第32話 夏子とのホットライン

 もやもやとした部分、少し晴れてきたかな、解決への道筋が多少なりとも見えてきた感じだ。とはいえ、まだ解決のきっかけを掴んだに過ぎない。やらなければならない事は、夏子とじっくりと話し合う事。しかしながら、夏子の両親が冬馬の事についてまだ疑問的な感じである以上、外で夏子と会うのには気が引けていた。ましてや自分の部屋に連れ込む事など……。

 という事で、暫くの間は、電話と〇インを併用しながらのやり取りになりそうだ。今の世の中なら、オンラインでのやり取りも可能だろうが、夏子が「すっぴんの顔を見られるのは嫌」と言い張るので、このような形となった。「だったら化粧すればいいじゃないか」と冬馬が言ってみたが、夏子いわく「化粧落とすのも面倒だから嫌」だそうだ。う~ん、その辺りは男にはわかりづらいなと。


「もしもし、夏子、今大丈夫か?」

「もしもし、冬馬くん、OK牧場だよ」

「夏子、あんた幾つだよ……」

 夏子は自分よりも若いのに、時々、どこから聞いたんだ?というような事を言ってくる。まぁ、それも大抵の事がわかる冬馬も大概なんだけれども。


「わたしと冬馬くんの将来の事についてなんだよね?どういった事を決めていったらいいの?」

「具体的にいつ子供をつくって何人欲しいかとか、そこまでの事は必要ないかな。二人で生活するのに、夏子も働いて共働きで頑張るとか、それとも専業主婦で家庭を守るのかとか。自分の希望だけじゃなくて、夏子の希望も聞いてどんな生活を送りたいか、そういった事でいいんじゃないかって事だ。要するに、夏子との事は遊びじゃなく、真剣に付き合っているっていう事が伝わればいいんじゃないかって」

「成程、成程。で、冬馬くんが連れてもらったスナックのママって美人だった?」

「いや、今それ気にする?そりゃあ美人だったよ。ン十年前はね」

「じゃあ浮気の心配はなさそうね。まずは一安心かな。あ、冬馬くんは年増の方が好きって事、ないよね?」

「夏子は誰と張り合っているんだ?」

 こんな調子だから、まぁ話し合いは進まない。すぐに終わるかと思っていたけど、もう暫くの時間、かかりそうだ。先が思いやられるなぁ。


「それはそうと、もし二人で暮らすとなったら、冬馬くんの稼ぎだけじゃ、ゲルピン街道まっしぐらだね。やっぱり共働きしないとね」

「なぁ夏子、夏子のその語彙はどっから来てるんだ?なんてもうの世界ものだよ」

 因みに冬馬も若いけれどという言葉は知っている。もっとも、よく行く中古レコード屋の店主が教えてくれたドマイナーな曲のタイトルからだったのだが。


「それは置いといて、真面目な話、冬馬くんが一生懸命働いても、二人で暮らすには厳しいと思う。今はよくても、もし子供が出来たら、本当に大変になると思うよ。わたしは出来るだけ協力するけど、それだけじゃ解決しない問題も色々あるし……」

「そういえばスナックのママも言っていたなぁ。先の事はしっかり見ていないと後は大変なんだと。行き当たりばったりだけはやめた方がいいってね」

「何十年もお客の話を聞いてきたんだよね。ママがどんな話をしたか興味あるなぁ」

「そうだなぁ、色々話していたけど、もし子供を授かるつもりがあるなら、子供の事も見据えていかないと途中で頓挫すると。だから出来るだけ時間をかけて、じっくりと夫婦で話し合う必要があるんじゃないかと」

「成程、成程。流石、いい事を言うねぇ。具体的に何か言ってたの?」

「う~ん、例えば、どこで生活していくかという事も、色々見ていかないとダメな部分があるという事かなぁ。子供の教育方針によっても変わってくるしね。自然が沢山ある所で育てたいのか、勉強を重視して、塾とかが沢山ある都会に近い所にするのか。それと育児休暇とかしっかりとれるのかとか、幼稚園や保育園に子供を預けられるような環境なのかとか、アドバイスしてくれたなぁ。まだ自分達には早い事だけど、そんな事、考えた事も無かったからなぁ。参考になったよ」

「ふ~ん、随分とママの事、信用しているみたいだねぇ。本当に何もないの?」

「だから夏子は、誰と張り合っているんだよ。若くて可愛い女の子とかじゃないから。何もないから」

「ムキになるのって、怪し~」

 結局、三歩進んで二歩下がっている。話がまとまるか、こっちの方が怪しくなってきたんじゃないかと。


「これじゃいつまでたっても話が終わらないから続けるよ」

「わかった。続きお願い」

 意味もない様な雑談も終わって、ようやく本題に戻った。

「子育てについてのアドバイスの続きだけど、やっぱり自分の親が駆け付けられるぐらいの距離にいる方が安心感があるって言ってたなぁ。色々なお客さんの話を聞いてみた結果というけど、突然のトラブルでも頼りになるのは実の親っていう意見、多かったみたい。まぁ孫が可愛いと思わない親なんていないだろうし、本音はずっとそばにいて可愛がってやりたいと思うんだろうな」

「そうよね。親とのコミュニケーションも大事だよね」

「自分トコはそれが駄目だからね。だからこそ夏子の両親とは仲良くしていきたいんだ。夏子のお父さんと仲良くなれるかはわからないけれど、でも夏子との間の事を認めてはもらいたいなと思っている」

「……」

 冬馬の父親は、もう行方知れずだし、母親ともちゃんとした和解はしていない。そんな状況なので、頼りになるのは夏子の両親だ。今度はしっかりと認めてもらいたい。冬馬はそう思っていた。


「夏子、だから今度の日曜日、今度こそ認めてもらおう。よろしく頼むよ」

「わかっている。冬馬くんなら大丈夫。思いをちゃんと伝えようよ」

 寄り道ばかりしていたけど、何とか話はまとまりそうだ。そして日曜日のリベンジを待つ二人だった。




 ○○○○


 今時、ゲルピンなんて言葉は使う事は無いですけれど、夏子はどこで知ったのでしょうね?冬馬に教えてくれた中古レコード屋の店主ですが、例のお店の店主です。まだしっかりとした設定はありませんが。

 因みに店主が教えてくれた曲は、カルトGSの人気曲でもある(勿論、マニアの間だけですが)ムスタングの『ゲルピンロック』。オリジナルシングルは、当然、高額のプレミアが付いていますが、この曲が収録されたオムニバスCDも、滅多に中古には出てこないです。何と言うか、インパクトは抜群の不思議な曲です。


 https://www.youtube.com/watch?v=MpXkiDK0Dbc

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