返信:「未来からの手紙」

 うしろめたさに耐えきれなくなって、誠二の恋女房だった千重子さんに、『和顔愛語』と書かれた掛け軸を押しつけるように渡して、逃げるように東京に来たのは1週間前。

 

 誠二とは、南方の部隊で知り合った戦友だ。空中戦では負け知らずの誠二は、『冷静沈着』という言葉がとても似あうやつだった。そんな誠二がポケットに忍ばせていたのは、一人の女性の写真。そう、千重子さんだ。


 「ずっと好きだったんだ。絶対に生き残って、千重子のところに帰るんだ」


 千重子さんの話を口にする誠二の顔は本当に穏やかで、……、だからか、僕は誠二から千重子さんの話を聞くのが好きだった。

 

 しかし、誠二は、僕を助けるために、無理に敵機の間に割り込んで

 誠二の乗る飛行機は被弾し、木の葉のように海に消えて行ってしまった……。

 


 最初は罪滅ぼしのつもりだった。

 それなのに、次第に、気丈に振る舞う千重子さんの役に立ちたいと思い始め、

 気がついた時には、僕は誠二が愛した千重子さんに恋心を抱いてしまった。


 千重子さんに想いをよせる自分が許せなくて、でも、恋心をどうすることもできなくて、……、僕の心を亡くせる方法は死しかないんじゃないかって、……、そう思って、この場所にきたのに……。



 「これはどういうことだ? あれから一週間しかたっていないのに、三十年前だなんて、時間が合わなすぎるだろ? だいたい、お前は何ものだ? ……もしかして、僕は夢を見ているのか?」


 僕は、受け取った手紙と手紙を運んできた鳥を交互に見る。


 「ヘンジクレ!」と、僕の質問を無視して、鳥が鳴く。鳥の鳴き声に僕はハッとした。


 「おまえ、まさか、………誠二? 誠二か??」

 「ヘンジクレ!」

 「僕が情けなくて、あの世から手紙を届けたのか? 三つの奏くんの名前を使って?」

 「ヘンジクレ!」

 「……そうか。そうだったのか!」


 誠二は回りくどいやり方をするやつだった。部隊でいざこざが起こると、リルケの詩を引用するようなやつだ。この手紙は僕を叱責するために誠二が書いたものに違いない。


「なあ、誠二、……この手紙の文脈を読めっていうことだろ? この手紙の通りに三十年後、千重子さんが亡くなって、奏くんから手紙が届いたら、お前、後悔しないかって言いたいんだろう?」


 今度は期待をこめて、鳥を見た。僕には鳥が満足そうに頷いたように見えた。

 もう一度、僕は手紙を読み、手紙に書かれた言葉の意味を考える。


 三十年間、掛け軸を玄関に掛けていたということは、千重子さんは僕のことを軽蔑しているわけではないということだろう。それに、千重子さんは僕のことを奏くんに話さなかったとある。これは、千重子さんも少なからずも僕のことを……?? 

 

 少しばかり、心臓の音が早くなる。


「…………、なあ、誠二。僕のことを許してくれるのか?」

「クレ! クレ!」

「……………、そうか……。許してくれるのか…………」

「キラキラ、クレ!」

喜楽キラク町? ……、? そうか! 千重子さんのところへ行けってことだな!」

「クレ!」

「そうか! わかった!! ありがとう、誠二!! 僕はお前のおかげで、二度、救われたことになる。この恩は、きっと返すぞ!」


 僕は、鳥をぎゅうっと抱きしめると、一目散に駅に向かった。





 ◇


 返事もキラキラももらえず、呆然と立っていたオリバーデリバーのそばにお師匠様が音もなく現れた。


「わしの術で飛ばされたお前が目的の場所にたどり着かないゆえに焦って来てみれば、三十年という時間を遡っておったのか」

「?!」

「本当は、死者の谷に行く予定だったのじゃ。ふむ。わしの術以外にが作用した痕跡がある。原因はそれか」


 お師匠様が、あごに手をあててふむふむと頷く。


「クェ??」

「……、お前が届けた手紙で、あの青年は運命を変えた。……、まあ、言いたいことはあるが、今回はよしとするか」


 お師匠様が口角を少し上げた。


「わしらの仕事は、届かない手紙を届けることじゃ。それで、誰かの心が救われて、世界が少しでもいい方向に変われば、よしとせねばな。さ、帰るぞ。手紙はまだまだ届くからの」








 小さな人と大きな鳥がいなくなった世界には、


     ――――――――真っ青な空に細長い飛行機雲が一本、伸びていた。


                               おしまい



喜楽町:愛知県津島市に喜楽町って町があるそーです。


 

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あなたの手紙 届けます 一帆 @kazuho21

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