髪を梳く
ロアンは髪を梳いてもらうのが好きだった。
櫛が流れるたびに、すうっと気分も透きとおる。
その感覚が好きだ。
ただ、櫛を持つのは『誰でもよい』というわけではない。
とりわけ、リシュにやってもらうのが好きだった。
「ロアン! あんたはまた、こんなに小枝をひっかけて!」
ロアンの片割れであるリシュは、ぶつぶつ言いながら櫛を握った。
二人は男と女の双子で、幼いころは両親でも間違えてしまうほどそっくりだったそうだ。しかし15となった今では、双子の容姿は男と女に分かれている。
それでも二人の後ろ姿や、まとう空気はよく似ていたものだから、知らない相手から勘違いされることもしばしばだった。
ロアンは自分の容姿にこだわりがあるわけではない。髪を梳いてもらうのは好きだったが、それはべつに、自らの髪を美しく保つためではなかった。
むしろ、無頓着の部類に入るだろう。
リシュから『本の虫』と称されているロアンは、妙な場所に潜りこみ、書に没頭する癖があった。家具の隙間、風呂桶の中、裏庭の樹の上、岩の影……そういった場所に身体を収めて読書をする。
当然、髪はホコリや蜘蛛の糸、草葉や土にまみれてドロドロになった。「せめて髪を結い上げたらいいのに」とリシュからは叱られたが、そうすると頭が重くなって、よろしくない。
結局、見かねたリシュが櫛を持ち出してくるのが常だった。
リシュはロアンを裏庭へ連れ出すと、小さな椅子に座らせた。そして彼の後ろにまわり、もうしわけ程度に毛先をまとめている紐を解く。
そうして毛束を掴んで持ち上げると、ゆっくり、少しずつ櫛を入れていくのだ。
ロアンの髪は長く、その毛先は腰まで届く。一見ごわっとしたくせっ毛で、ぴょんぴょん跳ね回っているのに柔らかい。
小枝や木の葉が大量に絡んでいるというのに、するすると櫛が通っていくので、リシュは小憎たらしく思ったものだ。
そして梳られた黒髪は、黒曜石の輝きと、ふくふくとした猫のような手触りを見せるのだ。
「せめて、もう少し短くすればいいのに」
リシュは櫛に付いた小さな葉を掃い、口を尖らせた。
「駄目だよ。師匠も言ってただろ。『髪を切るのは良くない』って」
「それは、そうだけどさ。それって『髪の毛は術の源だから』ってやつでしょ? でもロアンはすぐ、ボッサボサにしてくるじゃない。師匠みたいに、いつも綺麗にしてないと意味が無いんじゃないの?」
「う、それは……」
それは師匠からも言われていたことだったので、ロアンは言葉を詰まらせた。
「それ見たことか」と言わんばかりに、リシュが鼻をならす。
「わかってはいるけど、本を読んでると忘れるんだよ。そういうの。それに師匠だって、あれ、自分でやっているわけじゃないだろ……」
「それは、そうだけど……」
双子は師匠が照れくさそうに笑う姿を思い浮かべ、同時にため息をつく。彼は強くて美しい人ではあるが、生活能力が著しく低いのだ。
「このあいだも、芋の皮を剥こうとして、自分の手を剥いてたんだぞ。あの人に包丁を持たせちゃいけないって。剣術はあんなにすごいのに……」
『本の虫』になったロアンも、同じようなものだとリシュは思ったが、口には出さずにおく。
「ま、さっさと終わらせちゃいましょ。ほら、前向いて!」
「はいはい」
ロアンは髪を梳いてもらうのが好きだった。
こうやって櫛が流れるたびに、すうっと気分も透きとおる。
その感覚が好きだった。
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