Actually fiction
島原大知
第零章 「海峡隧道の夜」
海峡隧道のような夜だった。
先の見えない一本道を、暗闇と静寂が支配している世界。
心が孤独感でチーズのように無数の穴が空き、ミルクが乳牛から絞り出され続けるように、底知れない不安感が私を襲い始める。
ふと、恐怖心で目を背けると、湿気でジメジメとした足元を「俺について来い」と言わんばかりに、二本の鉄路が鋭く貫いていた。その先に何があるのか?何が見えるのか?今の私には、とっくにどうでもいいことだった。
しかし、夜はこの暗い一本道を、日中は生臭い迷路を行き来しなくてはならなかった。
このトンネルの上では、紺色と純白で二分された鱗を身に纏った魚と、真っ赤なドレスを纏いVサインしている甲殻類たちが、バラ色の舞踏会を開催しているに違いなかった。海水のようにしょっぱい騒がしさは、トンネルの冷たいコンクリートの壁を通り越し、私の心をより穴だらけにさせ、粉々にするのであった。
この果てしない旅路の中で、自分が意もせずに纏ってしまった責任と名誉、長い年月をかけながらも身につけた技術と知識すらも捨て、この忌まわしき壁を壊してやろうと思った時だった。
緑と青の光線が私を挟み込むように通り過ぎるのを合図に、自己の無意識が暗闇からシャボン玉のように浮かび上がり、腰の高さで留まった。
そして、それらは連結しあい、まるでカメラで撮ったカットが束なってワンシーンとなり、それらが紡がれてストーリーになるように、気がつく頃には足のつま先から頭まで、自分の知らない人物の物語が包み込んでいた。
私は己の理想的で身勝手な欲求で感光し、御都合主義で現像されたあげく、無気力で定着されたフィルムを暫くの間鑑賞し、現実から逃れる娯楽とすることにした。
しかし、私には現実逃避できるほどの社会的状況でもなく、時間的余裕もなかった。
それでも私は朦朧とした意識の中で、自分に言い聞かせるようにこう言い訳をした。
「この物語はフィクションであるから…」
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