第33話 決戦は日曜日 ~AGAIN & AGAIN~
再び日曜日の朝を迎えることになった。隣には夏子はいないけれども。今日という大事な日の為に、冬馬はしっかりと睡眠をとるつもりだったが、やはり緊張してなかなか寝つけなかったのだ。だから、しっかり目を覚ますために、いつもの薄めの珈琲ではなく、普段の1.5倍相当の珈琲を使ってアイスコーヒーを作ってみた。元々アイスコーヒー用の濃い目のイタリアンローストを使用しているが、珈琲の量を増やせば、かなり濃い目の味となる。朝食後は、夏子に〇インを送った。すぐに既読が付いたので、夏子もちゃんと起きているようで何よりだ。何て事のないやり取りをした後で、冬馬は寛ぐのだった。約束の時間は夕方なので、それまでの間は、手持ち無沙汰となる。さて、どう過ごそうかなと。
とりあえず、ブログに記事を書いて更新をし、スマホゲームのミッションを一通り熟してもまだ、かなりの時間がある。大体、そういう時は部屋の掃除とかを意味もなくやりたくなるものだ。このところ掃除もサボっていたので、掃除機をかけたりする。洗濯は朝食後に済ませて外干しはしてある。こうなってくると、トイレや風呂場の掃除もやらないといけないような気分になってくる。そんな事をしていたら、いつの間にか昼食の時間になっている。あまり食欲もないので、常備のカップ焼きそばで、簡単に済ますのだった。
出かけるにはまだ早い時間なので、Youtubeを検索してみる。唐突に中古レコード店の店主の言葉を思い出したからだ。
『プログレッシブ・ロックに興味があるなら、クラシックも聴くようにした方がいい。結構、クラシックをライブで演奏したりもしているからね。最初は有名なものから聴いていけばいいよ』
冬馬がよく行く中古レコード店の店主は、結構色々な事を話してくれる。冬馬は何故か気に入られたらしい。まぁ勧められたものは大抵は買うからだろうけれど。そんな店主が教えてくれたのは……、
「毎年、大晦日の23時30分から放送される『東急ジルベスターコンサート』、カウントダウンで演奏され、曲が終わった瞬間に新年を迎える趣向だけど、そこで演奏される曲はいい曲ばかりだから、調べて聴いてみるのもいいんじゃないかな」
冬馬はその後、調べたりしたわけだけど、成程、盛り上がる曲が取り上げられるんだなと感心した。そして昨年の大晦日から今年の元旦にかけて実際に放送を見て、素晴らしい演奏に感激したわけである。そんな演奏を聴いて、士気を高めたいと。
一番のお気に入りは、何度となくジルベスターコンサートで取り上げられている、ラヴェルの『ボレロ』。少しづつ盛り上がって最後のフィナーレを迎えた時に新年となるのは、確かに気持がいいものだ。まぁ、失敗で5秒ほど早く終わった事もあったけれど、演奏自体は素晴らしいものだったと付け加えておく。
それ以外だと、レスピーギの『アッピア街道の松』。交響詩『ローマの松』の曲になるけれど、最後の盛り上がりが圧巻で、演奏に引き込まれるようだった。ドヴォルザークの交響曲第9番『新世界より』第4楽章もCM等でよく聴かれるものだが、やはり気分が高揚する。エルガーの行進曲である『威風堂々』もまた然り。ヴェルディの歌劇『アイーダ』より『凱旋行進曲』も定番であり、盛り上がる曲である。
年明けピッタリに終わるというのは、なかなか難しく、ちょっと早く終わってしまたり、十数秒無理やり引き伸ばしたなんて事もあったりしたり。それらを聴いていただけで結構時間が過ぎてしまい、気が付いたら夕方近く。そろそろ準備して出かけないと遅れてしまう。冬馬はシャワーを浴びたり歯を磨いたり、準備をして出かける用意をする。今回は失敗は許されない。迷いのない言葉を出さないと。
…………………………………………
ピンポーン!
一週間ぶりの南田家の訪問になる。やはりここまで来ると緊張する。とはいえ、ガチガチでは自分が思っている事は伝えられないだろう。伝えたくても伝わらないのでは話にならない。リラックスしないと。出かける前に聴いていた、これもジルベスターコンサートで演奏された事もある、ガーシュインの『ラブソディー・イン・ブルー』のピアノ、そして演奏を頭に浮かべる。少しは落ち着いてきたかな。
「いらっしゃい、どうぞ」
「お邪魔します」
夏子の母親に迎えられて、家の中に案内される。客間には、既に夏子と夏子の父親が待っていた。自分には、夏子の父親からは、近づき難いオーラのようなものがあるように感じられる。でもそれには負けるわけにはいかないと思うのだが、さてどう接しようか。
「冬馬くん、緊張してる?大丈夫?」
心配そうにしている夏子からの一言。でも冬馬は気持ちを落ち着かせてきた。
「ありがとう、大丈夫だよ」
心配している夏子を、冬馬は温かい目で見つめていた。
「まぁ立っているのも何だから、座りなさい」
「失礼します」
冬馬は椅子に座って姿勢を正した。緊張の一瞬である。そして夏子の父親が口を開いた。
「早速だが、先週の宿題の答え、聞かせてもらえるかな」
いよいよこの時が来た。納得のいく話が出来るかはわからないが、自分の思い、伝えてみたい。たとえ
「正直言って、今の時点では、まだ将来の事を明確に決めているわけではありません」
予想外の言葉に、夏子の父の目も丸くなった。まさか何も考えてこなかったのでは?とさえ思えたのだった。しかしながら、続く冬馬の言葉には、自分の信念が込められていた。
「勿論、何も考えていないわけではないです。将来、やりたいと思う事も多々あります。でもそれは自分だけの事であって、まだ夏子さんの意見は、ちゃんと聞けてはいないです。出会ってからまだ日が浅いから、まだしっかり話し合えてもいないですし。だからこれから少しづつでも、夏子さんと話し合っていきたいです。自分の周りの人の意見も聞いていく必要もありますし、どれが正解かは、まだわかりません。だから、このまま見守っていてほしいです。そして何かありましたら指導していただければ……」
冬馬は、正直言って人に自分の事を伝える事が得意ではないし、苦手といった方が早いかもしれない。でもテンプレの回答はしたくなかった。『不格好でもいいから、自分の気持ちを何も包み隠さず伝えてみろ』というのが、上司であるポンタさんからのアドバイスだ。冬馬は確かにそうだと思っていた。だから自分の中にある、正直な思いを形にして伝えてみた。たどたどしく、不格好なものであることは自覚していたが、これが純粋な気持ちの形だった。
「成程。娘に対する君の思い、聞かせてもらった。でも人に頼る事も必要かもしれないけれど、自分自身で考え、行動する事も必要だ。もし突然、夏子に何かあった時に、自分だけで何とか出来る自信はあるのか?」
やはり愛しい娘を大切にしている父親だけの事はある。親としては心配なのだ。何処の馬の骨かわからないようないい加減な男には、娘を預けたくない気持ちはよくわかる気がする。だから自分も誠実でありたいし、それを実行していきたいと思っている。
「そうですね、もしもの時は……、」
「貴方、そのくらいにしておきなさい。北野さんの事、見込みがあって気に入っているって言ってたでしょ?」
突然、口を挟んだのは、意外にも夏子の母親だった。
「若いのに礼儀正しくて真面目で、気遣いもあるのがいいって褒めてたんじゃないの。あんまり虐めちゃダメでしょ」
「いや、心構えを聞きたいと思ってな……」
「北野さんも困っているでしょ?私もこの人も、夏子の相手が北野さんならいいと思っているわよ」
亭主関白の家だとばかり思っていたが、どうやら南田家は女性の方が強いみたいだ。意外な展開で、冬馬も戸惑いをみせていた。
「それじゃあ、夏子とは……」
恐る恐る、冬馬は尋ねてみた。大丈夫だと思うが、はっきりと聞いておきたかったので。
「勿論、大歓迎よ。よかったらいつでもうちに遊びに来てもいいのよ」
冬馬は肩の荷が降りた感じがして、ようやく緊張感から解放された。ずっと
「冬馬くん、よかったぁ~~」
今まで沈黙を守っていた夏子が、ようやく言葉を口にした。数日前の打ち合わせでは、夏子が口を挟むと話が拗れかねないと思い、出来るだけ静かにしてくれと頼んでおいたのだが、それを忠実に守ってくれていた。そんな夏子は、眼に涙を浮かべ、今にも泣きそうな表情だ。
「後、一つだけ聞かせてほしい。夏子を守って大切にしてくれるか?」
夏子の父親からの言葉は、さっきまでの威圧感は感じられず、寧ろ温かみさえ感じられた。
「勿論です。娘さんを悲しませる事はしません。ずっと仲良くしていきたいんです」
「夏子を絶対に悲しませないと誓えるのだな??」
威圧感は無くなったとはいえ、父親のその目はまるで冬馬を試しているかのようだった。だから冬馬は、しっかりと頷いてからこう言ったのだった。
「夏子は、俺にとって何よりも大切な存在です。何があっても彼女の味方でいる覚悟があります。出会ってからの日数こそ短いですが、大切にしたいという気持ちは誰にも負けません。……、だからどうか信じてください!」
そうはっきりと言い切った後、再び頭を下げると……、夏子は涙目になりながら、父親に訴えかけた。
「お父さん、冬馬くんはいつもわたしのために頑張ってくれているんです!彼はわたしの事を大切に想ってくれています。そんな人に私も支えられていて……、だからお父さん、私たちの事、しっかり見守っていてください」
「わかった。夏子との交際を認める代わりに、一つお願いしたい事がある……」
冬馬は緊張しながらもしっかりと聞いていた。そしてそれは冬馬にとっても重要なことであり、絶対に守らなければならない事だろうと感じた。
「君は、生涯を共に暮らすつもりで夏子と交際していくつもりなんだな……??」
そして夏子の父親から思いがけない言葉が返ってきた。それは意外な言葉だった。
「ここ何年もの間、夏子は心を閉ざしてきたように思えていた。でも少し前から笑顔が戻ってきたように感じられた。それでも男に騙されているんじゃないかと思えてきて、言い争いをしてしまった。でも君を見て確信出来た。君になら夏子を任せられそうだ。夏子の事を任せてもいいか?」
そして冬馬は力強く返事をすると、父親はさらに言葉を重ねる。
「ならば、夏子の事を生涯かけて幸せにすると誓ってほしい……それが条件だ」
「もちろんです!絶対に夏子を幸せにしてみせます!」
と即答した冬馬を見た両親は優しく微笑むのであった。それはまるで本当の父親のように見えたのだった。
「冬馬くん、ありがとう……」
夏子は目に涙を浮かべながら冬馬に抱きつくのであった。そしてそれを見ていた両親は優しい笑顔を浮かべていた。
冬馬は改めて思うのだった。絶対にこの家族と幸せになろうと。
しかしながら…、
(よかったぁ。認められたぁ)
冬馬は内心、ほっとした気持ちで一杯だった。もしかしたら、一緒にしていたペアリングが力を与えてくれたかもしれなかった。いつもならこんな台詞なんて言わなかっただろう。
それにしても……、下手したら一生モノの黒歴史になりかねないクサい台詞まで言ったのだ。これでダメと言われたら、永遠に立ち直れなかったかもしれなかった。自分で言った台詞ながら、思い返してみると恥ずかしさで満ち満ちていた。
(まぁ、夏子なら茶化す事しないだろ。多分……)
○○○○
前半部分のハイライトといえる場面、どういう展開にしたらいいか迷ったので難産でした。以前発表した時は、そのまま夏子の両親にあっさり認められる展開でしたが、今回は、一度出直すパターンで書いてみました。本来なら『三顧の礼』の再現も考えていましたが、少々くどくなりそうだったので却下しました。それでも以前のものよりはよくなったと思います。
『東急ジルベスターコンサート』は、クラシックに関しては疎い自分でも楽しめるもので、毎年、大晦日の23時30分から年明けまでは見ていますね。演奏も素人の自分が見ても凄いと思えるものですね。レスピーギの『アッピア街道の松』とか、短いながらも胸を打つような演奏です。そしてドンピシャのフィナーレも素晴らしいです。
https://www.youtube.com/watch?v=jxGF0M_qbzc
そして失敗例としてエルガーの『威風堂々』。10数秒程、尺が余ったので、無理やり引き伸ばしているというものです。管楽器の人は息が続かなくて大変だったと思います。指揮のバッティストーニの表情にも注目です。
https://www.youtube.com/watch?v=wtBzwzOwKyc
そして自分も大好きなラヴェルの『ボレロ』。カウントダウン的には、5秒前に終わって失敗ですが、演奏的には素晴らしいものです。まぁ、『〇だめカンタービレ』で使われたボロボロな『ボレロ』と比べたら……。(ヲイ)
https://www.youtube.com/watch?v=k3cUZc90N4o
そしてタイトルの『AGAIN & AGAIN』は、やはり敬愛するPANTAのアルバム『R☆E☆D』に収録された珠玉のバラードから。これは別れの曲ですが、悲愴な別れではなく、いつかまた会おうという、前向きさを感じさせる曲です。書いているうちに頭に浮かんだ曲で、挿入歌として使いたいぐらいです。
https://www.youtube.com/watch?v=SP6r8PM7roM
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