僕たちにEarthはない

島原大知

プロローグ

『2100年、東京』


むわっとした夜の空気が、狭いアパートの窓から流れ込んでくる。速水佑太は、ベッドの上に横たわったまま、ぼんやりと天井を見上げていた。隣の部屋からは、妹の陽菜の寝息が聞こえてくる。


佑太の脳裏に、今日の出来事がよみがえる。上司から突然、火星移住計画への参加を打診されたのだ。環境汚染と人口爆発により限界を迎えつつある地球。移住は人類存続のための必須条件だという。優秀な植物工学者である佑太に、白羽の矢が立ったのだろう。


だが、佑太の心は揺れていた。幼い頃から、たった二人で支え合って生きてきた大切な妹を置いて、自分だけ未知の星に旅立つことが果たしてできるだろうか。


「お兄ちゃん、私は絶対に地球を離れない」


そう言い切った陽菜の顔が脳裏をよぎる。地球での環境再生に人一倍興味を持つ妹は、火星移住には強く反対していた。


佑太は、枕の上で頭を左右に振る。人類の未来のためには火星移住が不可欠だ。科学者として、その使命を果たさねばならない。だが同時に、家族を思う兄としての感情も捨てがたい。


「どうすれば…」


つぶやいた佑太の言葉は、むわっとした夜の空気に溶けていった。

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