第8話 私の家、上がってく?


「はぁ」

「どうしたの、緑川っち。小さくため息なんてついて?」

「一ノ瀬さんの方こそ、その呼び方はなんなんですか」


 STが終わり、俺が荷物をまとめていると一ノ瀬さんがそんなことを尋ねてくるので俺はそう聞き返す。


「んー、なんとなく。あっ、もしかしてミーくんの方が良かった?」

「絶対やめて下さい」


 結果、とんでもないことを言い始めた彼女を俺が止めることになった。


「まぁ、そんなミーくんの蜘蛛の糸より細く、ガラスより脆い希望は放っておくとして」

「一ノ瀬さん、俺と友達になってくれてありがとうございました。残念ながらここでお別れとはなってしまいますが、道はたがえど——」

「わー、冗談、冗談だから。考え直して緑川くん」


 一ノ瀬さんがそんなことを言って困らせてくるので、俺も負けじとそう言うと一ノ瀬さんは焦ったように手をパタパタとさせ、俺を引き止める。...なんか、ちょっと分かってきたかも。一ノ瀬さんの扱い方。


「それで、結局なんだったの? さっきのため息は?」


 そんなやり取りをした後、一ノ瀬さんは冷静さを取り戻すと再びそう尋ねてくる。


「いえ、特に深い意味とかはないです」

「そう、まぁ、それならいいけど」


 対する俺も落ち着きを取り戻しそう返すのだった。



 *



「はぁ」


 放課後、とある教室へとやって来た俺は机の上にあるブツを見て今度は大きくため息をついていた。


「案の定か」


 先程、一ノ瀬さんの問いかけに対し堂々と「いえ、特に深い意味とかはないです」とか言っていたが、あれは真っ赤な嘘である。


 昼放課に天王寺さんが突然どこかへ走っていってしまい、弁当を忘れていったしまったことに気がついた時から俺の気分は憂鬱だった。

 天王寺さんのクラスに届けにいけばいい、と最初は考えたが注目を浴びすぎるし天王寺さんの迷惑にもなりかねないのでナシとなり。

 今度は弁当を預かっておいて天王寺さんが会いに来た時に渡せばいいか、とも考えたが天王寺さんがこの教室に取りに戻った場合すれ違いなる可能性を考慮しナシとした。


 そして結局、多少の不安は抱えつつこの教室にとりあえずは放置し、天王寺さんが気づいてここに取りに来た場合はそれでいいし、気がついてなさそうから俺の所に来た時に伝えればいいやという結論になったのだ。

 そして、その結果がこれである。思えば俺は油断していたのだ。

 昨日と今日の天王寺さんの感じなら放課後までにどこかで声をかけてくるだろうと。


 しかし、蓋を開けてみればあの後天王寺さんが俺の元を訪れることはなかった。本当に一体なにがあったのだろうか? 俺がなにかまずいことでも言ったのか? 

 いや、でも俺が言ったことと言えば天王寺さんが努力家ってだけだしな。分からない。


 いや、今はこんなこと考えている場合じゃなかった。問題はこれをどうするかだ。

 幸い、昨日の件によって俺は天王寺さんの家の場所を知っている。だが、正直なことを言うならこのまま放置して帰ってしまいたい。だが、そうなると絶対に天王寺さん困るだろうしなぁ。


 持っていけば面倒くさいことになりそうだし、放置していったら後ろめたい気持ちになりそうだ。つまる所どっちを選んでもデメリットがあるのだ。


 となると自ずと選択肢は1つになる。


 届けに行くことだ後悔しないほうだ



 *



 なんてカッコつけて天王寺さんの家の前までやって来たわけだが...今すぐにでも帰りたいっ。

 ここに来るまでの間は変な噂立てられないかなぁなどしか考えていなかった俺だが、実際天王寺さんの家を目の前にすると別の不安でいっぱいになっていた。

 

 まずそもそも俺は人の家を訪れたことはない。というか、外国に住んでた時は友人さえ出来なかったからな。

 それに加え、その相手は天王寺さん。女子なのだ。しかも、とびっきりの美少女。


 この状況下において冷静でいられる人間がいるというのなら、今すぐに現れて代わって頂きたい所だ。


 とどのつまりまたしても油断していたのだ。もし、これで天王寺さんの親が出てきたら俺はどう挨拶をすればいいのだろうか。

 まともに返事を出来る自信がない。


 だが、このままこうしてここにいてはただの不審者だ。通報されるのだけは避けたい。

 頼む、天王寺さんが出てくれ。いや、全員天王寺さんなんだけど。


 そんなことを願いながら俺はようやくインターホンを鳴らした。


「あれ? 緑川くん?」


 すると、扉が開き少し驚いた様子の天王寺さんが姿を現した。よ、良かった。


「ど、どうしたの?」


 俺がホッと息をついていると、天王寺さんが珍しくアワアワとした様子でそんなことを尋ねてくる。


「そ、その...弁当を...」

「ん? あーうん」


 慌てて俺が天王寺さんの弁当片手にそう説明すると、天王寺さんは一瞬酷く驚いた顔をした後納得したかのように頷き、


「わざわざ、ありがとう。お礼もしたいし折角だから上がってって」


 とんでもないことを提案してきた。


「いや、遠慮しておきます」


 勿論、俺は瞬時に断る。が、


「いや、遠慮させない」

「遠慮させない!?」


 天王寺さんの聞いたことのない反論にあってしまう。いや、俺が日本にいなかったから分からないだけで最近では使われてる言葉だったりするのだろうか? 


「でも、天王寺さんの親御さんからしてみれば急に男を連れ込んで来たら驚くでしょうし、俺もまともに挨拶出来そうにないので...」

「大丈夫、今日も親は夜12時くらいまで帰ってこないから」


 それはそれで大丈夫じゃなくないか? 


 結局、その後俺は十数分に及ぶ天王寺さんの勧誘にあい、半ば強制的に天王寺さんの家に上がることになったのだった。


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 次回「なんで頑なにベットに腰掛けないの?」


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