返信 「烏に反哺の孝あり」
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拝啓
母上様
私が言い訳がましい事は言うまいと思って文を送ることをためらっていたために、母上にご心配をかけてしまっていましたね。
このような自分勝手なふるまいをしていた私を諫めるために、母上の手紙を観世音菩薩様の神使である折羽出羽殿が届けてくださいました。自分のふるまいを猛省し、観世音菩薩様には感謝しか言葉がでてきません。
先の戦で、私は肩に矢傷を受けた際に落馬し、菊池の軍から離れてしまいました。 しかし、観世音菩薩様の思し召しでしょうか。地獄絵図のような戦場からこの館の主人が私を助けてくれたのです。そして、この館の主人は医者を呼び、私の手当てをし薬を飲ませてくれました。おかげで、矢傷のせいで出ていた熱も下がり、今では床から起き上がり文をしたためることができるようになりました。ただ、残念ながら、矢傷のせいで右の腕に力が入りません。私が書く文字が乱れているのはそのせいです。しかし、これは、一過性のものだろうというのが医者の見立てですから、どうか安心ください。
ここで、一つ母上に謝らなくてはならないことがあります。
体調が戻ったら、菊池の家のために援軍を求めて、この館の主人と旅に出ることを決めております。この館の主人も大友には二心があり、私と目指すところは同じなのです。すべては菊池の家のため。
大義のために母上への孝を軽んじる武光をどうかお許しください。
菊池 四郎 武光
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武光は、母を安心させるために嘘の手紙を書き上げた。
武光は戦場で矢傷を受けた際に落馬して、地獄絵のような戦場に一人残された。そこまでは真実。だが、武光を助けてくれるような人物は現れなかった。生き残って母に会いたい、それだけを胸に戦場を離れ、森を通り過ぎ、大きな岩の陰に隠れて幾日かが過ぎた。意識は朦朧とし、武光は死を覚悟し始めた。その時、オリバーデリバーが母の手紙を持って現れたのだ。すべては観世音菩薩の御業だと信じて、観世音菩薩にすがるのは無理のないことだろう。
そして、返事を書くためにオリバーデリバーのカバンに入っていたビーズボールペンを借り、傷を放置してしまったために膿んだ右腕の痛みを必死にこらえながら母の手紙の裏に返事を書き上げた。これが真実。
「………観世音菩薩様にはなんとお礼を……ゴボッ……これを、母上に………ゴボッ………」
「クァ。キラキラ、クレ!」
「………私には、……母上からいただいた守り刀しか……」
武光はごぼりと血を吐くと、懐から螺鈿細工が施されている短刀をとりだした。
「ソレ!! クレ! クレ!」
「……………………そうだな……………。図々しいかと思うが、折羽出羽殿に一つ願いがある………。最期に一度だけでいい。母上に会いたいのだ……。どうしても会いたい………。烏に反哺の孝ありという観世音菩薩様の教えを背いてしまうのだが、………母上に、最期に一度だけでいいから会いたい…………お許しください………。すまない……、折羽出羽殿、私の魂を手紙と一緒に連れてくれ……」
「クァ」
「そうか……。それなら、私が使い終わったら守り刀を持っていくがいい………」
嬉しそうに口角をあげると、武光は守り刀の鞘を抜き、「ははうえ!!」と自分の喉を突いた。
オリバーデリバーは手紙と血のついた短刀を色を失っていく武光からとりあげると黄色い幼稚園バックの中にしまいこんだ。そして、いつもより少し重たげに羽を大きく広げた。
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