とりとめのない話
死んだ草のにおい
「死んだ草のにおいがする」
彼女はそう言った。
たしか河原に沿った小道を、並んで歩いていたときのことだ。
ちょうど梅雨のしめった季節で、草刈機の唸り声が遠くに響いていた。
刈り取られ、遊歩道わきに積み上げられた草の山を前にして、彼女はそう評した。
「草刈りのときに周囲に漂う独特な匂い」については、私にも覚えがある。
正式な呼び方など知らないが、ただ草の汁か何かの匂いだと思っていた。
「死んだ草のにおい」
そんな言葉は初めて聞く。
思えば少々?独特の感性を持っていて、独特の言い回しをする人だった。
近くの神社を一緒に散歩した時も、社や社務所には目もくれず、境内のすみに植わる樹木の根元をまじまじと見つめたり、口をぽかんと開けたまま、頭上の樹の枝を見上げていた。
そして満足そうに、にやりと笑い
「あの『枝』が好い」
と、ぽそりとつぶやくのだ。
そんな、変わった人だった。
彼女の目に『何が映っていたのか』
それは、到底わからない。
何もない(と思う)ところを、じいぃっと見つめるその姿は、本音を言うなら気味が悪く、漫画やゲームでよくあるような『霊感』でもあるのかと思ったほどだ。
しかし彼女の感性は、私には思いもつかない『言葉』を生み出してゆく。
それはなんだか、心地のよいもので。
たしかに変わった人ではあったが、私はそういう彼女のことが嫌いでなかった。
そんな彼女は、ある時さらりと姿を消した。
それはなんの予感も前触れもなく、突然のことだった。
ようやく私は、彼女の連絡先を知らないことに気がついた。
それどころか私は、いったい彼女が何歳で、何を生業にしている人で、どのあたりに住んでいるのか、そんなことすら知らなかった。
私はそれからしばらくのあいだ、なんとなく彼女を探して歩いた。
しかし結局、彼女と再び出逢うことはかなわなかった。
彼女が『誰』であったのか?
それは今でもわからない。
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