第40話 想定外のトラブル

「ねぇ、こっちじゃない?」

「こっちじゃないよ。もう何が何だか」

「北野さんは兎も角、夏子さんまで方向音痴とは思いませんでした」

 本当にまさかの展開になっていた。まさか迷子になろうとは誰が予想したのだろうか。


 水族館の場所は都内にあった。JR線に関しては特に問題はなかった。安藤さんも時たま新宿や渋谷に買い物には行っているので慣れてはいる。

 問題は地下鉄だった。東京メトロや都営線は、普段使う事がない。それに加えて、色々な線が入り組んでいるので、初めての人にとっては非常にわかりにくい。何処から乗っていいのかまるでわからず、3人は色々な所を歩き回っていた。折角、早い時間から楽しもうと思っていたのに、ずいぶんと余分な時間がかかってしまった。


「う~ん、迂闊だった。もっとしっかり確認しておくべきだったなぁ」

 冬馬は下準備は万全と思っていただけに、まさかこんな落とし穴があるとは予想していなかった。

「起きてしまったことは仕方ないし。気を取り直していきましょ」

 夏子は相変わらずのマイペースだ。まぁこれが夏子の魅力でもあるけどね。

「もう北野さんったら。しっかり案内してくださいよ~」

「じゃあ、美里ちゃんが案内して」

 夏子が美里に向かってニッコリ笑いながら頼んだが、何故か美里の顔が少しこわばっていた。


「あの~、案内って、あまり得意じゃないんですよ。いつもはスマホで地図検索しているし。地下鉄って入り組んでいて、わかりづらいんですよね……」

 夏子はしまった、という顔をした。安藤さんが少し気まずそうな表情をしたのに冬馬は気付いた。でもいつまでもここに居るわけにはいかないしと思いなおし、3人で案内表示を見ながら出口を探すことにした。

 ……、でも結局、三人寄れば文殊の知恵にはならず、二度ある事は三度あったわけだ。再び迷ってわからなくなって、どうしようもなくなった挙句、最後には駅員さんに聞いて教えてもらい、無事解決。こんな事なら、恥ずかしがらずに最初から聞けばよかったのにと後悔。無駄に疲れたものの、3人はようやく目的地にたどり着いたのだった。まさか水族館を楽しむ前にへとへとになろうとは。


「なんか無駄に時間かかった気がするなぁ。でも折角だから楽しみたいね」

 夏子はちょっと拗ねているように思えた。まぁ仕方ない事かな。

「そうですね、楽しみましょー!」

 そして安藤さんは空元気だった。う~ん、どうやってご機嫌とろうかな?

「今日は俺が二人を楽しませてやるよ」

 冬馬は大袈裟な言い方をしたが、それが彼なりの慰めである事は二人ともわかっていた。


「ま、何とか到着したから、たのしもー、おー!」

 沈みかけた気持ちを払拭するため、夏子は声をかける。でも他の二人の反応はイマイチだった。

「夏子、空回りしてるぞ…」

 冬馬はボソッと呟いた。

「何よ、冬馬くんのイケズ~」

「仲いいですよね、二人とも」

 安藤さんは、どうしたらいいのかわからず、一人取り残されている感じだった。どうするよ、この空気……。


「まぁいいや。早く入ろう、水族館に」

 夏子は安藤さんの腕を掴んで引っ張った。ずいぶん強引な事だ。

「ちょ、ちょっと待って……」


 冬馬は1枚足りない分のチケットを購入した。冬馬は水族館なんて殆ど行った記憶もないくらいだからわからなかったけれど、水族館の入場料って、結構いい値段するんだなって感じていた。まぁ水槽の維持費とかも大変そうだし、それは仕方ないかと。

「でも年間チケットって、3回行けば元を取れるくらいなのね。お得じゃないの?」

 夏子は料金表を見て思った事を口にした。うん、確かにそうだな。1回の入場料は高いかもしれないけれど、年間チケットは意外とお手頃なくらいの値段設定だ。もしここが気に入ったらのなら、買ってみるのもいいかもしれない。それは見終わったら考えればいいか。


「あ……あのぉ……」

 安藤さんは何か言いたげな顔をしていた。一体、どうしたんだろう?

「ん?どうしたの?」

「あのですね……。私、水族館は初めてで……。そのぉ……」

 安藤はモジモジしていた。どうやら緊張してるようだ。

「そっかぁ~じゃあ最初は私が案内してあげるね♡」

 夏子は嬉しそうに答えたが、夏子って水族館に詳しかったっけ?いや、水族館に詳しいって話は聞いていないが。

「ありがとうございます。しっかりエスコートしてくださいね♡」

 安藤さんは夏子の腕にしがみついた。まるで仲のいい姉妹のようだ。何とも微笑ましい光景だ。

「あのぉ、俺の立場は……」

 冬馬の男のメンツは丸つぶれだった。少しは頼りにしてもらいたいものなのだが。何だか悲しい……。

「冬馬くんは荷物持ちね♡さぁ、行くよ」

 夏子は安藤さんと一緒に先に行ってしまった。そして一人取り残された冬馬は、寂しいというか、何とも言えない気持ちになっていた。

(まぁ、いいか……)

 二人は楽しそうに歩いているし、気にしなくてもいいだろうと思い直した。トラブルはあったけれど、今日はみんなで楽しめればいいなと。

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