episode.2 ウィスタリアとライラック

「またあいつこっち見てる」


「本当に気持ち悪い」


「もうあっち行こ」




僕は年が近い子供にはいつからか避けられるようになった。


昔は仲良く遊んでいたのに....今では近付いただけで石を投げられるし、1人で砂遊びをしていたら急に倒されて殴られ、井戸で水を汲もうとしたら転ばされて井戸にくくりつけられて蹴られるようになった。






避けられるようになったのは7歳のとき。


子どもが入るのを禁止されている村の外の森に友達が行ったことを当ててしまったときからだった。






「ディスくん、木の実は採れた?」




「な、なんでそんなこと聞くんだよ、アネモネ」




「え、だって森に行って木登りしたんじゃないの?」




「なんで....わかるんだよ。俺の後をこっそり付いてきてたのか?」




「行かないよ。禁止されてるもん」




「じゃあ、なんでわかるんだよ!!」




「だって服に木が擦れたような跡があるし、手にも枝で切ったみたいな傷があるから」




「それだけじゃわかんねえよ、お前 き も ち わ る い な」




「えっ.....」




その時の僕にはたった7文字が紡がれただけなのにひどく時間が遅く進んだように感じて、何も考えられなくなった。言い返そうとしたけど、「誰にも言うなよ」と言い残して去っていったから何も言えなかった。




相談しようにもディスくんが森に行ったことを言うことになるから誰にも相談できなかった。


その日以来、ディスくんには避けられるようになったし、ディスくんが他のみんなにも言って回ったのか、日に日に遊んでくれる子は少なくなった。




その後も何度か服や体、状況から考えて発言したことが合っていて「気持ち悪い」と言われた。


それらがあって10歳になった最近では村の子ども全員からいじめられる始末で、大人たちももう無視をする。


子どもたちに避けられるようになってから話し相手になってほしくて数人の大人にも同じことをして、最初は「すごい」と褒められたけど回数が重なれば重なるほど、気味悪がられた。




それは親も同じで、探しものが何か言われてないのにそれを見つけたり、飛んでいる虫や鳥の動きを観察して雨が降るのを予想したりすると、最初は褒めてくれたのに、最近では嫌な顔をされる。




そして3日前。両親に「今日はお前も隣の大きな街に行くぞ」と手を引っ張られて、馬車に乗せられた。


両親が村で行っていた仕事は隣の大きな街に行って、村で採れた野菜や森の木の実を売り、得たお金で布や調味料を買ってくる、いわば仕入れのようなものをしていた。


だからそれの勉強に連れてこられたのだと思った。






「本日はどういったご要件でしょうか?」




街に来て1番に商会に入り、応接間に通された。そこで会頭らしき男と両親が向かい合ってソファーに座り、話し始める。




「あの子を売りに来たんだ。安くても、いや無料でもいい。こいつを貰ってくれないか」


「あんな気味の悪い子と生活なんてこれ以上できないわ」




「....えっ...?そ、そんな、うそ、だよね?パパ!ママ!!」




アネモネをこれまでにない衝撃が襲い、頭が真っ白になる。




「わかりました。流石に無料という訳にはいかないので銀貨2枚でどうですか?」




銀貨2枚あれば4人家族が2日過ごせるくらいのお金だ。




「ありがとう!充分すぎるくらいだ」




「い、いやだ!僕を売らないで!!パパ!嘘なんだよね?ねえ!ママ!!....なにか、いってよ...ぱぱ、まま、、、」




「取引成立ですね。では契約書などの手続きがございますので少々お待ち下さい。おい、そこで喚いてるのを奥に連れてけ」




「はっ。ほら行くぞ。立て」




「いやっ、いやだっ!!たすけてよ!ぱぱぁ゛、ままぁ゛」




会頭の男が側に控えていた男に指示をし、アネモネを奥の監禁室に連れて行く。




「ここで大人しくしとけ。2日後、王都に向けて出る。それまでに気持ちの整理を付けておけ」




アネモネは数十分もの間、泣き叫び、泣き疲れて眠りに落ちた。




それから王都に発つまでの2日間、アネモネは体操座りをした人形のようだった。もちろん誰かが助けに来てくれるわけもなく、予定通り出発した。






◇◇◇◇◇




僕たちを乗せた馬車は森の中を進んでいる。すると突然、馬車が倒れ、それと同時に外から悲鳴とうめき声が大量に聞こえてくる。


荷台の檻に入れられているため、外の様子がわからず、困惑していると、すべての声が消える。それにより、さらに困惑が深まったが、荷台に入ってきたものを見て全て悟った。


馬車が倒れたのも、男たちが急に騒ぎ始め、すぐ声がなくなったのも、これから自分も死ぬだろう、ということも。






「「「ひっ....」」」




この荷台に乗せられている人は全員、声にならない声を出す。


目の前に現れた存在はダークウルフという一流の冒険者でやっと討伐できる、というレベルの魔物だ。






戦闘力を持たない僕たちが助かるわけがない。それに檻の中にいる僕たちは何もできない。






ダークウルフは手前の檻の格子を変形させ、口だけ檻の中に入れ、中の人間を喰らう。


アネモネは漂ってくる血の匂いに吐き気を催す。




「...飢え死にするより、魔物の養分になる方がマシかな。うぇっ.....」




全部で6個ある檻を次々に変形させては中の人間を食べる。


最後にアネモネの番だ。ダークウルフは同じように変形させて、口を入れようとしてくるが、アネモネの入っている檻だけ他の檻よりも小さく、上手く口を入れられていない。


そのため、ダークウルフはアネモネを食べるのを諦め、荷台から出ていった。




「生き、残った...」




アネモネは気絶するように眠りについた。




*****




自らが開発した魔道具に跨り、草原を高速で移動している少女は長い鮮やかな青紫色の髪をなびかせ、月の光で輝いている。




自国の王子を殺したあと、自分の研究資料と試作品を全て持ち出してアウトバーン王都を飛び出した少女──ウィスタリア・クローズはボートに座席とハンドルを付けたような形の魔道具─エアボート─に乗っている。


魔力を流すと車体の下と後方から勢いよく風が噴射し、前に進む仕組みで魔力を込めれば込めるほどに速くなる。




魔道具のおかげで王都から早馬でも来るのに5時間ほどかかる森に2時間で辿り着いたウィスタリアはだんだんと速度を落とし、森に入る前にエアボートを降りてマジックバッグに入れる。


小一時間ほど森の中を歩いていると、商会のものと思われる荷馬車が横転しているのを見つけ、近寄る。




「これは......魔物に襲われたのね」




倒れている馬車のタイヤや御者台には何者かに噛まれたような痕がついている。そして、馬車の周りには体の一部を喰われた馬2頭と5人の男が倒れており、馬車や地面に血が飛び散っている。




「ひどい有り様ね......っう」




吐き気を堪えてウィスタリアは倒れている男たちに近づき、首に手を当てていく。






(これだけ喰われてたら流石に脈はない、か。埋葬はした方がいい、よね)






ウィスタリアが全員の死亡を確認し、道の邪魔にならないように少し離れた茂みに運ぶ。最後の1人を持ち上げたとき、馬車の方からゴトッという音がした。




「魔物...ではないみたいね」




音の正体がわからないため警戒して、右の太ももに装備している護身用魔道具を持ち、魔力を込め、剣を形成させたまま、ゆっくりと馬車に近付く。


その時、少年の声とともにまた音がした。




「誰か...いるの?」




「!!...いるわ。あなたはどこにいるの?」




「.....檻の中」




「檻....もしかしてこいつら奴隷商だったの?奴隷制度は10年も前に禁じられているのに....すぐに出してあげるから待ってなさい」




荷台に駆け寄り、中を覗くと濃い血の匂いが漂っていて、鼻を刺してくる。


荷台の中にはいくつかの檻があり、1つの小さな檻を除いて血まみれになり、母娘と見られる2人や姉弟と見られる2人など、計8人が横たわっている。




「っ!!.....っおえぇ...ご、ごめん、なさい。すぐに出す、わね」




ウィスタリアはできるだけ視線を移さないように生き延びた少年が閉じ込められている檻を引っ張り出す。


そして、取り付けられている南京錠に魔力を流し、構造を解析、把握するとマジックバッグから針金を取り出し、鍵穴に刺して解錠する。




「はい、開いたよ」




ウィスタリアが吐き気を我慢して、微笑みかけるが、少年は檻から出てこない。




「どうしたの?もう檻から出れるわよ?」




「.....」




ウィスタリアの声に反応を示さないため、少年の顔を覗き込むと救出されたことに安心したのか、目が半開きで今にも寝そうだった。




「...運がよかったのね。檻が他よりも小さかったから変形こそされてるものの魔物は入ってこれずに食べられなかったのね。....埋葬の続きをしましょうか」




それからウィスタリアは荷馬車で亡くなっていた人たちを外で倒れていた男たちとは反対方向の茂みに運び、先に埋葬する。




「自分たちを商品にした奴らの隣は嫌よね....近いのは申し訳ないけれど」




穴を8個掘り、1人ずつ埋めると今度は反対の男たちを埋める。


こちらは1つの大きな穴を掘り、そこにまとめて埋めた。






埋葬が終わり、服や体にたくさんの血が付いたため魔法で水を出し、体を濡らす。マジックバッグから服とタオルを出し、血と水を拭き取る。血の付いた服は脱ぎ捨て、新しいものに着替える。


まだ少年は目を覚まさなかったのでウィスタリアが背負って歩くことにした。






数時間後、水場があるのを見つけたウィスタリアは少年を横にし、毛布をかけてあげる。


10分ほどそうしていると、うっすらと東から木漏れ日が差し込んできた。




「ぅう.....ここは...」




その光が顔に当たり、少年は目を開ける。




「もう目が覚めた?ここは君が倒れてた森の中だよ」




「...お姉ちゃんはだれ?」




「お姉ちゃんはね、たまたま通りすがっただけのただのお姉ちゃんだよ」




「...お貴族様?」




「っ...どうして、そう思うの?」




「服装とこの毛布。豪華じゃないけど高級な生地。それに馬車から助けてもらってたときの口調が平民ぽくない。あと香水の匂い。平民で香水を使うのは大きめの商会の夫人くらい。最後に、今動揺した」




「...少年、君は観察力が優れているのね。そして、それを活かせる頭脳も持っている。その年でそれだけ頭がいいと周りの子どもとは話が合わなかったんじゃない?」




「うん。...だから毎日石投げられたり、井戸に縛り付けられて殴られたり、蹴られたりした。大人にも気味悪がられて......売られた」




「そんな....ごめんなさい。事情を知らなかったとはいえあなたの傷に触れるようなことを言ってしまって」




ウィスタリアは軽い気持ちで言ったことが少年を不快にさせたことを謝罪する。




「別にいい。お姉ちゃんも何かあったんでしょ?そうじゃないと貴族の人がこんなところに1人で来るわけがないし」




「そうね。私はとんでもないことをしたわ。冷静になればやりすぎだった。いいえ、やりすぎなんてものじゃないわね.....殿下を殺す令嬢のどこが天才令嬢よ。今だって少し考えればその可能性に辿り着けるのに土足で踏み入って.....愚か以外の何物でもないじゃない」




ウィスタリアが自分の罪とついさっきの発言に対して顔を歪める。少年もさみしげな顔をして、上を向く。


2人とも自分の過去やあったかもしれない現在を想像している。


しばらく沈黙が続いたあと、少年が口を開いた。




「お姉ちゃん、お姉ちゃんの行く先に僕も連れて行ってくれない?僕には家族もいないし、帰るところもないから.....」




「家族も...一緒に売られたの?」




「違う.....家族にっ、売られ、たんだ」




その時のことを思い出したのだろうか。嗚咽を漏らしながら答える。その姿を見たウィスタリアは背中に手を回し、背中をさする。




「嫌なこと思い出させてごめんね。もう大丈夫、大丈夫よ。私・が・死・ぬ・ま・で・あなたを守るわ。それでどうかしら。もう家族じゃない人につけられた名前なんて捨てて、これからは私がつけた名前で生きていかない?」




ウィスタリアの提案に少年は頷く。




「──ライラック。ライラックでどうかしら」




「ライラック....ありがとうっ、お姉ちゃん!」




「どういたしまして。これからよろしくね、ライラック」




ライラックの泣き声だけが響く。木漏れ日がさっきより強く差し込み、2人を照らす。


ライラックの涙が止まるまでの数分間、ウィスタリアは背中をさすり続けた。






*****




僕は目が覚めて立ち上がろうとしたとき、檻の天板にぶつかって、ゴトッと音を立ててしまった。




「イ゙ッたぁ〜」




頭に手を当てて狼狽えていると、外から人の声がした。




「魔物....ではないみたいね」




「誰か...いるの?」




その声が幻ではないことを祈って、僕は反射的に声を出す。


すぐに問いかけに声が返ってきた。どうやら幻聴じゃなかったみたい。




この惨状を女の人に見せていいものか悩んだけど、言わなかったらそれはそれでおかしいと思って場所を教えると、足音が近付いてくる。




案の定、荷台の中を覗いた瞬間に吐いてしまった。僕の周りにも僕自身の吐瀉物が散っている。吐いてからすぐに意識を失ったからか口の中の不快感は増している。




お姉さんが吐いてすぐ、まだ気持ち悪いだろうに、吐きたいのを我慢して僕が入っている檻を引っ張り出す。


魔物から生き延びたことに対する安心感と檻からも出れる安心感が相俟って急激な眠気が襲ってくる。




少し耐えようとしたけど、数分も持たなかった。


僕より少し大きいくらいのお姉ちゃんが目を瞑る直前の僕に微笑みかけている。吐き気に堪えながら、頑張って作ったような笑顔だけれど、その笑顔は僕が見た笑顔の中で最も美しく感じた。








もう一度、目を覚ますと湖のほとりに寝かされていて、東日が少し差していた。






「...お貴族様?」




「っ...どうして、そう思うの?」




「服装とこの毛布。派手じゃないけど高級な生地。それに馬車から助けてもらってたときの口調が平民ぽくない。あと香水の匂い。平民で香水を使うのは大きめの商会の夫人くらい。最後に、今動揺した......あっ」




ああ、まただ。僕はまたやってしまったのだ。散々気味悪がられたこの発言を。せっかく助けてもらったのに。命の恩人に対してまでもこんなことを言ってしまうなんて.....僕はどうしようもなく愚かだ。


また気味悪がられて見捨てられるのだろうか。




けれど、お姉ちゃんは僕を気味悪がることはなく、褒めるでもなく、僕を評価した。こんなことは初めてで、とても嬉しくなった。


この人なら僕に生きる道をくれるかもしれない、直感的にそう思った。




僕は会話に一区切り付いて、沈黙が流れたとき、思い切って同行をお願いしてみる。




「家族も...一緒に売られたの?」




その問いに答えようとしても上手く声が出ない。家族に売られたことはもうあの部屋で割り切ったはずなのに、涙が出てくる。泣き始めた僕をお姉ちゃんが抱きしめる。




そして、お姉ちゃんが僕に名前をくれた。


この瞬間、『アネモネ』という今までの僕から『ライラック』という新しい僕に生まれ変わる。






人に期待をするなんて無駄。期待したら裏切られる。


でも、どうしてかこの人には期待をしてしまう。だからせめて、村に見捨てられたことで巡り合えた太陽のように暖かい優しさウィスタリアを持ったこの人にしている期待アネモネは隠そう。アネモネとしての人生に思いライラックなんてものはなかったから、アネモネに未練はない。






僕が泣き止むまで、お姉ちゃんは僕の背中をさすって、落ち着かせてくれた。


この人の腕の中は安心する。今までの苦悩や不安をすべて吹き飛ばすだけでなく、未来に立ち込めていた暗雲もすべて晴らし、僕の未来に光を照らす。




さっきよりも少し強くなった朝日が僕たちを包む。


こんなにも気持ちのいい朝を迎えたのは、生きていることに喜びを感じたのは、何年ぶりだろう。




僕は───この人のために生きよう。それが初めて見つけた僕の生きる意味なのだから。

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