DeadEmblem −デッドエンブレム− 蒼眼の死神

ポピーの騎士

プロローグ 停戦、そして黎明。

 暗い朝、地平の端が白み、宵闇がその色を黒蒼から群青へと変化させていく。 世界が目覚めて動き出そうとしている、そんな予感を感じてしまう。  

 ただの錯覚だ。

 世界は眠らない。 

 兵士が立つ戦場も、また眠らない。

 百年近く不眠だ。日が明けようと暮れようと。

  

 地面を踏み、石が擦れる音と風が吹き服が靡く音、凡そそれ以外を発することなく。蠢くような集団がいた。

 その者たちは、まるで早朝の明るみから追われた夜の遣いのように。或いは暁の番人のように、全てその身を黒く装っていた。 

 漆黒の野戦服を着て、いっそ影のように淡々と動いていた。

 土嚢を積み上げ、囲いを作り。

 物見を立て、襲撃に備えて。

 彼らが身を置く場所では、死こそが慕わしいが故に。いくら備えようと足りない。

 昨夜も、一昨夜も、その前も、戦場に。此の場に繋がるあの日から。

 その、集団の中に在ってなお目を引く者が一人いた。

 靡く裾の長い野戦服を着て。

 無機質なデザインの仮面をつけ、総髪にした、白皙の男だ。否、青年か。

 兵糧から離れた、場所に数人の影を連れていた。

 青年がおもむろに仮面に手を伸ばし、触れる。


 瞬間、仮面の額から顎先にかけ六角の平面体が波打ち。彼の体に掛かっていた靄のようなものが晴れる。

 うつくしい、姿だ。凍てつく。蒼みのある白髪、深すぎる深海の蒼眼。 

 まだ寒い朝靄の時分だ。白く息を吐く。

 外した仮面を付き添う部下に軽く投げて渡す。

 

 右手でホルスターから大型の拳銃を抜く。

 銃口は下向き、肩も体の隅に至るまで緊張は一片もない。

 軽く息を吸い、吐く。


 左耳のインカムを抜き、体外の一切を無視する。

 殊更ゆっくりと、右腕を上げる。

 目線より高く、頭上に。

 青い粒子がその体から溢れ立ち昇る。


《余剰魔力が体外に放出されました・調節を開始・完了》


 溢れていた青い粒子が薄れ消える。

 銃口の直線上に平面体が連続で展開されていく。

 瞬きの間に数枚、継続して十数枚。展開しては消えるものを含めれば三十枚。

 一キロに及ぼうかというほど長く。 

 数秒ほど続き。

 

《遠距離射撃戦略魔法・展開完了・対戦術級要塞への照射開始》


 青年は少し目を細め歯を噛む。

 仮面を受け取った部下が拳を締める。

「ああ、長官」

 くぐもる様な小さな声でそう呟く。

 その声は青年には聞こえない。


 引き金が弾かれる。

 銃口から放たれる弾丸が展開されていた平面体を次々と貫き、世界が蒼白に染まる。

 音はない。


 


 この瞬間、世界の歴史が唯一人の魔法師によって変えられた。

 八十年の戦史は終わり、新たな歴史が始まる。

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