私には関係ない

 結局、購買に立ち寄った時にはもうめぼしいものは一つも売っておらず、仕方がないので教室に戻って机に突っ伏し、以降全ての時間を寝て過ごした。

 因みに、件の三人組についてのその後は知らない。なぜならずっと机に額を押し付けていたので、他の奴らがどう過ごしているかなんていうのは全く気にしていなかったからだ。

 そういえば端花が何かモゴモゴ言っていた気もするが、既に記憶にない。というかマトモに聞いていなかった。寝ていて記憶の中に入り込む余地からして存在しなかったので当然の話である。

 そして案の定、活動せざるを得ない放課後。

「……なに?」

 視線を向けずにそう問うと、帰宅準備を終えるや否や此方を見てニマニマと笑っていた端花が口を開いた。

「むふ、女子トイレ破壊事件について詳しくお聞かせ願えますかナ!!!?」

「うるっさ……。授業終わりの休み時間にめちゃくちゃ喋りかけてきてた気がしたけど、やっぱそんなしょうもないことか」

「どぉ〜こがしょ〜もないことなんですかネぇ!? 普通の女子高生はトイレのノブをぶっ壊して天井にヒビ入れたりしないんですヨ!! ウチの悪質ギャル三人組も、一人は保健室、一人は早退、一人は終始ビクついてましたし。貴方が女子トイレに連れ込まれていくのを目撃した証言が多数確認されているんですから!! なにか弁明は?」

「なし。保健室送りも早退もビビりちゃんもトイレ破壊もぜんぶ私」

「ほらやっぱり! 普段からあの三人にめちゃくちゃイラついてるのバレてたんですからネ!!」

 何だその「いつかやると思ってた」みたいな感じの言い草は。私はただ平和な学生生活の土台を築くため、なけなしの勇気を振り絞ってクラスのいじめっ子に果敢にも立ち向かい、粉骨砕身の思いで理不尽な暴力行為に訴……………………間違えた、理不尽な暴力行為にささやかな反抗の意を示しただけだというのに。

「あんなの足技ある武術の経験者なら誰でもできるわよ、ただ思いっきり蹴っ飛ばしただけだし。そもそもノブ自体も緩かったっつの」

「え、そういうものなんです?」

「そういうものなんです」

 知らんけど。そもそも武術なんかやったことないし。

 まあ『力』の解放中に於ける身体能力を利用した超強引な『見様見真似』ならできるのだが、それも所詮はあの男の技を形だけ真似たに過ぎない武術もどきだ。「武術を嗜んでる」とは言えるはずもない。

 ……まあ、はずもないとか言いつつ、つい今しがた武術やってる奴ならとか思いっきり大嘘コいた奴が此処にいるわけだが。

「……ところで気になってたんだけど、あんた、よく私とツルんでて平気ね。ああいうのから攻撃とかされなかったの?」

「おお、心配してくれるとは! 感涙で滝行も可!」

「あんたの目ん玉が頭頂部に付いてるっていうならできるでしょうね」

 この端花とかいうオタク女の語彙は理解が難しい。常に冗談めかして喋るので、一体何処から何処までが真面目な話なのか。

「因みに真面目な話をしますと、ほら、わたくしってば畏れ多くもこの変身ヒロイン界隈に於いて『公式』として取り扱われるヒロインランキングの編集者でありますのでね。迂闊に危害が加えられようものなら学園長殿による鉄拳制裁がか弱い女子高生を襲う! 的なアレになりますので」

「(ああ、真面目な話する時は真面目な話って自分で前振りするんだ……)」

 そこが気になって節々聞いていなかったのだが、まあ要するに、この街に於いて重要な存在である変身ヒロインと無関係ではない人間を一般人が迂闊に害すること、それについては学園長であるあのピンク頭が特に厳しく律しているという事のようだ。

 そもそもの話、この街に根ざす変身ヒロインという謎の存在。これを街の中限定とは言え公的にシステムとして機能させているのが、この学校の学園長こと藤郷 透。何者かは知らないが、本人の説明曰く、先達せんだつとして色々な方面のコネを使って変身ヒロインをサポートする立場らしい。

 ……いや、ちょっと待て。冷静に考えてみろ。先達……?

「…………そもそもあのピンク頭、何者?」

「え、うそ、知らなかったんですかネ!? って、ああ、そうか……桜夜氏は外からの人間でしたネ。では説明いたしましょう!」

 説明は結構なのだが、その左手の教鞭は一体どこから取り出したのだ。左利きなのも今知ったし。

「藤郷 透……彼女はかつて、最強の変身ヒロインと呼ばれた生けるレジェンドなのですヨ。『魔法少女マジカル・ラヴィリア』、それが昔のあの人の活動名ヒロインネームですナ」

「へえ、最強。強かったんだ?」

「それはもう凄かったとか。しかしわたくし達が産まれるより前、どうやらとんでもない力を持った悪の魔人との戦いを経て魔法少女として戦うことができない身体になってしまったとのことで、現役を引退して後進の育成に注力することになったんだとか」

「あ、じゃあ見た目より相当ババアってこと?」

「ババアとは失礼な! 現在の変身ヒロインをランキングに組み込み彼女らに報酬を与えることで悪性存在を徹底的に潰して被害を抑えるシステムを生み出した偉大なお方ですゾ! というかアレ、本人の意思ではなく、最後の力を行使した際に魔法少女としての外見ガワがそのまま肉体に焼き付いて取れなくなってしまったとかそういう話らしいので、ひとの外見的特徴を嗤うのは感心しませんナ」

「え、あ、はい……なんかごめん……」

 思わず謝ってしまった。どうやら真面目な話だったらしい。いや真面目な話なら前振りをしてくれ……。

「にしても、へぇ……元最強の魔法少女か。只者じゃないなとは思ってたけど、道理で。でもこの学校に張り巡らされてる謎のパワーは? もう魔法少女じゃないんでしょ?」

「言い方がよくありませんでしたナ。厳密には力そのものが消失したのではなく、迂闊に使えない半暴走状態のような感じのようですゾ。要は力を正しく運用する為の回路がイカレてしまった的な。以前にわたくしめも疑問に思って訊いてみたのでありますが、結界の下地は既に作ってあったらしく、力を流し込むだけで機能する結界という都合で繊細な操作は必要ないとのことで」

「ハ、蛇口がぶっ壊れても排水溝に流し込めば水は正しく流れるってそういう話ね」

「なんだかあんまり好ましくない表現の仕方でありますが……まあそういうことですナ」

 諸々に納得したところで、ふと、端花は神妙な面持ちで再び此方に視線を向けた。

「というような他愛の無い話をするのが所謂いわゆるところの級友というやつなのですが……どうですかナ? わたくしめ、桜夜氏の友達になれているでありましょうか」

「…………」

 あくまで断定口調ではないところに、彼女の並外れた人間としての優しさが滲み出ていることは言うまでもないだろう。

 端花 莉々子は途轍もなく優しい人間だ。入学からほぼ二ヶ月ほどで既に確固たるコミュニティを形成し、十分すぎる数の友人と平穏な日常を手に入れながら、私のようなハグレモノにも手を差し伸べ、しかし友情の押し売りはしない適切な距離感を維持してくれつつも、「自分はいつでもあなたと友達になる準備はできている」というスタンスで懐を開いてくれる。

 ────だが、それに甘えていいのは、あくまで私がコミュニケーション障害を患っているだけの普通の人間だった場合の話だ。

 しばらくの沈黙ののち、私は小さな溜息と共に腰を上げる。

「あんたを友達と思ったことはないし、思うこともない。……今までも、そしてこれからも」

「そうですか、それは残念であります。……ではまた明日! ごきげんよう!!」

 そう言い、端花はいつも通りのクソデカボイスを張り上げて教室を去っていった。

 これから、端花は部活の為に部室へと向かい、そして趣味の合う気の知れた仲間達と、他愛もない談笑をしながら部活動に勤しむのだろう。

 それはきっと間違いなく、何にも変え難い尊く儚い青春の1ページであり、決して些末な雑事に妨げられていいようなものではない。

「…………あんたの青春じんせいに、私は余分だ」

 だから、いま己の周りにある掛け替えのないいつも通りの日常を、彼女はただ愛しく抱き締めているべきだ。

 ────こんないつ消えてしまうかもわからないバケモノとの友情など、その尊い青春の一秒に比べれば、ドブほどの価値も無いのだから。




「弟子にしてください!!!!」

「…………」

 チーズハムサンドを咀嚼する口が止まる。

 件のトイレ破壊事件の翌日、昼休み。購買から帰ってきて自分の席で食事を始めるや否や、やたら可愛い顔面とウェーブの掛かった栗色の長髪が特徴的な女が教室に乗り込んで来ると同時、私の真隣に現れて頭を下げてきたというのが現時点における状況である。意味がわかりません。説明終了。

「えっと、執骸さん、で合ってるよね……? わたし、羽羽羽はうわ ゆうっていうんだ。よろしくね」

「How are you?」

「うっ、名前のことは気にしてるからあんまり言わないで……」

 まあ確かに変わった名前なのだろうが、どうせ私のことだから見知らぬ人間の名前などすぐに忘れてしまうので、手元のサンドイッチと共に机にさて置き、眼前の美少女の口から出た謎の発言の意図を問い質すことにする。

 まあ、問わずともどうせ端花と同じくトイレを破壊した件についてだろうが、既に言ってある通り、アレは武術を使った足技でもなんでもなく、常人と比較して常軌を逸した肉体強度と身体能力を用いて強引に破壊しただけである。なので技を教えてくれとか言われても困るだけなのはわかりきっているわけだが。

「んでなに、弟子って」

「昨日のことだよ! すごかった〜! あの三人、恐くて何かされてもみんな黙ってるしかなかったから。自分の言葉で喋れよって、アレに感動しちゃったの。わたしも言いたいことが言える人間になりたいの!」

「…………待て」

 おかしい。確かに噂が広まることは覚悟していたが、それはあくまでトイレのノブをぶっ壊し、天井に亀裂を入れ、害悪ギャル三人をぶっ飛ばした(厳密にはぶっ飛ばしたのは一人)という話についてだろう。

 別に信用などしているわけではないが、喋った内容をあの二人とギャル三人組が言いふらしたとは考えにくい。あの場にいたのは上記の五人と私だけでトイレの外には誰もいなかった。この女、喋ってる内容が不審すぎる。

「あんた、なんで喋った内容知ってるわけ? それもまるで聴いてたみたいな口ぶりだし」

「……あれ……もしかしてわたし、気付かれてなかった……?」

「……???」

 冷静にあの場の状況を思い出す。

 想像してみてほしい。出入口から入り、右の壁沿いに個室トイレが奥へ向かって三つ、そして左の壁沿いに洗面器があるという、若干の奥行きはあるが、普通の女子トイレ然としたシンプルな構造だ。

 状況は、三人に連れられ、私を含めた四人で一番奥の壁へ。そこから出入口へ素通りしようとしてギャル一名に制止させられ、私は奥の壁から出入口側を見ているわけなので、左脚を振り上げて左手側にあった、位置的にはトイレの最奥にある個室トイレの金属ノブを蹴り上げたことになる。

 ……と、ここまで思考したところで違和感が一つ。

 近頃設置されているトイレの金属ノブはスライド式のもので、この手のノブが付いているトイレはほぼ例外なく内開きのドア……要は外から開けた場合、ドア、つまりそこに伴う金属ノブは個室内へ入ることになる。簡潔に言えば、その状態では私どころか身長170cm台の人間の脚ですらも脚を軽く振り上げた程度では届かない位置にノブが存在することになり、私がノブを蹴るには必然的に。つまり────

「…………あんた、まさかあの最中、ずっとトイレん中で踏ん張ってたってこと……!?」

「あの状況で、あ、すみません〜そこで喧嘩されると出られないんですけど〜なんて言って存在をアピールできる余地なんて無かったと思うんだけどなぁ!! 終いにはドアノブ破壊されたせいで獅子堂先輩に助けて貰うまで出られなくなったんだからね!?」

「あちゃあ。災難だったわね。オツカレ」

「当事者だよねぇ!?」

 そんなこと言われてもというのが正直な話なのだが、この少女にすれば私は加害者側なのはまあ間違いなく、自覚と申し訳なさが無いこともないので、一先ずここはブー垂れるのを我慢して先程の話題について切り出すことにした。

「そんで?」

「……わたし、執骸さんみたいにズバッとモノを言えるようになりたいんだ。ちょっと正直で誠実なくらいじゃダメなの。誰にでも、臆することなく自分の気持ちを言える、そんな人間に」

「……ふーん」

 興味無さげに軽く応答してみたは良いが、まあ実際、本当に興味は無い。なんなら正直、話を聞いているこの時間も大して意味が無いとすら思っている。理由は単純だ。

「じゃあ素手でこの街の不良グループ全員ボコボコにして壊滅させられるようになったらまた声掛けて。無理だと思うけど」

「ええ!? う、腕っ節は関係ないんじゃ」

「ある」

 食い気味に言い、私は椅子にふんぞり返りながら、ただ事実だけを告げる。

「当然でしょ。何一つ誰も気遣わない言葉が吐けるのは『何も失わない自信がある人間』か『何を失っても構わない人間』かの二択。まあ後者に関しては厳密には前者の自信のある人間の一部でもあるからなんとも言えないけど、とにかく、私は言葉を言葉じゃなくて『弾丸』だと思って吐いてる。……弾を撃って良いのは、撃ち返されてもいい人間だけ。私はその点、撃ち返されてもいいし、返されたところで痛くも痒くもないから。それが言葉だろうが、例え恨み辛みから放たれる

「……ほ、本物って……冗談でも怖いよ、執骸さん……」

「……冗談ね」

 此方の言葉に僅かに身を竦ませるなんちゃら優とかいう名の少女の様子を見て、私は徐ろに自らのペンケースからカッターナイフを取り出し、キチキチとその鈍色の刃を露出させる。

「…………な、なにするの…………?」

「こうすんの。危ないから離れた方がいいよ」

 瞬間、私は右手に逆手持ちの状態で持っているそれを、机に置いた自身の左の掌目掛けて思い切り振り下ろした。

「なっっっちょ!!!?」

 奇っ怪な声を上げて制止するなんちゃら優。しかし当然ながらそんなものは時既に遅く、振り下ろしたカッターナイフが私の手に触れると同時、カッターの刃は無惨にも折れ線部分でへし折れて吹き飛び、私の左側面にある窓下の壁に当たって床に落ちては物悲しい金属音を奏でた。

「……ぇ……」

 戦慄する少女、そしてデカい声と妙な金属音に反応して此方を見遣る教室内の有象無象。

「……見んな。ウザい。散れ」

 それだけ言うと、教室内の生徒は即座に視線を此方から外し、各々の日常へと帰還していった。話が早くて本当に助かる。

 一先ず、私はカッターをペンケースの中へしまってから地面に落ちた刃を拾い上げ、再び口を開いたままの少女へ視線を遣る。

「私が好き勝手言った結果、私に何が起ころうと責任は全て私のものだし、私は自分が何をされたところで何一つ損害を受けないっていう確固たる自信という名の精神的な土台があるからこういう言動ができるだけ。それに起因するのは間違いなく、物理的な報復を受ける心配をする必要が無いこのバケモノとしての肉体ありきだ。そもそもあんた、誰に何を言いたいワケ?」

 そう問うと、なんちゃらちゃんは俯きながら小さく言を発した。

「……親、に……わたしの話を、ちゃんと聞いてほしくて……」

「あっそ。じゃああんたが、例えばその親にお気持ち表明するとして……どうせあんた、その思いを告げた先にある、何処か何かしらが明るくなった未来を想像したから私に声掛けたんでしょ。なら私に精神論を訊くのはお門違い」

 拾い上げたカッターの刃を右手の指先で摘み、グニグニと弄ぶようにその鉄くずを丸めながら、私はそのまま言葉を続けた。

「私が他人を容赦なく貶せるのは私自身を救ったり守ったりする思考が無いから。あんたは胸に抱えたソレを言うことで自分の現状を変えたいんだろうけど、ならそこに必要とされるのは、自分が何を失っても構わない前提の言動をする力なんかじゃなく、己に最も最適な言葉をちゃんと相手に伝えられる力だ。諦観と傲慢さじゃなく、自信と知性と勇気。悪いけど私にそんなものは無いし、この場にいるのが私じゃなかろうが、そんなものを他人に即興で教えられる人間なんていないから。そもそも私の知ったことじゃないし」

 そうして私は机上のサンドイッチを左手に掴んで再び口に頬張りつつ席を立ち、既に豆粒度のサイズの角張った鉄くずとなった元カッター刃をゴミ箱へ投げ入れながら、立ち尽くすその少女を捨て置いて教室を出た。

 そして廊下を歩いて数秒後、パタパタと小走りで後ろについてきた足音が一つ。廊下の外でスタンバっていた端花だろう。

「むふ〜、珍しい組み合わせでしたナ! まさか鳳錠学園一年生トップの成績優秀者と学園最凶の不良の組み合わせ! 滾る……!!」

「(何がだよ……)」

 胸中で思いつつ言葉にはしなかった。何かアレだ、オタク特有の何かしらの話だろう。私の知らない世界の話だ。

「にしても誰だか知らないのにペラペラ喋りすぎたな。誰だよあの女。カモン鳳錠のデータベース」

「オーケー! 彼女は羽羽羽 優、鳳錠学園の今年の入学試験に於いてトップの成績を叩き出した秀才であり、この神成町に本拠地を構えるスカイリーチグループのご令嬢でありますナ。社長の一人娘というやつです」

「理解。ダルいから二度と関わらないようにしよ」

「まーまーそう簡単に切り捨てることもなかろうでしょう、執骸 桜夜殿よ。深く関わってみれば、もしかしたら存外面白いことが起きるかもしれませぬぞ?」

 珍しく食ってかかる端花の態度に違和感を覚えたので、特に興味があるわけでもないが取り敢えず違和感の正体を問い質してみる。

「なに、なんか思惑でもあるワケ?」

「学園長から桜夜氏をけしかけて羽羽羽氏を助けてあげてほしいと頼まれたなんてことは口が裂けても言えませぬナ! ガハハ!!」

「二度と喋んな口裂け女が」

 やっぱりあの女かよと納得。自分の口で直接喋ることもできないのかあのピンク頭は。

「ところでこれからどちらへ?」

「教室の居心地悪いから便所飯。ついてきたらぶっ飛ばす」

「り!」

 一先ず端花を帰らせ、校則違反の路上飲食をしながら軽く思考する。

「(にしても、『仕事』の話しかしてこないアレが私をわざわざ駆り出す魂胆が見えない。あの女が何かしらの害悪で、それを消したいって話ならそう言うだろうし……って言っても、私の『眼』には何も映らなかったし、どこからどう見ても正真正銘普通の一般人にしか見えなかったから、消せとか言われてもお断りなんだけど)」

 問題はそこだ。あのピンク頭は何かしら私に依頼する時、基本的に具体性のある話しかしない。どこどこに出るこんなバケモノが暴れてて、他の奴じゃ手がつけられないだろうから消してくれだとか、そういう感じのやつだ。

 しかし、今回に関しては「助けてくれ」ときたものだ。何をどこまでどうすれば助けたことになるのかも不明だし、そもそもそれをする意味も不明。何かに襲われたりする危険性があるならそれから守ってくれとそう言うだろうし、どうにも私……イラ・カラミティアが出張る必要性のある要素がパッと頭に浮かんでこないのである。

 とはいえ、あのピンク頭の胡散臭さ加減は出会った時からなので、或いは気にするだけ無駄なのかもしれないが。

「(……一先ず、探りだけでも入れてみるか)」

 そうして私は、廊下をブラついている間に食べ終えたサンドイッチの包み紙を丸めてトイレ前のゴミ箱へと放り込み、窓の外の景色に爛々と煌めく太陽を、その細めた瞳でめつけたのだった。

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執骸 桜夜は諂わない -神成町変身少女怪異譚- ぎるちぃ @Guilme-baby666

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