第35話 異常な動物

 依頼書に記された住所に向かう。少し遠いのでジェット移動をしようと思ったが、あれを使うと周辺の気温が2℃くらい上昇するので自重した。なにより、目立つ。

 番地の番号は分かりづらい。俺の依頼者宅への道のりは、何人もの通行人に今の場所が何番地かを尋ねながら、その規則性を見つけ出すところから始まった。


 当然、格好が格好なのでめちゃくちゃ不審がられるが、それでも教えてくれるような意外と優しい人が多く、ダメもとで依頼書に記された住所を見せたらその場所まで案内してくれた。案内してくれた人は上品な格好の白髪のおばさんで、変な格好をした俺にも優しく接してくれた。

「────ここが山田さんのお宅ですよ」

「あぁ……ありがとうございます。本当に助かりました」

 依頼者の家は一軒家で、車も持っていてかなり生活に余裕のありそうな雰囲気だった。

 名も知らぬおばさんは小さく頭を下げると、その場から去っていった。見返りを求めず、ただ人に親切にするその心意気に、俺は感心せずにはいられなかった。次会えたら、お礼をしたいものだ。


 俺はおばさんに感謝の念を抱きながら、その家のインターホンを押した。すると、家の中からドタドタと大きな音が響いて、誰かが乱暴にドアを開けた。

 家の中から現れたのは、眼鏡をかけた天然パーマで痩せ型の男だった。走ってきたのが分かるほど服や眼鏡の位置が乱れており、一目見ただけで非常に慌てているのを察した。

「あー、えっと……依頼を受けた傭兵ですが」

「……」

 男は眼鏡と服を直し、こちらを物色するような目を向けてきた。いやまあ、確かに金属のフレームを全身に纏っているので、奇妙に思うのは分かるのだが、彼の目は何か別のことを考えているように見えた。

 数秒の沈黙の後、男は大きく息を吸い、こちらの右手を両手で掴んで言った。

「来てくれてありがとう……! あなたになら、任せられる」

「何……?」

「さあ、上がって。依頼書にも書いてあるけど、詳しく事情を話すよ」


 流されるまま、俺はその家に上がった。家の中は掃除が行き届いているのが一目で分かるほど綺麗だった。玄関を通ると左手奥に二階への階段があるのが分かり、一階も京極組の事務所と同じくらい広いので、かなりこの家が裕福であることが分かる。

 経営者でもなければ持つこともできなさそうな家だ。


 俺は玄関を上がってすぐ右にあった扉の部屋に案内された。椅子に座るよう促され、最初は座れないと断ったが、男が家の奥から横幅の大きい椅子を抱えてきたので、厚意に甘えてその椅子に座らせてもらった。

「ちょっと座って待ってて、家族を呼んでくるから」

「あ、分かりました」

 待っててとは言われたが、そう長くない時間で男は一人の女性と中学生くらいの女の子を連れてきた。

 女の子は左足に包帯を巻いていて、とても歩きづらそうだ。男が手を貸そうとしているが、女の子はその手を振り払って松葉杖で必死に歩いている。


 男は女性と女の子を机を挟んだ向かい側に座らせ「さて」と前置きして話し出した。

「依頼を受けてくれてありがとう、俺は山田績やまだつむぎ。こっちは妻の菜津なつで、娘が日南ひなみ、中学生二年生です」

「えっと、傭兵の……プラズマ……です……」

「ぷっ、プラズマ? いい年して?」

「ラズって呼んでください」

 日南という女の子にクスクスと笑われたが、必死に反応しないようにする。フレームの中で温度が急激に上昇するのが分かったが、フレームのおかげでそんなことが起こっているのは目の前の三人にはバレていない。

 だがやはり、プラズマという名前は恥ずかしい。徴募事務所で変えてくれば良かっただろうか。

「見た目もヤバいし、名前もハズいし……だから警察に相談しようって言ったのに」

「警察は信頼できないって言ってるだろ、日南」

「お父さんは国に不信感がありすぎるから分かんないだけでしょ」

「日南……」

 家族仲が良くないのか、父娘の会話にしては空気が重い。母親である菜津さんは無言で、ため息の出そうな表情でそんな二人の様子を傍観している。

 日南さんに全く信頼されていないようだが、依頼を受けた以上、最後までやりきらなければならない。それが俺が抱える数少ない責任なので、疎かにできない。

「喧嘩は後でしてください。とりあえず、事情を聞かせてもらえますか?」

「あ、そうですね……単刀直入に言うと、娘の日南が野良犬に襲われ、左足に大怪我を負ってしまったんです」

「なるほど、そちらの松葉杖と包帯はそのせいで」

「そうです。最初、話だけ聞いた時はそこまで大きい怪我じゃないと思っていたんですが……どうやら、関節も一緒に粉砕骨折しているようで、治療まで一年くらいかかる上、治っても痛みなどの後遺症が残るそうなのです」

「それは……酷いですね」

 怪我の内容は、見た目以上に深刻だった。せいぜい、靭帯が傷ついた程度のものだと思っていたからだ。

 話を聞く限りだと、日南さんはしばらく、もしくは一生、不自由な生活を強いられることだろう。中学生には酷な話だ。

 母親の菜津さんも、顔を俯かせてその話を聞いている。きっと病院で何度も聞いた話で、その度に悲しい思いをしてきたのだろう。


 績さんも悲しみを隠せていない様子だ。娘想いで、いい家族だと強く感じる。

「病院で療養させようとも考えました。けど、どういう訳か娘はどうしても学校に通いたいらしく……」

「なるほど?」

「ですが、娘を襲った野良犬は未だ捕獲されておらず、それどころか同じように人を襲う野良の動物が頻繁に出没しているそうなのです」

「本当ですか。それは、この辺り一帯で?」

「ええ。主に、娘が通う中学校近くで」

 俺でも分かる、それは危険だ。

 人間の関節をいとも容易く粉砕骨折させるような異常な動物だ。多数出没すれば、人に対して甚大な被害をもたらすだろう。

 特に、日南さんのように自由に動けない人たちが襲われれば、逃げることもできず、殺されてしまうなんてことも起こりかねない。なぜ急にこんなことが起こっているのか分からないが、早急に対処しなければならない。

「それらの動物を駆除してほしい、ということですね?」

「ええ、できれば根絶やしに」

「正確な数はお分かりですか?」

「それが、野良なので分からず……ただ、その異常な動物はよく大きな鳴き声を発しているので、それが消えるまで狩っていただければ嬉しいのですが……」

 とてもふわっとした依頼内容だが、その動物を見つける方法が簡単なのはありがたい。最悪、空を飛んで上空から探そうと考えていたが、それよりも効率は良さそうだ。

「構いませんよ、やりましょう」

「……っ! ありがとうございます!」

 績さんと菜津さんが頭を下げる。

 今になって、この依頼を傭兵に出した理由も分かった。警察は信用できず、どうやら学校も対応しなかったことを考えるに、頼れるのが傭兵以外に考えられなかったのだろう。


 当然、依頼は受けるし成功させる。だがその前に、どうしても気になっていることがある。

 俺は向かって左側に座っている日南さんの方を向いた。不機嫌そうな顔でこちらから顔を逸らしている。

 俺が目を向けても顔を向けようとしないので、仕方なくそのまま質問する。

「日南さん?」

「……」

「なんでそこまでして学校に通いたいんですか?」

「……関係ないでしょ」

 ────おっと?

 俺の嗅覚がを察知した。俺は中学も高校も経験していないが、分かる。

 特有の反応、閉ざした口と心の向こう側……学生が学校に通いたい理由など、そう多くはない。その上反応が分かりやすいので、予想もしやすい。

「……男だ!」

「いっ……ち、違う!」

 日南さんが椅子をガタッとさせ、大声で否定した。しかし、表情と声色のせいで否定が否定の体をなしていない。ほぼYESの意だ。

 視界の端で績さんの目が細くなる気がしたが、そんなことは今の俺にはどうでもいい。

「一年の時に別のクラスにいた好きな男の子が二年になって同じクラスになったから骨折の治療なんかで二年を棒に振りたくないってことだ!」

「違う、違う違う! そんなんじゃないし! キモイ! 最低!」

「あっ、ちょっと! 転んだら危ない!」

 日南さんは松葉杖とは思えない速度で部屋から出ていった。階段を松葉杖が叩く音が聞こえたので、二階に行ったのだろう。

 少しからかいすぎただろうかと考えながら績さんに向き直ると、そこには真っ赤な顔の般若がいた。

「……績さん? どうされました?」

「ラズさん……依頼を一つ、追加したいです」

「絶対にやめて下さい、それ以上は何も言わないで」

 とんでもないものを駆除させようとしそうだったので、俺は績さんを必死に落ち着かせ、依頼の話に戻した。ちょうど、報酬の話もしなきゃいけなかったところだ。まだ中学生の日南さんはこれは聞かない方がいいだろう。

 簡単に報酬の話を終わらせて、俺は早速出発の準備を始めた。

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