第7話 ショッピングモールにて

 冬馬と夏子は、ショッピングモールへと向かうため、まずは駅を目指して歩き出した。

 冬馬の住むマンションから最寄りの駅までは、徒歩で10分程度。立地条件としてはなかなかである。駅から近い事、徒歩圏内にスーパーがある事、それでいて近辺は比較的静かだという事で、この地域を選んだのだ。

 更に運がいい事に、冬馬がここに引っ越してから、すぐ近所にコンビニも出来たし、ドラッグストアまで開店している。地域密着型のドラッグストアは、薬が一通り揃っているのが利点だが、まるでスーパーみたいに食料品が揃っているし、それに加えてここは地域の弁当屋が出店していて、やや値段は高いが良質な弁当やおかずも買えたりする。

 冬馬はこの地域の事を非常に気に入っていた。思っていた以上に暮らしやすいのだ。マンションも綺麗で、比較的駅に近いのにもかかわらず家賃の相場も控えめなのもありがたい。いい物件が見つかってよかったと思っている。


 普段なら駅までは原付で向かう冬馬だが、流石に夏子は乗せられないので、徒歩で駅に向かわなければならない。少々億劫だが、まぁ仕方ないだろう。いつものリュックを背負って、冬馬と夏子は駅へと歩き始めた。


「ちょっと、夏子ぉ」

 あろうことか、夏子は躊躇なく冬馬と腕を組んだのだった。当然ながら見た目よりもボリュームがある柔らかい感触のものが、冬馬の腕に感じられる。そして改めて夏子のチョロさを感じられる。いいのかこれって。

「あの、夏子さん、あたっているんだけど……」

「あててんのよ♡」

「まさか生きててリアルにこの台詞を聞けるとは思わなかったよ」

「えへへ~♡」

 夏子は笑顔のままにちろっと舌を出した。可愛すぎるだろ、それは。見ている冬馬の方の顔が赤くなってしまった。


 冬馬と夏子は腕を組んで歩いていたが、静かとはいえ、そこそこに人はいるし、車の往来もある。やっぱり見られているのは恥ずかしいものがある。

「夏子は腕組んでいて恥ずかしくないの?」

「うん、全然♡」

 ……、聞いた自分が馬鹿だった。夏子は充分、陽キャだよ。


 二人は駅に到着し、切符を買ってしばし電車を待った。3駅ほどで目的のショッピングモールへと到着した。土曜日の昼だからか、なかなかの賑わいをみせていた。

「まだ食べる所はどこも混んでそうだから、先に少し買い物しましょう」

 夏子の提案で、買い物を済ませることにした。


 まずは部屋着が欲しいとの事で、スウェットのセットを買う事にした。上下のセットで1,000円程度の安いものだ。お洒落には程遠いが、これでいいのかと思ってしまう。


「夏子、こんなのでいいのか?」

「別にこれを着て外に出るわけじゃないからね。それとももっとお洒落なのを着てほしいと思ってるの?」

「いや、特に拘らないが……」

「冬馬くんが望むんなら、セクシーなベビードールでも着てもいいのよ。それともネグリジェとか。何なら、『シャネルの5番』でも付けようか……」

「付けるならラジオにしてくれ」

 思いもよらぬ返答に、夏子の顔も綻んだ。石頭の堅物と思っていた冬馬だけど、意外と洒落がわかるんだなと。


「次は何を買いたいんだ?」

「ねぇ、下着選んでもらいたいんだけど、一緒に見てもらえない?」

「昨日知り合ったばかりで、いきなり下着選ぶってどうよ」

「私と冬馬くんの仲でしょ。さ、行きましょ♡」

 こんな男を困らせるような事をして、夏子はやっぱり確信犯だな。清楚どころかこれじゃ小悪魔だ。


 普段は通過するような女性の下着売り場へとたどり着いた。白、青、ピンク等、色鮮やかな下着類がところ狭しと展示されており、冬馬にとっては目の毒としかいいようがない。男にとっては場違いという感じがハンパなく感じられた。恥ずかしいと言ったらありゃしない。流石にじっくりと見ているわけにはいかないし、一体どうしたらいいんだよと。


「ねぇ、冬馬くんはどんな感じのものが好き?可愛い系?それともセクシー系?あ、履いてないのがいいっていうのは無しね♡」

「う~ん、別になんでもいいよ」

「だって、冬馬くんが見るわけだし……」


 夏子の顔が赤くなる。そして恥ずかしそうに俯いた。その様子がなんとも可愛らしいと思った。


「こういうのは好み?」

 夏子が持ってきたのは……、黒のレース地の下着だった。定番とはいえ、セクシーさは満点だ。じっくりと見るものじゃないな。

(いきなり刺激が強過ぎるだろ)

「え?ああ、まぁ」

「ふぅん、こういうのが好きなんだ」

 夏子はニヤリと笑って見せた。絶対、わざと困らせているんだ。小悪魔かよ。


「じゃあ、これはどう?」

 次に夏子が持ってきたのは、ピンクでフリルのついた可愛らしいものだった。

(意外と可愛い系のも合うんじゃないの?)

 冬馬は照れているのか、何も言えなかった。


「ふぅん、こういうのも好きってわけね。下着、じっくり見れて満足した?」

 夏子は、ちょっと意地悪モードが入って、ニヤついた顔で言う。冬馬は少しイラッとしたがスルーした。


(でも、やっぱり可愛いなぁ)


 結局、この2つの下着のセットを買って、そそくさと下着売り場を後にした。



「さてと、そろそろフードコートも空いてきたと思うし、昼ご飯にしましょ」

 気が付いたら、下着売り場で結構な時間を過ごしていたわけで。冬馬にとっては公開処刑されているみたいな感じだったが。


(まだ少し混んでいるけど、座る場所はありそうだな)

 お昼の混んでいる時間は過ぎたので多少は人混みは少なくなってきたものの、それでもまだまだ人はいる。二人はまずは席の確保をする。それから何を食べようかと散策するのだった。冬馬は、普段なら牛丼のセットとか、値段の割に唐揚げが山盛りになっている唐揚げ定食とかを注文するのだが、流石に女の子と一緒だとねぇ……。


「夏子は何か食べたいものある?」

「そうねぇ……、ここのホルモン定食なんて美味しそうじゃない?食べてみようよ」

 意外というか何というか、夏子が選んだのは、有名な焼肉チェーンの系列になっている定食屋だ。カルビとかもある中でホルモンを選ぶとは、夏子が酔っぱらいのオヤジに見える。

「やっぱりコリコリしたホルモンっていいよねぇ」

 全然気取った素振りも見せないなんて、夏子は本当に変わっている。でもそんな所がいい所じゃないのかな。冬馬はそう感じたのだった。

 結局、冬馬はハラミ定食を、夏子はホルモン定食をオーダーした。色気もないような食事風景だったが、変に気取る必要が無いので、気は楽だった。

 でも、いいのかこれで?と思う冬馬なのであった。




 ○○○○


 夏子と冬馬のやり取りの『シャネルの5番』の話。これは勿論、マリリン・モンローの有名な記者とのやり取りから。「何を着て寝ている?」という記者の不躾な質問に対しての答えが「シャネルの5番を5滴ほど」というもの。要するに裸で寝ているという事だけれど、とても洒落た言い回しだと感心します。

 そしてその続きという話もありまして、モンローが来日した時に同じ質問をされ、記者はシャネルの5番の回答を期待したのですが、その返事は、「付けるのはラジオだけ」だったといいます。その切り返しの妙は、モンローは実はクレバーだなと感じさせます。そしてそれを上手く使った冬馬と、実はその話を知っていた夏子、やっぱり二人は似た者同士というか、気が合いますね。

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