吐き出す。
「それはそれとして――」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます