第18話 オーフュース内戦前夜③母の国テミア
コロナウィルスに襲われアースは未曽有といってよい被害者数を数え上げたが、コロナ発生から二年目ともなると、人々はやや落ち着きを取り戻し始めていた。
テラスの住む、アースの小さな島国ヤーポン。そのヤーポンの首都トウキョウでも、コロナ禍の疲弊から徐々に回復の兆しが現れ出し、街行く人々の笑顔に明るさが戻って来ていた。ワクチン接種の効果が大きいが、それだけではなく人々の心と体に余裕が生まれ出したことも、街に活気が戻った理由ではないか。ウイルスの正体が知れ渡り、対策も周知されると、それほど恐れる必要はなく、コロナと上手く付き合っていけるのではないか。そんな自信が人々の笑顔に見え隠れするのだった。
12月30日。師走もたけなわで、クリスマスも終わって街行く人々は新年の準備に大わらわだが、テラスは彼らの喧騒に微笑みを投げかけながら、サラムとジュニアの三人で、トウキョウ秋葉原への今年最後の買い物に向かっていた。
「テラス姫、こんな格好をするのは嫌ですよ。まるで子供みたいじゃないですか。な、相棒」
ジーンズにスキー帽、顔には大きなマスクにトンボメガネ。ジュニアがテラスを見上げ聞き飽きた不平を漏らし、一歩先を歩くサラムに同意を求める。
「ダメ、ダメ。ウーア!」
上野駅へ向かう人ごみの中で振り返ると、サラムはジュニアに右手の中指を立てて反意を表明する。トレンチコートにカーボウイハットの出で立ちで、最近ネット視聴ではまっている〈夕陽のガンマン〉、その主演のクリント・イーストウッドを真似たつもりなのだ。そんなサラムの2メートル近い長身にヤーポン人とかけ離れたファッションは人目を引くが、サングラスとマスクのせいで外国人観光客と見間違われるのか、不信の目で見られることはなかった。
「分かったよ、相棒。テラス様、じゃなかった、ミア少佐でしたね。そう、ミア少佐には逆らわないのがサラムの行動パターンだったのを忘れていたよ。仕方がない、この格好で秋葉原まで行きますよ」
ジュニアも観念してテラスに相槌を打つと、サラムに駆け寄り並んで改札へ歩く。連邦軍というか、ボンドの依頼を受けて、SONO製の高感度センサーを秋葉原へ買いに行くのだ。
「エス・オー・エヌ・オー、ソノー。ヤーポンでは聞き慣れたこのCMキャッチ。そんなソノー製センサーが、一番高い感知度を示すなんてさすがですね。しかもそれがヤーポンの秋葉原で売られているなんて驚きですよ」
ジュニアは一人はしゃいでいる。昨夜ボンドから、オーフュース内戦に独裁軍はロネに加担しないと告げられたことが余程うれしいのだ。
「ボンド中佐。確かに君のいうように、オーフュースでの戦闘は、ロネとテラス姫のどちらがテミア王国の正当後継者であるかを決める戦いであるから、内国問題であり、独裁軍は関与しないことを約束しよう。だからテラス姫への連邦軍の関与も、食料や医薬品という生活必需物資の支援に限ってのものにしてもらいたい」
皇帝ジョンが、ペック提督の名代としてのボンドに確約と共に、要求も突き付けたのだった。
「やっぱり、同じバルカニア人であるから、皇帝は中佐にこんな好意的対応を示してくれたんですね」
昨夜テラスの横から、ジュニアがネット画面のボンドに話しかけると、
「さあ、どうかな。独裁軍のトップである限り、皇帝の正義は民族の血に縛られることはないよ。その証拠に、ロネがデスアームに仕掛けたプラスチック爆弾―――これの起爆解除への協力要請を仄(ほの)めかされたよ。最近ソノーが開発した、宇宙一感度が高いセンサー。それを連邦軍加盟のヤーポンから調達してほしいとの要求を受けたことからも明らかなんだ」
デスアームにロネが仕掛けた微細プラスチック爆弾は、皇帝ジョンの脳内神経、特に間脳から小脳および大脳に至る神経回路を模した回路上に埋め込まれていて、ドミノ的連動作動が企図されていた。つまり各個の爆弾は微細で見つけにくく、しかも回路の複雑性が全容把握を限りなく困難にしているのだ。
この回路は、バルカニア人に匹敵する知能を持つと言われるユダルマ星人、そのユダルマ人で最高の医師と呼ばれたヒトラスが作成したものだった。
「爆破回路は、宇宙一の外科医といわれる私以外は絶対、解除不能だからな」
生前、ヒトラスが助手に語っていたもので、結果的には彼のザ・ラストワード(遺言)になってしまった。
当初の予定では、ユダルマ人ヒトラスが皇帝の脳しゅよう摘出手術をするはずだったが、デスアームにドミノ連鎖爆破回路を作成させた直後、心臓発作を装ってロネがヒトラスを殺害してしまったのだ。独裁軍への優位を保つために、爆破回路の絶対解除不能を画策したロネの、ダーティで遠大な計画がここに完了したのだった。
このロネによるヒトラス計画殺人は、策定者ロネによって厳重な箝口令(かんこうれい)が敷かれたが、独裁軍保安部の綿密な調査により明るみに出ることになった。目的のためには手段を選ばぬ、ロネの冷酷で残酷極まりない本性。熟練保安部調査員も背筋が凍ってしまった調査結果だった。
さて、大口をたたいたヒトラスだったが、この爆破回路を解除というか、無能化できる者の存在は早くから指摘されていた。宇宙広しといえども、ヒトラスをしのぐ医師はたった一人。そう、たった一人のバルカニア人医師―――いや、もう一人あえて求めるなら彼にピタリと寄り添う天才女性医師、この二人以外には存在しない。これも同じく独裁軍の、高い調査能力を持つ保安部の調査結果だった。
「結局、爆破回路除去にウェインの協力が得られるならまだしも、それが不可能な現状では、独裁軍にはデスアームを捨て去るか、ロネに弱みを見せつつ事態打開を我慢強く探って行くか。この二者の択一に悩みながら、他方ではドラスティックな解決策も模索していると思うんだよ。要するにね、ジュニア。これが独裁軍首脳というか皇帝の思考の中身で、同じバルカニア人だからって、今回はロネに味方せず中立を保つという先ほどの対応を、こっちの身びいきにとらえるのは危険だよ」
ボンドはジュニアの問いに答える形で、ネット画面から皇帝の真意を伝えたが、間もなくオーフュースへ向かう我が娘テラスを意識してのものだった。
ロネはしたたかで手強い。そう、ドミノ連鎖爆破回路は独裁軍本部基地アームスターにも仕掛けられている可能性もあって、独裁軍はロネに強い態度で臨めないのではないか。
この分析の根拠として、最近、とみにボンドを悩ます怪しげな陰の存在。まだボンドにもその実態はつかめていないのだが、全宇宙にケイアス、すなわち混とんと無秩序をもたらす第三の勢力。ボンドが暗黒軍と名付ける、未だ目に見えない陰の存在は、連邦軍と独裁軍の疲弊を待って一気に全宇宙支配を目論む―――いわば漁夫の利を得べく、虎視眈々と連邦軍と独裁軍の虚を突く機会を狙っていると思われてならないのだ。
この第三の勢力・暗黒軍が果たして存在するなら、ロネは正にその傀儡といってよいもので、独裁軍と無縁というより、独裁軍に激しく敵対する存在といってよいでのある。そう、悪逆無道な行いを独裁軍の名の下に行っている者たち、彼らは連邦軍のみならず、独裁軍にとっても最大の敵と思われるのだ。
恐らくボンドのみならず、皇帝ジョンも暗黒軍の存在を微かにではあっても感じているのではないか。これは先代皇帝ウィリアムも同様ではなかったのか。だから独裁軍的宇宙正義を守るため、ジョンを養子として迎え入れたのではなかったのか。
いずれにしても独裁軍をも悩ます、稀代の暴君ロネではあるが、秋葉原でソノー製の超高感度センサーを購入してボンドに送ったテラスは、翌日、そのロネが統治する―――アースから250万光年彼方の母の祖国―――テミアへ向かった。今回、高速中型飛行艇スワローバードの乗員は僅か三名。操縦かんを握る熟練パイロットはもちろんジュニアで、助手席にはサラムが意気揚々と控えている。
「相棒、スピードをフルにするぞ!」
ジュニアは武者震いが出るほど興奮しながら、背後に飛び去る光の束の中心へ向かって突き進む。
「オーフュース! オーフュース! ウーア!」
萌黄色のオーフュースが視界に入ると、サラムが思わず声を上げる。
「‥‥‥あれが、母が生まれた星オーフュースなのね」
小恒星ジャスティさえ従えかねない巨大恒星オルガ。そのオルガの光で極南が輝き始めたオーフュースを見つめ、後部シートからテラスも感慨深げにつぶやく。
「ミア様、いや、テラス姫。北極基地へ直行します!」
オーフュースの極北は暗い雲に覆われていて、向かう北極基地とそれと対面する北ノボ城は吹き荒れる嵐の真っただ中にあった。オーフュース解放には絶好の開戦日和で、悪天候と夜陰に紛れての奇襲作戦はヤーポンの戦国武将の得意戦略で、ジイジこと神之道キワムも推奨するものだった。
ボンドとゲーリにより、既に戦闘のための根回しが出来ていて、テラスの存在が北ノボ城攻略の帰趨を決するといってよいほどの、そんなシンボリックな重要性を彼女は持っていた。
吹雪く雪原にゆっくりとスワローバードが着地し、サラムに促され、テラスが感慨深気にルーフを上げ、ー30°の大地に降り立つ。母の国テミアの地をようやく踏みしめたのだ。
レザーボアの黒い戦闘服の右膝を折ると、テラスはゆっくりと慈しむように、目の前の大地を覆う雪を両手で取り除いて、可憐な雪割り草にくちづけをする。と、まるでそれに呼応するかの如く、雪原に身を隠していたレジスタンス戦士たちが次々と立ち上がった。
「エッ! 何だこれは!」
ジュニアの驚きをよそに、灰色を帯びた雪原があっという間に黒い戦闘服で覆われ、北ノボ城北辺は黒一色に染められてしまった。
「テラス様!」
テラスの前に進み出て臣下の礼をとるのは高齢の兵士たちで、皆、母マーヤを知る人たちであった。
「あー! マーヤ様に生き写しだ!」
老兵たちは涙を流しながら、テラスにマーヤの面影を見つけるのだった。
「さあ、ミア少佐」
ゲーリの合図で、テラスは緑の炎を宿すソードを、黒々と高さ100mにも及ぶ北ノボ城の城壁に掲げ挙げた。キラーロボ1号が首都ポリノへの帰還命令のため不在。この機会を捉えての奇襲作戦の一面を有していて、1号が帰って来るまでに決着をつける必要があった。といっても、いつなんどき帰って来るかも知れないのだ。
「おう!」
低く抑えた気合とともに、何百もの鍵ロープが城壁の頂上へ打ち上げられ、同時に数えきれない縄梯子が頂上から下げ降ろされた。城内の仲間たちの呼応で、オーフュース内戦がここに口火を切られたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます