アウトローニッポン
科威 架位
第1話 救助
「いたたた……」
小さな洞窟に辿り着いた私は、どうしようもなく岩壁にもたれかかる。
岩壁に生えている湿った苔が私の服を湿らせるが、今の私は、そんなことに構っていられるほど余裕がない。
「包帯でなんとかなるかな、これ……」
右わき腹へ目を向けると、服の上からでも分かるほどに血が滲んでいる。
死んでしまうくらいの傷じゃないけど、大怪我なことには変わらない。一時しのぎでもいいから、処置しないとまずいだろう。
まずは、服を脱がなければならない。そう考え、私は正面のボタンを外す。
シャツを脱ぐと、傷口にペタッと張り付いたインナーがそこにはあった。傷を処置するためにはそれも脱がないといけない。だが、傷に張り付いた布を剥がすのはとても痛そうだ。
軽く息を吐き、私は一気に布を傷口から引きはがした。
「……あぁ、意外と痛くない」
まさか、追手を撒いた時より安心するとは思わなかった。
私は流れ作業で腹に包帯を巻き、脇腹の傷を止血する。私の体には他にも怪我が幾つかあるが、それらは軽傷なので気にしなくて大丈夫だろう。
応急手当を終え、包帯もしっかり巻けていることを確認した私は、洞窟の外へ目をまわす。人影はない。上空にもヘリは見つからない。さすがの軍隊も、追跡を断念したようだ。
「まさか避難経路を断たれるとは思わなかったもんなぁ……」
一切の余裕なく必死に逃げてきたので、思わず山の中に逃げてきてしまった。これでは、仲間と合流する事すら難しい。
私にはサバイバルの知識もない。この汚い洞窟で仲間の救助を待つのは無理だ。
「スマホは……良かった、落として――」
右ポケットからスマホを取り出したが、それはぱっかりと二つに分かれていた。
思わず涙がこぼれそうになる。状況的に、あまりにも詰んでいる。
「まずは道路に出よっと」
ここから助かるにはそれしかない。私は痛む脇腹を押さえながら、その洞窟から出た。
◇
人の気配がする。
俺は、久々に緊張感を覚えつつ、音という音に神経を集中させる。
上だ。地面の上で、人1人がよたよたと歩いている音がする。怪我をしているのか、相当弱っているように感じる。
「俺目当てで来たわけじゃなさそうだな……」
使い込まれたダガーナイフを手に取り、周囲を警戒しながら、地下室から顔を出す。
この出入口の周囲には人の気配はない。さっきの人間は、すぐそこの廃屋へ歩いて行ったようだ。
「助けた方がいいかな……」
助けたとすると、確実に俺の存在がバレる。そうすると、その人間の仲間がここに来る可能性がある。このまま放置して死ぬのを待ち、死んだらその体を埋めるのが、ここに人を寄せ付けない一番の方法だろう。
「いやそれは倫理的にちょっと」
うん、助けよう。
さすがに、死にそうな人間を放置するのは倫理的におかしい。傷が治るまでここで寝かせてやり、その人間を逃がしたあと、住む場所を変えればいいだけの話だ。
一旦地下室に戻って医療道具を手に取った俺は、廃屋に小走りで向かった。
廃屋の中は相変わらず古びていて、木材の部分は殆ど腐ってしまっている。
地面のコンクリートはひび割れ、そのひびから雑草が芽を出している。壁も取り壊された形跡があり、倒壊しないように残された中央の柱の近くには、ボロボロの机といすが並べられていた。
その椅子の近くで、1人の人間がうつぶせで倒れていた。
「人に会うのとか何年ぶりだろう」
あまりに珍しいできごとなので感心していると、その人間が傷だらけであることに気付いた。特に、右の脇腹に凄い量の血が滲んでいる。
俺はすぐにその人間に駆け寄り、まずは服を脱がせるために体を仰向けにひっくり返した。
「お、女の子っ!?」
胸の豊満なふくらみと顔立ちを見てようやく分かったが、その人間は女だった。歳は二十代後半くらいだろうか。汚れたスーツを着ているその女は、長く伸ばした綺麗な黒髪を後ろで1つに結んでいる。シュッとした顔立ちのその女を前に、俺は2つの選択肢の間で揺れ動いていた。
「ふ、服脱がしていいのか……?」
怪我を処置するなら、服は当然脱がせた方がいいだろう。だが、女性の服を勝手に脱がせるのは、男としてどうなんだろう。
「り、倫理的に、さすがに……」
だがしかし、このまま放置するのもまずい。服が血で染まっているのを見るに、はやく処置しないと出血で死ぬ可能性がある。2つの倫理の間であたふたと揺れ動いた結果、俺はシャツのボタンに手をかけた。
「これは医療行為これは医療行為これは医療行為」
はやく処置してまた服を着させればいい。俺は自分にそう言い聞かせ、シャツのボタンをすべて外した。俺は恐る恐るシャツを捲り、女の腹を確認する。
「あ……包帯巻いてある」
俺は、そっとシャツのボタンを閉じた。
◇
音が聞こえる。金属を擦る音だ。
土の匂いと、男くさい匂いに包まれて私は目を覚ました。
「気を失ってた……? 私、何してたっけ」
気を失う前、自分が何をしていたかが思い出せない。道路を目指していたはずが、道に迷って山中の廃屋に辿り着いた事だけは覚えている。
体を起こすと、体の皮膚がスースーするのを感じる。その感覚は、傷口を消毒された時の感覚に似ていた。
「ここは……拠点じゃない」
その事実を認識し、私の意識が一気に覚醒する。
捕まった。そんな可能性が頭をよぎり、緊張感を覚えるが、その緊張感は一瞬で解ける。理由は、体を拘束されていなかったこと、そして、すぐ隣に青年がいたことだ。
「誰……?」
「――!」
声をかけると、青年が驚いて離れていった。
青年の格好はとても汚く、着ている服はサイズが合ってないのか全体的に丈が短い。髪も腹のあたりまで伸びており、どんな顔をしているかすら判別できない。体つきから二十代だということは分かるが、それ以外はただの原始人という印象だ。
「君が助けてくれたの?」
「ぁ、ぁ――」
めちゃくちゃ慌てているのが分かる。
私は掛布団替わりであろうダンボールをどかし、体を起こして青年に近付いていく。
「大丈夫? 私は敵じゃな――」
「シャー!!!」
体に触れようとしたところで、青年は猫のような声を上げ、どこかへ去ってしまった。
一人残された私は、思わず大きなため息をつく。
「この現代にあんな原始人いるんだ……」
私は異世界にでも来たのだろうか。少し心配になりながら、青年が戻ってくるのを待った。
少し待つと、青年が恥ずかしそうに戻って来た。
彼は座っている私の前に立つと、深呼吸をしたあと、懸命に口をパクパクさせた。
「なにやってるの……?」
一瞬、意味が分からなかったが、何かを喋ろうとしているのが分かった私は、自分から質問することにした。
「ここは貴方の家?」
「――!」
私の言葉に、青年は大きくうなずいた。言葉は通じているようだ。どうやら、ここは日本で間違いない。
このコミュニケーションの方がやりやすいと感じた私は、次々に質問をすることにした。
「貴方が助けてくれたの?」
「――!」コクコク
「傷を消毒してくれた?」
「――!」コクコク
「そう、ありがと」
そうお礼を言うと、青年はのびきった髪の下で微笑んだ。なんか、ペットみたいだ。
彼に迷惑をかけるわけにもいかない。体の痛みも引いていたので、彼の家から去ろうと立ち上がると、地面に見覚えのあるものが置いてあるのが見えた。それは、ナイフの形をしていた。
「へー、自分でナイフを作ったりしてるんだ。すごいね」
さきほどの金属を擦っていた音は、これを研いでいる音だったのだろう。鉄にしては珍しい光沢を放っているそれを見て、私は自分の感情が驚きに染まっていくのを感じた。
「待って、このナイフ、素材が……!」
さっき、青年はこれを触っていた。
もしかしたら、この青年は――。
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