会ったことも見たこともない美少女に何故か転校早々「責任を取ってください」と迫られる

タカ 536号機

第1話 やっと会えた


「俺の名前は緑川みどりかわ じゅんと言います」


 ある日の朝、俺は自己紹介をしていた。が、それは自己紹介というにはあまりに重く緊張感のありすぎるものだった。というのも、


「親の都合で3年ほど海外にいたんですけど、日本に戻ってきました。そんなわけで今日からお願いします」


 高校では珍しい俺は転校してきた身であり今日はその初日。勿論自己紹介をするのは俺1人だしその分、みんなも興味津々といった様子でこちらを見ていたからである。

 そしてこれから顔見知りのいない空間へと放り込まれる転校生おれにとって、この自己紹介というものがいかに大事なものなのかは俺自身これまでの経験から重々承知していた。

 まず、これは当たり前だが絶対に噛んではいけない。自己紹介というものはそつがなく淡々と行う必要がある。あくまで冷静であるというスタンスを崩してはならない。何故なら俺が目指すのは平和で平凡な高校生活。

 普通の青春を謳歌するという目標には第一印象が大事だ。


「一応、自分の趣味はテニス、好きな食べ物はブドウ、そして...」


 日本での自己紹介、これはなにを言うべきか海外から帰ってきた俺は非常に悩んだが、俺は日本で流行りのマンガから読み最近の日本の自己紹介常識学んだ。そのマンガによると最近の日本での自己紹介の主流は...。


「好みの女のタイプはケツは普通でタッパは少し高い女です。改めてよろしくお願いします」


 と言うものだ。どうやら、3年いない間に日本は大胆な国になったらしい。なんかやけにざわついているが...まぁ、多分外国に住んでたはずの俺が日本の自己紹介の常識を知っていたことに驚いている感じなのだろう。

 だが、ここで焦ったりするようでは同調意識の強い日本には馴染めない。

 皆と同じように日本の常識を持っているというアピールの為、何事もないかのように余裕をもった態度で先生の次の指示を待とう。


「えっ、あっ、い、以上緑川くんの自己紹介でした。いやぁ、やっぱり海外で暮らしただけあってユニークですね。拍手!」


 すると先生は一瞬呆気にでもとられたかのように止まった後に、慌てたようにそんなことを口にした。あれ?


「じゃ、じゃあ、緑川くんはあそこの席に座ってくれるかしら?」

「はい」


 皆んなの反応に少し疑問を持ちつつも、教室中の視線を集めながら俺は先生に指示された席へと到着し鞄を下ろしこしかける。


「緑川くんだっけ? キミ面白い人だね。私は一ノ瀬 さえって言うんだ、よろしく!」

「あぁ、よろしく」


 すると、早速隣の席の女子が「面白い人」という社交辞令とともにニカッと笑い、手を差し出してきたので俺はそれに答えるのだった。先程は心配したがどうやら俺の自己紹介はあくまで普通にそつがなく見えたようだ。

 よかった。よかった。



 *



「緑川くん日本に来るの3年ぶりなんでしょ? いつでも手助けしてあげる」

「ありがとう、助かるよ。でも、一ノ瀬さんの手をわずらわせるわけには...」

「いいっていいって。私がキミのこと気に入っただけだから。というか、「さん」はいらないしなんなら「冴」でいいよ」


 あれから少しして自由時間となった俺は先程挨拶をしてくれた、隣の席の一ノ瀬さんにやけに絡まれていた。理由は...よく分からない。まあでも、アッチじゃ転校してしばらくしても話し相手も出来なかったから、やはり自己紹介を無難にやりきったのが大きかったのだろう。なんにせよ嬉しいことだ。


「いや、でも初対面の相手をいきなりそれは...」

「固いなぁ。あんだけ自己紹介大胆なのに緑川くんって変な所で繊細なんだね。とーにかく、初対面だろうとなんだろうと「冴」いやむしろここは...「完璧超人冴様」って呼んで。これ(私の中では)常識ね?」


 なんとか一ノ瀬さん呼びで勘弁してもらいたいと思っていた俺だが、彼女の言葉に固まる。なるほど、常識か。常識なら確かに恥ずかしいことではないな。よし、


「オッケー。分かったよ、完璧超人冴様」

「あははっ、オッケーオッケー。やっぱりキミ面白い人だ」


 すると何故か彼女は腹を抱えて笑いだし、そんなことを口にした。ううむ、


「なんか騙されてる気がする」

「だ、騙してないよ。そんなことより...ほら、みて他のクラスの子達も結構キミのこと見に来てるよ。やっぱ、転校生って注目集めるんだね」


 一ノ瀬さんは急にそっぽを向くと、教室の扉の方を指差してそんなことを口にする。全然気がつかなかったが彼女の言うようにかなりの人が集まって俺の方を見ていた。


「うーん、というかあれ!? 天王寺さんも来てる。...珍しいなぁ、絶対あの人来るようなタイプじゃないと思ってたけど...」


 俺の視線から逃れるように扉の方を眺めていた彼女がそんなひとり言をぼそっと漏らした。


「天王寺さんって...誰ですか?」

「おっ、いいよ、いいよ。この完璧超人冴様が教えてあげる。うーんとね、あそこにいる1人だけ明らかに浮いてるめちゃめちゃに綺麗で食べちゃいたいくらいに可愛い子、分かる?」


 疑問に思った俺が尋ねてみると一ノ瀬さんはよく聞いてくれましたと言わんばかりに、上機嫌な様子でそんなことを聞いてくる。

 俺が一ノ瀬さんが指をさした方を見るとたしかに、そこには明らかに1人周囲とは違うオーラを放つ美少女が立っていた。食べちゃいたいかは置いておくが。


「彼女ね、天王寺てんのうじ 詩織しおりちゃんっていう、胃で溶かしちゃいたいくらい可愛い名前の子で成績優秀、運動神経抜群、っていうこの世の全てを持ってるような凄い子なんだけど、めちゃめちゃ人との関わりを避けることで有名で「氷の詩織様」って言われるくらいクールな人なの。そして、私の憧れ。最早、詩織お姉様って域」

「ふむ」


 一ノ瀬さんが息遣いを荒くしながらそう熱弁する。天王寺さんのことが少し分かるのと同時に、若干一ノ瀬さんに危うさを覚えた。もしかすると、この人は少し変な人なのかもしれない。


「だから彼女が転校生来たからってわざわざ見に来るなんて珍しいなぁって」

「へぇ」


 俺は一ノ瀬さんの言葉に頷き、もう一度天王寺さんの方を見る。すると、天王寺さんと目があったので軽く会釈をすることにした。すると、彼女は一瞬目を丸くした後に会釈を返してくれた。


「しかもね、特に男子に対する警戒心がかなり強くて話をするどころか目を合わせることすらないらしいからね。だから、本当に珍しい...って、なんか天王寺さん教室に入って来てない!? しかも、こっちに向かって」


 一ノ瀬さんの言うように、俺と会釈を交わした天王寺さんはさも当たり前かのように教室へと入ってくると俺たちの方へと向かって一直線に歩いてきていた。いや、なんなら早歩きである。一ノ瀬さんの話を聞いていた俺は訳が分からず、固まる事しかできない。


「み、緑川くん...だよね?」

「えっ、あっ、はい、そうですけど」


 俺の席の前まで来た彼女は足を止めると、息を少し荒くしながらそんなことを尋ねてくる。どうやら俺に用事で間違いないらしい。いや、会ったことも見たこともない完全初対面なんだけど。


「完璧超人冴様、ヘルプ。これどうすればいいの?」

「...ぷしゅぅ」

「おーい」


 しかも、一ノ瀬さんは一ノ瀬さんでなんかショートしてるし。いつでも手助けしてくれるって言ってたじゃん。今がその時だと思うんだけど!?


「...やっと会えた」

「っっっ!???????????」


 すると何を思ったのか、何故そうなったのかは一切分からないが天王寺さんはたった一言そう呟くと、俺を抱きしめるのだった。




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 次回「責任とって、責任」


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