第41話 何だか表現出来ない気持ち

 3人は水族館の入り口でチケットを渡して館内に入った。休日だけあって、中には結構な数の人で溢れている。カップルもいれば、親子連れもいる。そして中は薄暗く、涼しい空気で満ちていた。


「わぁ~、お魚さんがいっぱいいるぅ~」

 夏子は目をキラキラさせて周りを見渡している。水族館は良く知っているような口ぶりだったが、何だ、やっぱり行き慣れてないじゃないか。そして安藤さんも、ほぼ初めての水族館に興味津々だった。二人は水槽の中を覗き込むようにして見ていたり、珍しい魚を見つけて、はしゃいだりしていた。そんな二人の様子を微笑ましく見ている冬馬だったが、やっぱり自分も魚をじっくりと見ているのであった。ありふれた魚でも、優雅に泳ぐ姿を見るのは、また新鮮な気持ちだと感じていた。


「冬馬くん、あっちの水槽に行こうよ」

 そんな中、夏子は冬馬の手を引いて歩き出した。そんな様子を見た安藤さんは羨ましそうに二人を見ていた。

(いいな~。別れた彼氏とは、あんな風にはならなかったからなぁ)


 暫くして3人は大きな水槽の前に来ていた。そこには様々な種類の魚が泳いでいた。撮影には絶好のスポットで、撮影禁止の場所でもないみたいだった。

「ここで石塚さんに見せる写真撮ろうか。多分、ここなら撮影大丈夫だと思うから。夏子、スマホ渡すから撮ってよ」

「あいよ~、夏子さんに任せなさい!」

 夏子は冬馬からスマホを受け取ると、水槽をバックに並んでいる、冬馬と安藤さんの写真を撮ってあげた。水槽も綺麗に写っているし、こんな感じでいいんじゃないかな。


「これでOKだね」

「ありがと、後で夏子にも送るよ」

「ありがと、冬馬くん」

 安藤さんは二人の様子を見て、やっぱり羨ましくも感じていた。別れた彼氏とは、こんな親しげな事もしてなかったからだろうか。自然にこんな行動が出来る二人が羨ましく思ったのかもしれなかった。


「ほら、美里ちゃんもこっちに来なよ~♡」

 夏子に呼ばれて安藤さんはハッとしたように動き出した。そして3人で並んで自撮りをした。初めての3人の写真。


(何だ、結構笑えているじゃん)

 

 どうしてだろうか?不思議と嫉妬のようなものは感じられない。あの二人を見ていると楽しく感じるし、魅力に惹かれていくような気がしている。そんな表現の出来ない感情になっている安藤さんであった。


「じゃあ、次に行こうか」

 冬馬と夏子は安藤さんの手を引いて次の水槽に向かった。二人に引っ張られる形でついていく。それが何だか心地よく感じている。



「ここは……、クラゲの水槽?」

 冬馬が目を見張ったのは、一面に泳ぐ大量のクラゲの水槽だった。これだけの量のクラゲを展示する水族館は珍しいと思う。

「………」

 冬馬は、我を忘れてじっとクラゲの動きを見ている。水の中を優雅に泳ぐクラゲの姿に魅了されるとは、冬馬自身、全く思っていなかった。何だか心を癒される感じがして、うん、いつまでもじっと見ていたい。冬馬はそう思っていた。


「冬馬くん……?」

 夏子はクラゲをじっと見ている冬馬の姿を眺めている。

(冬馬くん、そんな表情もするんだ?)

 よく考えたら、まともに遊びに行くデートもした事がなかったんだっけ。まだ見ていない冬馬の表情は沢山あるはずだ。今、新たな表情を見る事が出来た。もっとデートを重ねれば、それだけ色々な表情を見れるだろうな。出来れば、怒った表情や悲しい表情は見たくはないけれども。


 じっとクラゲを観察している冬馬の背後に、安藤さんはそっと近づいてみた。冬馬は安藤さんに気が付かぬまま、クラゲを眺めている。夏子も、そんな冬馬の横顔を見ながら一緒に近づいていった。それでも冬馬は二人に気づかず、クラゲに夢中になっている。


「おーい、冬馬くん!」

 夏子が耳元で呼ぶと冬馬はビクンとした。ここまで近づいていたのに、冬馬は全く気がついていなかった。そして慌てて返事をした。

「あ、ごめんごめん。つい夢中になっちゃったよ」

「クラゲ、ずっと見ていたけれど、そんなに面白いかな?」

 夏子は興味深そうに聞いていた。冬馬は慌てて答えた。

「そうなんだよ、なんだかすごく綺麗でさ……」

 安藤さんはそんな二人を見ていて思う事があった。


(何だろう……二人ともお似合いだし……。でも、夏子さんとも仲良くしたいなぁ。本当、この気持ち、どう表現したらいいんだろう?)

「あ、あのぉ……」

「ん?何?」

「……いえ、何でもないです」

 安藤さんはそれ以上何も言わなかった。冬馬と夏子の仲の良い所に、自分も加わりたいなんて、どう言ったらいいのかなんて、わかるわけでもないのだから。

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