俺は流しの蘇生術師

@ksksski

俺は流しの蘇生術師

 俺は流しの蘇生術師。

 流しって、どういうことかって? よくぞ聞いてくれた。


 ダンジョンを巡回し、蘇生の手段を失ったパーティーを見つけ、死亡者を蘇らせ、地上へ撤退せずとも探索が続けられるようにしてやるのが俺の仕事ってわけ。


 けっこう儲かるんだぜ。一攫千金を狙って不相応な階層へ深入りするバ……いや、リスク管理において不都合が発生しがちなお客様は多いからな。


 さて、本日のお客様は……。



「こりゃひどい」と、俺は心の中でつぶやいた。


 今日の顧客、四人パーティーご一行様。

 いや、正確には四人パーティー「だった」と言うべきか。

 被害者はリーダーにして治療師の男。

 魔狼ワーグに引き裂かれ、ばらばらになってしまっている。

 残った三人の仲間がなんとか魔狼ワーグを仕留めたものの、蘇生術の使えるリーダーを失って、進むことも退くこともできずにいたところに、俺が現れたという寸法だ。


「この状況からでも掛けられる蘇生術があるんですか?」

 と、魔術師らしきハーフエルフの女。

「お前が早く奇襲バックアタックに気づいてりゃよかったんだよ」

 これはドワーフの女戦士。

「え、なに? アタシのせい? こっちは先導ポイントマンして前を進んでたんだから、アンタがを守ってやるべきだったじゃん」

 シーフらしき少女が言い返す。


 おっと、さっそく仲間割れか。

 というか、「彼」ということは、ご遺体さんは男か。

 女三人に、男一人? あー、やだね。ハーレムパーティーってやつか。


 見ると、三人ともなかなかのキレイどころだ。

 シーフは元気が取り柄のやんちゃな美少女といったところだし、ドワーフの女戦士は屈強だが妙に肉感的で、ハーフエルフの魔術師に至っては言わずもがな。

 まあ、お客様の事情はどうでもいい。とっととビジネスだ。


「えー、このたびはご愁傷さまでございます。早速ですが、ご遺体の傷みが激しくなる前に取り掛かりたいと思います。まず、料金ですが、当店は前払い制となっておりますのでご了承ください」


 これは当然の話だ。

 俺が顧客としているのは、迷宮攻略の要たる治療師を失ったパーティーなのだが、蘇生してやった後で料金を踏み倒そうとする連中には事欠かないのだ。


「ふん、いいさ。で? いくら掛かるんだ?」とドワーフの女戦士。

「さようでございますね、なにぶん地上で蘇生するよりはいくらか割増しとなりますが、蘇生手順を含めた“おまかせパック”となりますと、だいたいこのくらい」


 と、俺は彼女に金額を耳打ちする。


「何だそりゃ! ふざけんな! 地上の相場の二倍以上じゃねーか!?」

「怒らないでくださいよ。俺だって危険を冒して迷宮を巡回してるし、治療に必要な血肉も仕入れてわざわざ背負ってきてるんですからね」


 俺は自分の荷物を指差した。

 そこには、数羽のニワトリが生きたまま詰め込まれた背負い式のカゴがある。

 こいつらを締めて血肉にして、死者から失われた血液を補うのだ。


「ちっ。足元見やがって」とシーフの少女。

「でも、どうしましょう。私たち、そんなにお金ないかも」

 不安げなハーフエルフに俺は言う。

「でしたらご安心ください。治療から蘇生までの“おまかせパック”以外に、必要最低限の部位をお選びいただいて再生・治療する“あんしんオプション特約コース”もあります」

「何だよ、それは」


 俺は説明した。


「再生したい体の部分や器官だけを細かくチョイスしていただけるんですよ。例えば、こちらの故人さまの場合、回復魔法がお使いになられるそうですね? でしたら、足や一部の内臓といった部分は蘇生後にご自身で治療していただくとして、とりあえず生き返るところまでの施術とすることで、お安く仕上げることができるんですよ。その他にも、内臓の致命傷は治療せずに外形の修復のみとし、蘇生確率の高い状態まで戻したうえで地上の蘇生所へ運んでいただくパターンもあります」


「……で、どの部分を修復すりゃいいんだ?」

「そのアドバイスは……“おまかせパック”となりますね」

「要は、アタシらで考えろってこと?」

「困ったわ。彼ってば、私には回復魔法は覚えないでいい、攻撃魔法だけ極めてろって言ってたから……。どの部分を再生すればいいのか、よくわかんない」


 あー、なんか事情つかめてきた。

 要するに、この被害者の男は、パーティー唯一の治療師という立場を使って、自分の重要性を高めていたわけだ。

 治療師は傷ついた仲間の肌に気兼ねなく触れられる職業でもあるしな。


 とりあえず俺は言ってみることにした。

「いっそのこと故人の蘇生を諦めるとか……」

「それはダメ」三人が声を揃える。

 彼女たちの表情で、マジで文字通りのハーレムパーティーだった事を俺は知った。

 くそっ、死ねよ。いや死んでるけど。

「それで、こちらが各部位のリストになります」

 俺は羊皮紙を差し出した。


  頭(脳込み)

  脊髄および重要神経

  その他神経系統

  心臓および主要循環器系

  肺および呼吸器系

  胃

  小腸

  大腸

  直腸(肛門含む)

  消化器系一括オプション(上記の消化器全てを含みます)

  肝臓

  膵臓

  脾臓

  ……


「何だよこれ。マジわけわかんね」

「頭はさすがに修復する事をお勧めしますよ」


  顔面

  眼球(両方)

  歯

  舌

  顎

  ……


「どうして顔面と眼や舌が別料金なの……」

「形だけ整えてくれりゃいいってお客さんがいるんですよ」


  右手

  左手

  胸部

  腹部

  臀部

  右足

  左足

  ……


「アタシさーよくわかんないけど、ここらへんっていらなくね?」

「いや、右手くらい動かせるようにしとかないと自分で治療できねーだろ」


  泌尿器

  生殖器


「これもいらないな」

「え!? …………いると思います」

「何? ……あっテメー! クッソ!! 怪しいと思ってたんだこのヤロー! 殺してやる!」

「あ~~、お身内のトラブルは後にしてくださいっ!」


 ハーフエルフに斬りかかったドワーフを止め、彼女たちを落ちつかせ、なんとかオプションを選ばせた。


「……はい、それでは確認します。

 外形修復一括、セット割引き特典つき。

 次いで頭、脊髄および重要神経、

 その他神経系統、

 心臓および主要循環器系、

 肺および呼吸器系、

 右手の完全修復、

 顔面に付随する全てのパーツ、

 泌尿器抜きの生殖器。

 これに、流出した最低限の血液を補うため、ニワトリを二匹。

 以上で宜しいですね?」


 料金を計算し、請求。

 皮の小袋にたんまりと入った銀貨を手に入れた。

「はい、確かに。では、修復にかかります」


 散らばった遺体をなるべく集め、回復魔法で修復する。

 淡い光が周囲に満ち、みるみるうちに遺体が五体満足な状態へ繋がっていく。

 致命傷はなるべく後回しにする。

 こうすることで、の回腹痛──肉体が正常な部位へ戻ろうとする際の痛み──を最低限にしてやれるのだ。


 彼女たちの選択は、おおむね正しかった。

 脳、主要神経系統、心肺機能、外形の修復による止血。

 だいたいここらへんを押さえておけば、重傷者のままではあるが、蘇りはする。


 ……ただ、このチョイスだと蘇生直後にいささかの問題を抱えるのだが……。


 説明とサポート込みのパックを選ばなかったのは彼女たちだ。それは仕方ない。

 別に死ぬようなことじゃないしな。


 顔面の修復が完了し、の男の目に生気が戻り始める。

 なるほど、美形っちゃ美形の男だ。

 少なくとも、真ん中から上のほうではある。


「ああああああ!! よかった!!」

「ほんとに生き返ったぜ!」

「畜生、心配させやがって……」


 感動の再会シーンだが、俺は挨拶もそこそこに、その場を離れることにした。

 ただでさえ男女関係が複雑そうなパーティーだ。

 早めに距離を置くに越したことはない。

 それに……。

 臭いを嗅ぎたくないしな。


「ぐふっ……痛たたたたた……」

「気がついたか!?」

「慌てないで! まだ重症なんだから!」

「ゆっくり、ゆーっくりと! 自分に回復魔法をかけるんだ!」


 彼女たちの失敗、それは……消化器系の修復料金をケチったことだ。

 あのハーレムの主が、痛覚を弄って回腹痛を打ち消す術を学んでいれば問題は起こらないのだが……。


「…………ぐっ! 痛たたたたたたたたたた! ハラがぁぁぁぁぁぁ!!」

「!?」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「キャーーーーッ!!」


 あー。

 やっぱりそうなったか。

 そうなるんだよなー。


 ズタズタに破裂した消化器系の修復には、ある種の特別な回腹痛が発生する。

 それに伴う、激しい蠕動ぜんどう運動も。

 を予め履かせておくというのも有効なのだが。

 その助言も「おまかせパック」のうちだから、俺に説明の義務はない。


 自分以外女だらけのパーティーを作り、回復魔法という重要ポジを独占することで、彼女たちをコントロールしていたと思しき今回の顧客。

 彼女たちは糞を垂れ流す彼の姿を見て幻滅するだろうか。

 いや大丈夫だろう。大丈夫じゃないかな。

 そこにちゃんとした愛があるのなら。

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